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『週刊文春』に対して『週刊新潮』が「『文春砲』汚れた銃弾」と大告発の波紋

篠田博之月刊『創』編集長
新聞も大きく報道

5月18日発売の『週刊新潮』5月25日号が大特集で『週刊文春』を告発する記事を掲載し、新聞・テレビが大きく報じるなど波紋が広がっている。17日付新聞も各紙がこれを報じているが、特に大きな見出しを打っているのは毎日新聞「新潮スクープ 文春拝借」と産経新聞「週刊文春 スクープ盗み見?」だ。この報道を見て、「え?こんなに大きなニュースなの?」と思った人も少なくないだろう。新聞・テレビがこれだけ大きく報じたのは、何といっても当該の『週刊新潮』の記事が異例の大特集だったからだ。

実は私も17日午後、フジテレビの取材を受け、コメントをした映像が夕方ニュースと夜のニュースで流れているらしい(自分では見ていない)。ニュースでのコメントはたぶんごく短くしか使われないだろうから、コメントした内容をもとにここで少し詳しく書いておきたい。この事件、今後出版界で波紋を投げるのは間違いないのだが、いろいろな背景が考えられるからだ。

『週刊新潮』5月25日号
『週刊新潮』5月25日号

18日発売の『週刊新潮』5月25日号の見出しは「『文春砲』汚れた銃弾」。新聞広告や車内吊りなどびっくりするくらいの大きな見出しで、グラビアも含めて相当の大特集だ。ライバルである文藝春秋の社員を尾行して隠し撮りした写真や、この1年間、「文春砲」で有名となった『週刊文春』新谷学編集長への直撃取材の模様も詳しく誌面化している。

内容はというと、『週刊新潮』の掲載内容がどうも『週刊文春』に漏れているような気配を感じて、長期にわたって調査・取材を続けたところ、実は木曜発売の両誌の校了日である火曜日午後に、作成したばかりの車内吊り広告を、取次のトーハン経由で文藝春秋の社員が入手してコピー、社に持ち帰っていたことをつきとめる。その尾行による隠し撮り写真をグラビアに詳細に掲載しているのだ。

これによって何が起きていたかというと、それを持ち帰った『週刊文春』では、夜10時頃の校了まで追加取材が可能で、どうも『週刊新潮』のスクープをそうやって知ったうえで記事を作ったと思われるケースがいくつも見つかったというわけだ。その具体的なケースを、5月13日、『週刊新潮』記者2人が『週刊文春』新谷編集長を自宅で直撃してぶつけるのだが、新谷編集長はその事実を認めていない。しかし、『週刊新潮』は状況証拠を積み上げたばかりか、佐藤優さんや大谷昭宏さんら識者にその内容をあてて、『週刊文春』に批判的なコメントを掲載。『週刊文春』が不正と思われかねない手法をとっていたことを告発している。ちなみに文藝春秋広報室は、「情報を不正あるいは不法に入手したり、それをもって記事を書き換えたり、盗用したなどの事実は一切ありません」とコメントしている。

実は『週刊新潮』が疑念を抱き、この調査を始めるきっかけになったのは、2014年の朝日新聞の従軍慰安婦騒動の渦中、9月11日号で『週刊新潮』『週刊文春』両誌が、池上彰さんの朝日新聞連載コラムが掲載拒否された事件を伝えた記事だった。これは業界では知られた話なのだが、この朝日社内の情報を最初にキャッチして動いたのは『週刊新潮』だった。池上さん自身は『週刊文春』に連載コラムを書いており、その『週刊新潮』の動きを知った『週刊文春』は、木曜発売の自分の媒体でも扱っていたその情報を、発売2日前の火曜日に、「週刊文春デジタル」というネット上でスクープ速報として報道。それによって新聞・テレビが一斉に報道することとなった。このニュースは、『週刊新潮』の方が早くつかんでいたネタであるにもかかわらず、『週刊文春』のスクープとして業界に知られるところとなった。実は新谷編集長自身、先ごろ上梓した著書の中でも、この話を紹介している。

