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さよなら“ツヨカワ女子ゴルファー”チェ・ナヨン、恩師が明かした「強さと“ゴルフの本質”」

慎武宏ライター/スポーツソウル日本版編集長
全米女子オープンで メジャー初優勝したときのチェ・ナヨン(写真:ロイター/アフロ)

アメリカ女子プロゴルフ(LPGA)ツアーで活躍してきた韓国のチェ・ナヨンが今季限りで現役引退するという。

昨日、彼女の所属事務所が発表したところによると、チェ・ナヨンは今月10月20日から韓国で行われるLPGAツアーのBMWレディース選手権と、来月11月11から行われる韓国女子プロゴルフ(KLPGA)ツアーのSKシールダス・SKテレコム選手権を最後に現役から退くという。

2010年に23歳で米国ツアー賞金女王

今でこそLPGAでは多くの韓国女子プロゴルファーが活躍しているが、今から10年前の代表格と言えばチェ・ナヨンだった。

その実力もさることながら、端正な顔つきとスレンダーなルックスから「ツヨカワ女子ゴルファー」として、韓国はもちろん、日本でも有名だった。

(参考記事:日本だけじゃない!! アメリカで活躍する“韓国女子ゴルフ”ツヨカワ10傑を一挙公開)

1987年10月生まれのチェ・ナヨンは、2004年にアマチュアながら韓国女子ツアーで優勝し、同年11月、17歳でプロに転向。2008年からアメリカLPGAツアーに本格参戦すると、2009年のサムソンワールド選手権でツアー初優勝。翌2010年には23歳でLPGAツアーの賞金女王になり、2012年には全米女子オープンでメジャー制覇も果たした。

そんな彼女を若い頃に指導したコーチに話を聞いたことがあった。

キム・ジョンイル(金鍾一)。2006年からKGA(韓国ゴルフ協会)の国家代表・代表常備軍のコーチングスタッフとなり、2008年から2011年までは韓国女子代表首席コーチを務めた人物だ。

キム氏が教えてくれた「チェ・ナヨンの凄さ」を改めてここに紹介したい。

11歳のチェ・ナヨンはどんな選手だった?

ナヨンのことは、彼女が小学生の頃から知っています。彼女は11歳のときに父親の影響でゴルフを始めたのですが、ちょうどクラブを握り始めた頃に私のもとを訪ねてきて、個人レッスンをしました。

今でこそ"オルチャン(美形という意味)ゴルファー"の代名詞のような存在ですが、当時はとてもボーイッシュで、見た目は女の子というよりも男の子のようでしたよ(笑)。

もっとも、体は小さく華奢で、体力もなく、そういうところは女の子でしたね。それでも、体の使い方がとてもしなやかでした。そのうえ、教えたことはすぐに吸収して、すごく賢い子でした。

そんな彼女に、私が最初に教えたことは、ゴルフというスポーツの考え方でした。彼女に限らないのですが、我々コーチ陣がまず子どもたちに教えるのは、そこからです。

コーチがジュニア時代に教えた“ゴルフの本質”

一般的に、ゴルフを始めた人がボールを飛ばせるようになると、最初はどうしてもドライビングレンジで気持ちよくスイングして、ボールを遠くへと飛ばしたがるものです。しかしそこに、ゴルフというスポーツの本質はありません。

ゆえに、我々が最初に子どもたちを教えるときは、ドライビングレンジでのレッスンは行なわず、実際にコースに出て、グリーン周辺のアプローチから教えます。

「ここから3打でボールをカップに入れてみなさい」「ここから4打でカップに入れるためにはどうすればいいか考えてごらん」といった感じで、さまざまな場所からボールを打たせるのです。

いきなりティーグランドから実戦形式で練習する方法もありますが、非力な年少期やスイングが固まっていないときだと、飛距離も出ないし、スコアも伸びず、結果的にはゴルフへの興味が薄らいでしまいます。

そうしたことは避けたいので、短い距離からチャレンジして、カップに入れる面白さを感じてもらい、ゴルフというスポーツの本質を教えるのです。

それはつまり、ゴルフはボールの飛距離を競うのではなく、打数を競うスポーツである、ということです。いくら飛ばしても、打数が多ければ勝てないのがゴルフ。何より重要なのは、正確さ、ということを第一に教えます。

ナヨンは、そうしたゴルフの本質をしっかり把握したうえで、順調に成長した選手だと言えるのではないでしょうか。

「ナヨンは最高のモデルケースだったと私は思います」

彼女は、2010年に賞金女王に輝いたときに、"ベアトロフィー賞(年間平均最少ストローク)"も受賞しました。それは、彼女がアメリカに行っても飛距離に惑わされず、ゴルフの本質を忘れていなかった証だと思います。

アメリカに渡ると、欧米選手のパワーに触発されて、飛距離への憧れを抱く選手は決して少なくありません。

プロゴルファーならば、誰もが飛距離を少しでも伸ばしたいと思っていますから、それは仕方がないことですが、アジア人と欧米人では、そもそも骨格も体つきも異なります。飛距離に差が出るのは、当然のことなのです。

車で例えると、欧米選手が5000ccクラスだとしたら、アジア人選手は2000ccクラス。排気量が違うのに、パワーで勝負しても勝ち目はありません。無理してパワーを求めてオーバーヒートしたり、エンジン構造そのものが狂ってしまったりしては、元も子もないのです。

事実、飛距離への欲望からスイングを改造したのはいいけれども、そのせいで本来のフォームやリズムを崩してスランプに陥った韓国人選手もたくさんいます。

結局、飛距離で対抗するのではなく、正確性で勝負することこそ、アジア人の選手がアメリカで勝つための近道であり、生きる道なのです。だいたい、2000ccの自動車は小回りが利くし、ハンドルコントロールも簡単でしょ?

ナヨンはその真理を、身をもって証明してくれた最高のモデルケースだと、私は思っています。

今後は登録者27.5万人のYouTubeチャンネルなどで活躍

キム・コーチもこう言って絶賛していたチェ・ナヨン。

しかし、2015年6月のウォルマートNWアーカンソ―選手権を最後に優勝から遠ざかり、近年はスランプに苦しんだが、KLPGAツアー優勝6回、LPGAツアー優勝9回の計15回の優勝回数は立派の一言に尽きる。

当面はテレビ出演はもちろん、登録者数27.5万人のYouTubeチャンネル『ナヨンis BACK』をはじめとするレッスンイベントなども展開しながら、セカンドキャリアを模索していくというチェ・ナヨン。第2のゴルフ人生にも活躍することを期待したい。

*拙著『イ・ボミはなぜ強い? 知られざる女王たちの素顔』(光文社新書)から抜粋・加筆

ライター/スポーツソウル日本版編集長

1971年4月16日東京都生まれの在日コリアン3世。早稲田大学・大学院スポーツ科学科修了。著書『ヒディンク・コリアの真実』で02年度ミズノ・スポーツライター賞最優秀賞受賞。著書・訳書に『祖国と母国とフットボール』『パク・チソン自伝』『韓流スターたちの真実』など多数。KFA(韓国サッカー協会)、KLPGA(韓国女子プロゴルフ協会)、Kリーグなどの登録メディア。韓国のスポーツ新聞『スポーツソウル』日本版編集長も務めている。

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