Yahoo!ニュース

「兵役は選手として死んだ時間」なのか。韓国スポーツと兵役の関係…ゴルフの場合

慎武宏ライター/スポーツソウル日本版編集長
軍事演習中の韓国兵(写真:ロイター/アフロ)

ペ・サンムンをご存じだろうか。現在はアメリカPGAツアーでプレーする韓国の男子プロゴルファーだ。

2008年と2009年に韓国ツアーで賞金王に輝き、2011年には日本の男子プロゴルフツアーで賞金王に戴冠。2012年からアメリカを主戦場とするようなった。

ただ、そのペ・サンムンは一時期、兵役のために選手生活を中断せねばならない時期があった。

当時ペ・サンムンは成均館(ソンギュンガン)大学に籍を置くことで入営を延期し、2013年1月にはアメリカの永住権も取得。国外旅行許可も得て選手生活に専念してその許可延長を申請していたが、2014年末に韓国の兵務庁がそれを却下した。

当時の韓国の兵役法では、1年のうち6ヶ月以上韓国に滞在したり、3ヶ月連続して韓国に滞在した場合は国内居住者と見なされ国外旅行許可の取得も難しくなるが、兵務庁はペ・サンムンがアメリカ永住権取得後も133日間韓国に滞在したことや、スポンサー収入や韓国国内での試合出場などで韓国国内でも所得を得たことなどを理由に却下しただけではなく、逆に兵役法違反容疑で故郷・大邱(テグ)の南部警察署から告発される事態となったのだ。

それを不服として行政訴訟を起こすも敗訴したペ・サンムンは満28歳を過ぎていたこともあって、結局は軍隊に。

2015年11月から江原道・原州(ウォンジュ)市に駐屯する陸軍で現役兵として軍務に励んだ。かつて“韓国男子ゴルファーの中でもっともマスターズ優勝に近い男”とされた彼が、クラブの代わりに銃を握ることになったこのニュースを記憶しているファンも多いことだろう。

(参考記事:松山英樹とコンビを組んだことも。クラブの代わりに銃を握った韓国の“飛ばし屋”が帰ってくる!!)

KPGAのオ・ヨンソク次長も言う。

「サンムンの件はいろいろともどかしい部分もありましたが、国が定めたルールなのだから仕方がありません。彼も受け入れ、元気で兵役を務めました」

オ・ヨンソク次長によると、ペ・サンムンは部隊でも模範兵として評判だったという。射撃の腕前はかなりのもので、一日の軍務が終わるとウェイトトレーニングに励み、休暇が取れると練習場やゴルフ場で打ち込みもしていたらしい。

「入隊前は兵役について悩み過ぎて円形脱毛症にまでなったそうですが、自分よりも年下の上官たちともうまくやっていたそうです。階級社会の軍生活にも慣れ、“ゴルフに必要な忍耐力も鍛えられた”と言っているとか」

ペ・サンムンのように現役兵として兵役を務めた男子プロは多い。

2014年のトップ杯東海クラッシックで優勝したキム・スンヒョグは海兵隊で兵役を務めているし、2014年の関西オープンで日本ツアー初出場・初優勝を飾ったチョ・ビョンミンは特殊部隊に志願入隊して兵役を務めている。

海兵隊や特殊部隊という言葉だけ聞くと、銃声響く戦場や過酷な訓練を想像しがちだが、命の危険にさらされたり、肉体的かつ精神的に追い込まれた毎日を送るわけでもない。

もちろん、「朝6時起床・午後10時就寝」「前髪3センチ以内、後ろ髪・横髪は1センチ以内」「無断外出・副業禁止」などの軍の規律に基づいた集団生活を送ることになるが、「訓練3、作業7」という言葉があるほど、施設の掃除や芝刈りなどの作業が大半を占めるという。

最近は兵舎でインターネットにアクセスできたりもする。

韓国男子プロの代表格と言えるチェ・キョンジュなどは配属された海岸警備隊で炊事兵を務めており、「部隊の食事を準備したあと、空き時間に上官のゴルフに付き合ったり、松ぼっくりをボールに見立ててショットの練習などもした」らしい。

ただ、国民の義務とはいえ、約2年間の兵役期間は大きなブランクに等しいと言わざるを得ないだろう。

考えてみてほしい。選手としての伸び盛りの時期に、その競技から離れ軍務に就かなければならないのだ。

軍隊生活で人間的な度量を深めることもできるだろうか、競技感覚にズレが生じて錆びついてしまってもおかしくはない。

青春の日々を国防に捧げることは男子の本懐ともされているが、その一方で世間と隔離され個人の自由が奪われるため“人生の空白期間”とも言われているのもまた、事実なのだ。

(参考記事:知られざる韓国スポーツと兵役「兵役は選手として“死んだ時間”」と嘆くアスリートたち)

それゆえに兵役問題を解決することが急務となる。解決とはすなわち現役兵として入営することを回避し、プレーヤーとして選手生活を続けることを意味するが、その方法はさほど多くはない。

