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日本人女性に「コロナ」、パレスチナ側が謝罪も日本のメディアは報じず―より深刻な人権侵害も黙殺

志葉玲フリージャーナリスト(環境、人権、戦争と平和)
駐日パレスチナ常駐総代表部のツイッターより

 新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、各国でアジア系の人々への差別的な言動や嫌がらせが頻発している中、中東パレスチナでも、NGOスタッフの日本人女性2人が、通りがかりの現地女性達に「コロナ、コロナ」とからかわれた上、つかみかかられたことは、日本の各メディアが報じ、Yahoo!ニュースでもトピックとして取り上げられた。この件について、現地ラマラの知事が被害を受けた女性2人を招き謝罪した。

◯現地知事、警察署長が謝罪

 パレスチナ暫定自治区ヨルダン川西岸の中心都市ラマラで今月1日、現地で支援活動を行うNGOの日本人女性2人が、通りがかりのパレスチナ人女性2人から「コロナ、コロナ」とからかわれたため、スマートフォンで相手を撮影するふりをしたところ、1人が逆上してつかみかかるということがあった。このパレスチナ人女性達は、暴行の疑いで現地警察に逮捕された。

 この件を受けてのパレスチナ側の対応は早かった。駐日パレスチナ常駐総代表部のツイッターによれば、ラマラのレイラ・ガンナム知事が日本人女性2人を知事室に招き謝罪。また、現地警察署長も、日本人女性らのNGOの事務所を訪問し謝罪したという。加害女性2人は、警察に逮捕されたが、日本人女性らは告訴を取り下げたとのことだ。

 これに対し、日本のツイッターユーザー達も「迅速な対応」「誠実」と評価している。一方、パレスチナ側の対応を報じた日本の報道は、筆者がネット上で確認できたものはNHKのみ。日本人女性らへの嫌がらせを各社一斉に報じたのとは対照的だ。日本人に対し「コロナ」とからかい、嫌がらせすることはヘイトであるが、そのことを大きく報じた一方でパレスチナ側の誠実な対応を報じないことは日本の人々にパレスチナの人々の偏見を植えつけるのではないか。結局、日本の報道は新たなヘイトを生んだだけではないか。そう、危惧する。

◯パレスチナの人々の多くは親日的

 愚かで差別的な言動をする人間は、日本も含め世界各国どこでもいる。パレスチナにも、そうした人物はいるわけなのだが、ただ、現地を何度も訪れた筆者の経験から言えば、大多数のパレスチナ人は、日本の人々を尊敬し親日的だ。筆者は銃弾や砲弾が飛んできたりするような危険な状況下での取材も行ってきたが、今日まで生きてこられたのは、パレスチナ人助手達の誠実な働きぶりのおかげであることは間違いない。

 また、日本の人々ですら、東日本大震災のことを忘れゆく中で、パレスチナ自治区ガザでは、毎年3月、犠牲者の追悼と被災地の復興を願う行事が行われている。ガザの人々自身が、イスラエルによる厳しい封鎖や空爆、銃撃に苦しみ続けているのにもかかわらずだ。

◯より深刻な人権侵害は黙殺

 日本人女性への「からかい」「嫌がらせ」が当初、大きく報じられた背景には、人々が今、最も関心を持つと言っても過言ではない、新型コロナウイルス関連ニュースであること、感染拡大に伴い世界各国でアジア差別が広がっていること、被害を受けたのが日本人女性であったこと、監視カメラの映像があり、取り上げやすかったということ等があるだろう。

 確かに、日本人女性2人には不快であったろうし、差別・嫌がらせは許されないことだが、身の蓋もない言い方をすれば、彼女達が怪我をしたわけでもなく、むしろここまで大騒ぎになって本人達も当惑しているかも知れない。それは彼女達の名前や所属する団体名が公表されていないことからもうかがい知れる。

 かたや、パレスチナの人々は日々、イスラエル軍によって激しく暴行されたり殺害されたりしているが、日本のメディアも、その読者や視聴者もそれらのより深刻な人権侵害には、全く関心を持っていないようだ。つい先月も、パレスチナ自治区ヨルダン川西岸南部の都市ヘブロンで、既に同市の中心部を占拠しているユダヤ人入植地がさらに拡大されることに抗議した16歳のパレスチナ人の若者が、イスラエル兵によって複数回撃たれ死亡するということがあったばかり。また同月6日には、ヨルダン川西岸北部の都市ジェニンで、イスラエル当局によるパレスチナ人の家屋破壊に伴い、現地警官も含むパレスチナ人2人がイスラエル軍によって殺害されている(関連情報)。

入植地への抗議へ向かうパレスチナ人の少年 筆者撮影 2018年 ヘブロンにて
入植地への抗議へ向かうパレスチナ人の少年 筆者撮影 2018年 ヘブロンにて
入植地を警護するイスラエル兵 筆者撮影 2018年 ヘブロンにて
入植地を警護するイスラエル兵 筆者撮影 2018年 ヘブロンにて

◯内向きさを自覚することが必要

 上述したようなパレスチナの人々への暴力や人権侵害が、今回の日本人女性達への「からかい」「暴行」程、大きく報じられ、Yahoo!の記事アクセスランキング上位になるようなことは、ほとんど無いと言っても過言ではないのだろう。その落差には、やはり違和感を覚えざるを得ない。国際法に反し入植地を拡大し、抗議する人々への弾圧を進めているイスラエルのネタニヤフ政権と、安倍政権は接近し投資を急増させるなど関係強化している。また、イスラエルの「死の商人」達が日本の公共施設で堂々と彼らの商品―パレスチナの人々を殺害し続け、その「有用性」を証明している兵器やその関連製品の売り込みを行っている。パレスチナの人々の苦難に、日本も全く無関係ということでもないのだ。

 日本のメディアやその読者/視聴者の関心の比重で、日本絡みのトピックが多くなることは、ある程度は当然であるし、仕方ないことだろう。ただ、そうした傾向を自覚することや、あまりに内向きとなっていないか、客観的に見つめ直すことも必要なのではないか。

(了)

フリージャーナリスト(環境、人権、戦争と平和)

パレスチナやイラク、ウクライナなどの紛争地での現地取材のほか、脱原発・温暖化対策の取材、入管による在日外国人への人権侵害etcも取材、幅広く活動するジャーナリスト。週刊誌や新聞、通信社などに写真や記事、テレビ局に映像を提供。著書に『ウクライナ危機から問う日本と世界の平和 戦場ジャーナリストの提言』(あけび書房)、『難民鎖国ニッポン』、『13歳からの環境問題』(かもがわ出版)、『たたかう!ジャーナリスト宣言』(社会批評社)、共著に共編著に『イラク戦争を知らない君たちへ』(あけび書房)、『原発依存国家』(扶桑社新書)など。

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