実はまだこの頃までは、週刊誌が発売2日前にその内容をネットで速報するといったことはほとんどなされていなかった。前日には見本刷りが出まわってしまうので、事実上、内容はオープンになってしまうのだが、雑誌が書店に並ぶ2日も前に新聞・テレビに知られてしまっては、雑誌の売れ行きにマイナスだという考え方が大勢だったのだ。そしてこの池上さん事件のスクープをきっかけに、『週刊新潮』もネットで速報を行うということを検討し始める。現在では週刊誌はネットでの速報というものが一般化し、いまや『週刊新潮』もスクープは火曜にネットで速報するのが一般的になっている。

そんなふうに大きなきっかけとなったのが池上事件だったのだ。しかし、どうやら『週刊新潮』は、それにとどまらず、この事件に大きな疑念を感じたらしい。つまり自分たちの方が早く取材していたネタが『週刊文春』に結果的に抜かれてしまったのは、情報がライバル誌に漏れたのではないかと考えたのだ。確かに火曜日の車内吊り広告が昼過ぎに『週刊文春』に漏れていたとしたら、『週刊文春』はもともと自分の雑誌に連載を書いている池上さん関連の事柄だから、急きょ本人に取材して記事にすることも可能だったわけだ。

『週刊新潮』は疑念を抱いて、それ以来、情報漏洩について調査を行い、ついに車内吊り広告が取次経由で『週刊文春』に流れていた事実を突き止めた、というわけだ。

以上が18日発売の『週刊新潮』の大々的な告発の中身だ。もちろん池上さん事件の『週刊文春』のスクープが、『週刊新潮』の考えたような経緯でそうなったかどうかは真相はわからない。今回『週刊新潮』が告発した事例は幾つかあって、同誌は詳しく説明をしているのだが、いわば状況証拠の積み上げだ。真相がどうだったかについては『週刊文春』の反論をまたなければならない。

ここでは以下、今回の告発にはどういう背景があって、我々はこの問題をどう考えればよいのか、そのことを書いておこう。

象徴的なのは、17日つけの朝日新聞の記事に掲載された、問題のトーハンの担当者のコメントだ。記事ではこう書かれている。「同社は『他社に関する情報なので配慮すべきだった』として、今後は取りやめることを検討している」

産経新聞の見出しや、当の『週刊新潮』の記事では、『週刊文春』が不正に情報を取っていたというトーンだから、このトーハンの「今後は取りやめることを検討」というのは、いかにものんきな対応に見えるのだが、たぶんこの取材を受けた時点では、トーハンもその告発記事を読んでおらず、ピンと来ていなかったのだろう。

というのも車内吊りはどうして取次に持ち込まれるかというと、こういう内容ですよと伝えて部数交渉をする材料なのだ。取次とすれば、大きなスクープが載っていれば部数を上乗せする材料として検討するとして扱い、各部署にむしろ周知させて増売に協力するという意識なのだろう。だから知り合いの他社の営業部員から見せてくれと言われて見せてしまった。それが慣習となって代々、『週刊新潮』の車内吊り広告を発売2日前に文藝春秋に見せていたというわけだ。ルーズと言えばルーズだが、たぶん以前は業界はそれほど牧歌的状況だったのだ。確かに考えてみれば、まだ校了前に同じ木曜発売のライバル誌に見せるのは配慮不足だとはわかることだ。しかし、たぶん関係者は「情報漏洩」といったイメージで考えていなかったと思われる。

同じような話はこれまでもあって、例えば新聞広告も早めに新聞社に入稿しないといけない。場合によっては審査のために早めに大まかな広告原稿を新聞社に示すことになる。これが時々、情報が新聞社のしかるべき部署に漏れていたのではないかと問題になることがある。取次が漏らす場合よりは関係者もナーバスで、これはやってはいけないことになっているはずだから、問題が指摘されても新聞社は否定する。だから今回のような騒動にはなっていないのだが、例えばその新聞社のトップのスキャンダルが見出しに入っていたりすれば、しかるべき対応を新聞社がする可能性は低くないはずだ。

問題は、週刊誌といえど雑誌媒体の宿命として締切から発売まで何日かのタイムラグがあることだ。新聞やテレビの場合は、入稿からそれが発信されるまで時間がないので、そういう問題はあまりないだろうが、締切から発売まで日数がかかる雑誌媒体の場合は、その間に他社に情報が洩れると事実上スクープが吹き飛んでしまう恐れは当然生じる。発売へ向けてPRはせねばならないのだが、同時に情報漏洩の可能性も生じるというわけだ。

