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イチローへの愛憎と賞賛と労い。激闘から10年。韓国のWBC戦士たちは今

慎武宏ライター/スポーツソウル日本版編集長
第2回WBCでのイチロー(写真:ロイター/アフロ)

現役引退を発表したイチローのニュースは韓国でも大きく取り上げられている。

「打撃の天才イチロー、選手生活にピリオド」(『ノーカットニュース』)「安打でMLBを平定したイチロー、故国でグッバイグラウンド」(『アップダウンニュース』)「不滅の4367安打、追憶残した不世出の英雄引退」(『OSEN』)「日本野球の“生きた伝説”イチロー、メジャーリーグ引退」(『ソウル新聞』)といった具合だ。

『スポーツソウル』は韓国からわざわざ記者を派遣し、東京ドーム2連戦を取材。イチローと日本のファンたちの一挙一動を追いかけ、韓国の視点を盛り込みつつ「イチローは日本を超えてメジャーリーグの生きた伝説」としてその功績を評価した。

(参考記事:【韓国記者取材】天下のイチローの目にも涙…日本野球の英雄、去り際の流儀

言うまでもなくイチローは韓国でも有名人だ。数年前、とある韓国メディアが行った「韓国人が知る日本の有名人」で2位に輝いたことがあるし、面白いところでは以前取材した韓国の人気ナンバーワン・チアリーダーのパク・キリャンも、「韓国でもっとも有名な日本の野球選手はダントツでイチロー選手ですよ!!」と間髪に入れずに答えてくれたほどだった。

あのWBCから10年。韓国選手たちは今…

もっとも、かつて韓国でイチローは“公共の敵”と呼ばれたこともあった。そのキッカケとなったのがWBCだが、早いものでイチローが劇的タイムリーを放った2009年WBC決勝戦から今日で10年となる。

10年前の2009年3月23日、日本と韓国は決勝戦で対決。大会通算5回目の日韓対決となった試合で最後に勝負を決めたのは、イチローだった。

先週発売の『スポーツグラフィック・ナンバー』誌のイチロー特集で韓国サイドから見たこの10年の変化について寄稿したが、執筆のために改めて調べてみると、韓国の2009年WBCメンバー28名のうち、今でも現役を続けているのは17名もいた。

日本でもプレーした金泰均(キム・テギュン)や呉昇桓(オ・スンファン)は今も現役だし、李大浩(イ・デホ)は3年連続年俸キングの座にある。

(参考記事:韓国プロ野球2019年の平均年俸が公開に。イ・デホが3年連続で“年俸キング”

ただ、引退した選手もいる。“日本キラー”と言われた左ピッチャーの奉重根(ポン・ジュングン)は今季から解説者となったし、マスクをかぶった朴勍完(パク・キョンワン)はコーチになっている。

韓国WBC戦士たちに聞いたイチロー評

決勝戦でイチローから決勝タイムリーを打たれた林昌勇(イム・チャンヨン)も、今年3月11日に現役引退を表明した。昨年シーズン終了後に所属球団であるKIAから戦力外の通知を受けたが、現役続行を望み、受け入れ先を探したが見つからず、引退となった。

忘れられないのは、その林昌勇が語っていた言葉だ。第2回WBC決勝から数カ月後、『Number』誌の取材で林昌勇はポツリとこう漏らしていた。

「結果的には打たれてしまいましたけど、後悔したくないし言い訳もしたくない」。イチローと真剣勝負したことに後悔はないという潔さが伝わってくる言葉だったが、イチローのことを称賛したのは林昌勇だけではなかった。

例えば韓国人初のメジャーリーガーである朴賛浩(パク・チャンホ)氏。日本で講演会を開いた際に彼は言っていた。

「イチロー選手がメジャーリーグで打ち立てた記録は、とても意義があります。これまでは誰も東洋のアジア人が打ち立てた記録を目標にせず、アメリカ人選手の記録ばかりを追いかけていましたが、これからは世界中の子供たちがイチロー選手の打ち立てた記録を目標にする。イチロー選手が世界中の子供たちに、新たな目標を与えたわけです。この意義はとてつもなく大きい」

韓国では朴賛浩氏が切り開いた道を今では柳賢振(リュ・ヒョンジョン)が続いているが、イチローの活躍と存在があったからこそメジャーリーグにおけるアジア野球の地位も高まったと大絶賛していたのだ。

(参考記事:MLB先発投手格付け評価でリュ・ヒョンジン53位。ダルやマエケン、菊池の順位は?

アトランタ・ブレーブスでもプレーした奉重根に至っては筆者にこんなエピソードを教えてくれた。

「僕はイチロー選手に憧れ、高校時代から背番号51を付けてプレーしたんです。プロになっても韓国代表でも51番にこだわりました。自宅のリビングには、アトランタ時代にイチロー選手からプレゼントしてもらったサインボールが飾ってあるんですよ。そのボールを話の種にしながら、いつか息子と思い出話をしたいと思っています」

韓国人にとって、イチローは愛憎の対象だった。憎たらしいが、偉大すぎて認めずにはいられない男だった。だが、今ではそうした複雑な感情は薄れつつある。

先月、久々に話を聞いたWBC韓国代表監督・金寅植(キム・インシク)監督も言っていた。

「本当に大した選手ですよ。凄いの一言に尽きる。野球界の“生きた手本”です」

頑固で執着心が強い韓国人の心を動かしたのは、ほかでもないイチローだろう。彼が打ち立てた記録とたゆまぬ努力が韓国人の心を動かしたのではないだろうか。

この事実は限りなく大きい。やっぱりイチローは凄い。偉大だ。

ライター/スポーツソウル日本版編集長

1971年4月16日東京都生まれの在日コリアン3世。早稲田大学・大学院スポーツ科学科修了。著書『ヒディンク・コリアの真実』で02年度ミズノ・スポーツライター賞最優秀賞受賞。著書・訳書に『祖国と母国とフットボール』『パク・チソン自伝』『韓流スターたちの真実』など多数。KFA(韓国サッカー協会)、KLPGA(韓国女子プロゴルフ協会)、Kリーグなどの登録メディア。韓国のスポーツ新聞『スポーツソウル』日本版編集長も務めている。

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