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「ワーケーション」は日本で生まれた和製英語なのか? ネットの海から初出を探る

篠原修司ITジャーナリスト/炎上解説やデマ訂正が専門
旅行先でも働かないといけないのか? 『ぱくたそ』より

 菅義偉官房長官が観光戦略のひとつとして7月27日に発表した「ワーケーション」に対して、SNSで否定的な声が多く挙がっています。

「ワーケーション」への感情分析。『Yahoo!リアルタイム検索』より
「ワーケーション」への感情分析。『Yahoo!リアルタイム検索』より

 なかでも朝日新聞の宮崎園子記者による「GOTOに続いて、またけったいな和製英語が出てきました」との批判ツイートは約3,000RTもされ、「ワーケーションは和製英語だ」、「いや、2000年代にアメリカで生まれた言葉だ」といった場外乱闘も始まりました。

 この「ワーケーションは和製英語」について筆者も気になったので、初出をできる限りの範囲で調べてみました。

日本の紙面での登場は2015年か

 全国紙や地方紙の紙面を特定のキーワードで検索できる有料サービス『G-Search』を使って調べたところ、2015年2月に発行された『ニューズウィーク』2015年3月3日号で「ワーケーション」の登場を確認できました。

 「リゾート地で仕事する『ワーケーション』の実力」という記事です。

 残念なことにこれよりも古い記事は見つからず、「Workation」での検索は引っかかりもしませんでした。

2008年の個人ブログに「日本人から教えてもらった」の記述

 それではインターネットの方はと言うと、2008年4月6日に書かれた個人のブログに「Workation (あるいはWorcation?)」のタイトルで、「日本人から教えて貰った」との記述が見つかりました。

濁酒研究会で日本人から教えてもらった単語。

Work(仕事)と称して実はVacation(休暇)という状態を表す単語。なぜかアメリカ人に説明すると気に入ってくれる、不思議な単語である。

出典:Workation (あるいはWorcation?) | 海外研究者のありえなさそうでありえる生活

 「日本人から教えてもらった」=「つまり和製英語だ!」となりそうですが、そうはなりません。

 なぜならこの個人ブログにある“濁酒研究会”とは、アメリカのニューイングランド地方にいる酒好きな人間が集まって結成された会のことで、同会のホームページでは「日本在住ではないので堂々と酒造りができる」ことをうたっています。

 取り上げた個人ブログの方も同じ記事内で「サンディエゴの学会に来ている。ボスがいないので、本当に休暇みたいなもんです。ボストンと比べてあったかいし」と書いていることから、日本ではなくボストン在住であると推測できます。

 つまり「日本に住んでいない日本人が使っていた言葉は和製英語なのか?」という問題にぶち当たります。

 和製英語とは、goo国語辞書によれば「日本で英語の単語をつなぎ合わせたり変形させたりして、英語らしく作った語」であり、Weblio辞書によれば「日本で、英語の単語をもとに、英語らしく作った語」です。

 いずれも日本で作られたことを重要視しています。

 ただ、「ワーケーション」という言葉が日本で作られ、その後、濁酒研究会に所属する日本人に伝わり、そこからこのブログの方に伝わった可能性も否定できません。

 「筆者がネットで見つけた一番古い情報がこれだ」というだけで、それだけでは和製英語なのかどうか判断できないのが現実です。

『Twitter』では2008年5月に登場

 和製英語なのかどうかは判断できませんでした。そこで今度は、「2000年代にアメリカで登場した言葉だ」の方面から探ってみます。

 アメリカ人のユーザーが多く、古い投稿の検索もしやすい『Twitter』で、いつ「Workation」という言葉が使われたのかを調べてみました。

 すると、2008年5月3日に投稿されたツイートが見つかりました。これが最古のもののようです。

 それ以降、ポツポツと「Workation」というツイートを確認できます。

 また、「Worcation」では2008年4月15日のツイートも見つけました。

 一方、日本語の「ワーケーション」の一番古い投稿は2013年5月28日でした。

 アメリカでは2008年前半には使われ始め、日本ではあまり使われていた言葉ではないという印象です。

ネットに初登場は2005年8月か

 今度はGoogleでキーワード検索された頻度がわかる『Googleトレンド』から、「ワーケーション」がいつ登場したのかを調べてみました。

 「Workation」の一番古い検索トレンドは2005年8月であり、続いて2007年2月に次の波が、そして2008年12月からよく検索され始めた=一般的に広まってきたとデータは示しています。

アメリカでの「ワーケーション」の検索トレンド。『Googleトレンド』より
アメリカでの「ワーケーション」の検索トレンド。『Googleトレンド』より

 2005年8月と2007年2月にアメリカで「Workation」を提唱した人がいたものの、あまり広がることなく2008年あたりから一般的に認知され始めたと見て良いと思います(「Worcation」は不人気すぎて引っかかりもしませんでした)。

 続いて日本での「Workation」ですが、こちらは2015年6月から検索が始まっています。

日本での「ワーケーション」の検索トレンド。『Googleトレンド』より
日本での「ワーケーション」の検索トレンド。『Googleトレンド』より

 これは『ウォール・ストリート・ジャーナル』が2015年6月に公開した記事「あなたもいかが?米で増える「ワーケーション」 - WSJ」の影響だと考えられます。

 それ以前では検索されていないため(検索されていたとしても量が少ないため)、日本ではほぼ使われていなかった言葉と言えるでしょう。

 以上の調査結果から、筆者の判断では「ワーケーション」はやはり2000年代にアメリカで使われ始め、2015年になってようやく日本に入ってきた言葉だと思われます。

 少なくとも「GOTOに続いて和製英語が出てきた」というわけではなく、昔からひそやかに使われてきた言葉を政府が取り上げただけなのではないでしょうか?

 同じような言葉というか概念に場所に縛られずに働く「デジタル・ノマド」や「location independence(ロケーションの自由)」があります。これらのキーワードよりは、旅行先で働くことをイメージしやすい「ワーケーション」を選んだだけではないかなあと思います。

ITジャーナリスト/炎上解説やデマ訂正が専門

1983年生まれ。福岡県在住。2007年よりフリーランスのライターとして活動中。スマホ、ネットの話題や炎上などが専門。ファクトチェック団体『インファクト』編集員としてデマの検証も行っています。最近はYouTubeでの活動も。執筆や取材の依頼は digimaganet@gmail.com まで

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