そうした事情に拍車をかけているのが、ネットの拡大だ。週刊誌はいまや、締切時点、つまり発売の2日以上前に告知として速報を流すのが当たり前になった。まだ雑誌が販売されていない時期にネットに流れることがプラスかマイナスかという議論は以前話されたが、今はそんなことよりも、他社がネットに先に流してしまうと、そちらがスクープしたことになり、肝心の発売日には自分の雑誌の情報が古くなってしまうかもしれない。そうであれば、情報を小出しにして、雑誌に関心を誘導できるように、自分で速報を打ったほうがよいというわけだ。いまやメディアをめぐる環境はそうなってしまったのだ。

実際、多くのスクープが、報じられた側が発売前日に記者会見して自ら釈明し、新聞・テレビが会見を独自ネタとして報じることで、週刊誌のスクープが潰されてしまうケースなどいくらでもある。

昔、まだそのへんが牧歌的だった時代には、何かを発表する時には役所も企業も、情報解禁時間を決め、テレビは夜のニュースから、新聞は朝刊から、などと取り決めていたものだ。ところが今は、そんな取り決めを無視するように、誰かが漏らした情報がツイッターに流れあっという間に大騒動になるケースが多い。昔のようなルールはなかなか通用しにくくなったのだ。

今回の『週刊新潮』の告発は、そんな時代だからこそ大きな問題だとして提起されたわけだ。

そして一番の問題というか本質は、そういう時代状況になっているにも関わらず、業界がそれに即した意識やシステムになっていないという現実だ。取次とて、指摘されてみればいささかルーズだったことはわかるだろう。だから今後は、業務上知りえた情報をどんなふうに管理していくかがもう少し厳密にルール化されていくだろう。つまりネットの進出がいまや情報発信の在り方そのものを変えつつあるのに、関わっている業界がそれに即応できる状態になっていない。今回の問題はそういう事情から起きたものといえよう。

新聞社だって。昔はスクープは朝刊の最終版に載せることにしてそれ以前は隠しておいたものだが、今はまず事前にネットで速報を打つようになった。情報をいつ出すかは、スマホが一番見られる通勤退勤時間かどうかが重要な要因になった。そういう時代なのだ。ただそれがまだメディア関連業界全体にきちんと認識されているとは言い難い。業界間の慣行は牧歌的時代のままだったりするのだ。

それともうひとつ、今回、『週刊新潮』がこれだけ怒って大きな告発を行った背景には、『週刊文春』がこの1年間、「文春砲」と称賛され、大きく部数を伸ばしていたという事情もあるだろう。逆に『週刊新潮』は部数を落とし、『週刊現代』にも抜かれたばかりか、昨年はいささか深刻な状況になっていた。今年に入って編集長が交代したのもそういう状況の打開を図ったからだろう。そういう危機感を抱いていた『週刊新潮』にとっては、『週刊文春』がそんな手段で情報を得ていたというのは、到底許されることではない。怒りが倍になったのは想像に難くない。

さて、『週刊新潮』の告発を受けてこの事件、どうなるのか。『週刊文春』の好調に水をさす可能性もあるし、取次だけでなく、この種の問題には業界全体として管理を厳しくしようということになるのは間違いないだろう。広告原稿の事前の扱いについては、今後、出版界だけでなく、いろいろな業者の間でも検討がなされるかもしれない。

波紋はどこまで広がるのだろうか。

月刊『創』編集長

月刊『創』編集長・篠田博之1951年茨城県生まれ。一橋大卒。1981年より月刊『創』(つくる)編集長。82年に創出版を設立、現在、代表も兼務。東京新聞にコラム「週刊誌を読む」を十数年にわたり連載。北海道新聞、中国新聞などにも転載されている。日本ペンクラブ言論表現委員会副委員長。東京経済大学大学院講師。著書は『増補版 ドキュメント死刑囚』(ちくま新書)、『生涯編集者』(創出版)他共著多数。専門はメディア批評だが、宮崎勤死刑囚(既に執行)と12年間関わり、和歌山カレー事件の林眞須美死刑囚とも10年以上にわたり接触。その他、元オウム麻原教祖の三女など、多くの事件当事者の手記を『創』に掲載してきた。

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