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東京五輪も熾烈な競争に。韓国が維持を決めた「芸能・体育要員特例制度」

慎武宏ライター/スポーツソウル日本版編集長
昨年のアジア大会で金メダルを獲得したソン・フンミンとファン・ウィジョ(写真:ロイター/アフロ)

成人男子に兵役義務がある韓国では、スポーツ選手や芸能人であっても兵役を務めなければならない。日本人に馴染みが薄い「兵役=軍隊」も、韓国の成人男子にとっては“国民の義務”なのだ。

ただ、スポーツ選手や芸能人の兵役トラブルは絶えず、過去には廃止された制度もいくつかあった。

有名なのは「芸能兵制度」だろう。

平たく言うと、韓国国防部のPR活動などに協力することで、現役兵として実戦部隊や一般部隊への配属が免除される制度だった。芸能人には諸事情で兵役免除の資格を得ているものも多いが、この芸能兵制度があった頃はアイドルや俳優たちの間でもっとも人気があった“兵役”だった。

(参考記事:【写真】「えっ、そんな理由で?」兵役を免除された20人の韓国芸能人を一挙紹介)

ところが、2013年に兵役期間中のタレントたちが規律違反を犯してデートしていただけではなく、とあるK-POPアイドルは風俗店などに出入りしていたことが発覚したことで、世論の反発が噴出。もともと「芸能人たちを優遇している」として賛否両論が多かったこともあって、2014年に廃止されるに至った。

昨日、本欄で紹介した「芸術・体育要員特例制度」も、実は見直しや廃止を求める声がたびたび起きてきた。

「芸術・体育要員特例制度」とは、オリンピックのメダリスト(つまり1~3位以内)やアジア大会・優勝など国際大会で一定の成果を上げた選手、国際芸術競演大会で2位以上の入賞者、国内芸術競演大会1位入賞者などは、4~5週間の軍事基礎訓練後、自身の特技分野で活動することが兵役とみなされる制度だ。

スポーツが国威発揚に大きく役立った時代は、五輪やアジア大会で活躍した選手たちへの感謝と労い、さらなる活躍を期待する激励の意味も込めて、メダリストに兵役免除の“ご褒美”を贈ることを反対したり、やっかむ声も少なかった。

韓国人初のメジャーリーガーだったパク・チャンホが、大事なオフを返上して1998年バンコク・アジア大会に出場して金メダルという名の兵役免除を手にしたときも、「これでパク・チャンホのメジャーリーグでの活躍が引き続き楽しめる」と喜ぶ声も多かった。

だが、近年は「芸術・体育要員特例制度」で兵役免除を勝ち取った者への目も厳しくなりがちだ。

例えば2012年ロンドン五輪の男子サッカー3位決定戦で日本を下して銅メダルを手にするもその後伸び悩んだ一部の韓国代表選手に対しては「中国に行って金を稼げという意味の兵役免除ではない」と指摘するメディアもあった。

2014年アジア大会の野球競技ではアマチュア主体の他国に対して、韓国は兵役未終了のプロ選手で固めて金メダルを勝ち取ったことで、「大人気ない」「兵役免除のための手段」となっていると皮肉られた。

そんな中で昨年は「芸術・体育要員特例制度」の是非が問われるふたつの出来事があった。

ひとつは2018年ジャカルタ・アジア大会だ。野球競技で韓国は優勝したが、優勝メンバーの一部選手に対し、兵役免除のための請託人選があったのではないかという疑いがもたれ、チームを率いていたソン・ドンヨル監督が国会の国政監査で証人として尋問されるほどの問題となった。

11月にはサッカー韓国代表チャン・ヒョンスの兵役義務捏造が発覚。2014年アジア大会で男子サッカーの金メダルを手にしたチャン・ヒョンスは、「芸術・体育要員」に義務づけられていたボランティア活動を怠り、報告書類に虚偽記載していた。チャン・ヒョンスはこの一件で韓国代表を永久追放処分にもなっている。

これら問題が相次いだことにより、韓国政府は今年初めに国防部、兵務庁、文化体育観光部(日本の文科省に相当)で構成した“兵役特例関連制度改善タクスフォース(TF)”を発足させ、「芸術・体育要員特例制度」の公平性や見直しを検討した。

その中にはオリンピックやアジア大会、さらには芸術分野の成績だけに限定された規定を拡大する案はもちろん、一説によると、「芸術・体育要員特例制度」の廃止の可能性まで議論したという。

つまり、「芸術・体育要員特例制度」が撤廃される可能性もあったわけだ。

規定拡大はならなかったのでBTSやイ・ガンインが成し遂げた功績が即・兵役免除につながることはなかったが、「芸術・体育要員特例制度」が完全廃止されると、特にスポーツ選手などは競技生活にも関係してくれるので一安心というところだろう。イ・ガンインの場合、来年の東京五輪や3年後のアジア大会などまだまだチャンスはあるわけなのだから。

ちなみに与党である『トブロ(ともにという意味)民主党』に所属する国会議員のキム・ビョンギ議員が兵務庁から提出を受けて発表した資料によると、2009年から2018年7月までの10年間で「芸術・体育要員特例制度」の恩恵を授かったアスリートは、178名。その内訳もアジア大会で119名、オリンピックで59名だという。

2014年仁川アジア大会が66名、2010年広州アジア大会が42名、2008年北京五輪が20名と、大会別の詳しい内訳も公開されいるが、果たして来年の東京オリンピックで体育要員資格を授かるアスリートはどれほどの数になるだろう。

いずれにしても今回の「芸術・体育要員特例制度」の見直しに関しては、BTSも関連性があったことでヤフー・トピックスでも取り上げられ、日本でもその存在を初めて知った方々も多いに違いない。

世界には兵役を国民の義務とする国があるが、そのひとつが日本のすぐ隣にある。しかも、スポーツやエンターテインメントも兵役問題は避けられない。この事実がとてつもなく重く感じるのは私だけだろうか。

ライター/スポーツソウル日本版編集長

1971年4月16日東京都生まれの在日コリアン3世。早稲田大学・大学院スポーツ科学科修了。著書『ヒディンク・コリアの真実』で02年度ミズノ・スポーツライター賞最優秀賞受賞。著書・訳書に『祖国と母国とフットボール』『パク・チソン自伝』『韓流スターたちの真実』など多数。KFA(韓国サッカー協会)、KLPGA(韓国女子プロゴルフ協会)、Kリーグなどの登録メディア。韓国のスポーツ新聞『スポーツソウル』日本版編集長も務めている。

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