もっとも有効的な方法は、国際スポーツ大会で著しく活躍し、徴兵検査で6級判定を受けることだ。オリンピックのメダリスト(つまり1〜3位以内)やアジア大会・優勝など、国際大会で一定の成果を上げた選手は、4〜5週間の軍事基礎訓練のみが義務となる。

(参考記事:韓国アスリートたちが五輪やアジア大会に執念を燃やすワケ)

北京五輪で野球金メダルに輝いたイ・デホ(元ソフトバンク)やロンドン五輪の男子サッカー・3位決定戦で日本を下した韓国代表選手たちがこれに当たり、ゴルフだと2006年ドーハ・アジア大会で金メダルに輝いたキム・キョンテが該当する。

2009年12月に軍事基礎訓練のみを受けてその後はツアー生活に専念するキム・キョンテは言っていた。

「兵役に行かない代わりに、ゴルフに専念して良い成績を残すことが自分の務めという気持ちでした」

ただ、オリンピックやアジア大会は4年に一度しなかなく、韓国代表の枠は限られている。そのため、韓国の多くのスポーツアスリートが次善策として目指すが“尚武”への入隊だ。

正式名称は国軍体育部隊。日本で言うところの自衛隊体育学校のような専門部隊で、サッカー、野球、バスケ、陸上、レスリングなど各種目の代表経験者たちだけが入隊を許され、その競技に専念することが軍務となるエリート部隊だが、ゴルフは現在、対象外種目となっている。

(参考記事:韓国スポーツと兵役 別名・尚武(サンム)と呼ばれる国軍体育部隊とは何か)

尚武にゴルフが存在した時期はあった。1993年〜1998年までの5年間と、2014年から2016年までの2年間だ。98年に軍務の経費削減を理由に解体されたが、2015年10月に韓国で開催された4年に1度の世界軍人スポーツの祭典『ミリタリー・ワールドゲーム』のために、2年間だけ特例的に設けられた。

この特例を見逃さなかったのが、個性的なルックスと豪快なドライバーショットで知られるI.H.ホらプロ6名とアマ2名だった。

過去の代表実績に加え、体力テストや世界ランキングに基づいて厳選された彼らは、兵役中は身分が軍人となるため営利活動が禁止されていたが、試合感覚維持のために特例的に国内ツアーに参加できた。

彼らは除隊後すぐにツアー復帰しており、I.H.ホなどは日本ツアーにカムバックしている。練習=軍務となる尚武でのゴルフ漬けの日々が、選手たちにとってプラスに働くことを示した好例と言えるだろう。

ただ、尚武ゴルフ部が2度目の解散となった今、韓国の男子プロたちがゴルフを続けながら兵役を全うする道はないに等しい。だからこそ、多くの男子プロたちが兵役問題に関してセンシティブにならずにはいられない。日本でプレーするとある男子プロも言っていた。

「できれば来年行きたいと思っていますが、まだわかりません。いつに行くかはまだ決めかねています」

兵役を回避したいと思っているわけではない。ただ、ブランクとその後の選手生活を考えると慎重にならざるを得ないというのが実際のところなのだろう。

前回紹介したキム・シウも「いつか行くことを考えるし、準備はしている」とアメリカ・メディアに語ったそうだが、それがそのときの時点で彼らが言えることだったのだろう。

思い出すは、とある若いアスリートがぽつりと漏らした本音だ。日本でもプレー経験がある彼は言っていた。

「例えば日本人選手は、いつ海外に行っていつ指導者になるかなど、自分の人生プランをしっかり持っているし、それが羨ましい。韓国人の僕らには兵役問題があるので、先の先まで計画が立てづらい。極端な話、結婚やその後の人生計画に夢を膨らませるよりも先に、兵役問題をいかに解決するかに頭を悩ませます。それを解決しなければ自分の未来も描けないから」

世界には兵役を国民の義務とする国はたくさんある。けれど、兵役のために若者が思い悩み、スポーツ選手が自分の意志とは関係なく、競技生活の中断を迫られる国はそう多くはない。

その数少ない国が日本のすぐ隣にある。この事実をとてつもなく重く痛く感じるのは、私だけだろうか。

(初出:『週刊パーゴルフ』2017年6月6日号掲載の原稿に加筆・修正を加えたものです)

ライター/スポーツソウル日本版編集長

1971年4月16日東京都生まれの在日コリアン3世。早稲田大学・大学院スポーツ科学科修了。著書『ヒディンク・コリアの真実』で02年度ミズノ・スポーツライター賞最優秀賞受賞。著書・訳書に『祖国と母国とフットボール』『パク・チソン自伝』『韓流スターたちの真実』など多数。KFA(韓国サッカー協会)、KLPGA(韓国女子プロゴルフ協会)、Kリーグなどの登録メディア。韓国のスポーツ新聞『スポーツソウル』日本版編集長も務めている。

慎武宏の最近の記事