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頓挫したPSYの平壌行き。北朝鮮の難色のせい? 『江南スタイル』の苦いトラウマのせい?

慎武宏ライター/スポーツソウル日本版編集長
PSY(写真:ロイター/アフロ)

4月に開かれる南北首脳会談を前に、3月31日から4月3日まで、平壌でK-POPスターがコンサートを行う。

「春が来る」と題された公演には、韓国で“歌王”と呼ばれる国民的歌手チョ・ヨンピルや人気ガールズグループRed Velvet、少女時代のメンバー・ソヒョンら11組の出演が確定。公演には韓国から160人が参加するという。

とりわけ韓国アーティスト平壌公演では、ガールズグループの参加は15年ぶりとなるだけに、人気絶頂の中にあるRed Velvetのパフォーマンスと北朝鮮の人々の反応は楽しみなところだ。

(参考記事:昨年の活躍が目覚ましかったRed Velvet。思わずうっとりする新年一発目のグラビアに注目!)

明日28日には出演者たちの合同リハーサルが行われる予定だが、実は大物K-POPアーティストの合流も取り沙汰されていた。『江南(カンナム)スタイル』で知られるPSY(サイ)だ。

「芸術団の平壌公演の輪郭…PSY合流も協議中」(『聯合ニュースTV』)、「PSY、平壌公演への合流推進…北で“乗馬ダンス”を見られるか」(『スポーツ・ソウル』)、「PSYの平壌公演が論議…北韓にも『江南スタイル』の風が吹くか」(『イルガン・スポーツ』)など、複数の韓国メディアが報じていた。

韓国の報道によれば、韓国政府がPSYの参加を推したが、北朝鮮の三池淵(サムジヨン)管弦楽団の玄松月(ヒョン・ソンウォル)団長が「PSYの型破りな歌詞とダンスは北朝鮮住民の情緒と合わない」との理由で難色を示していたという。

結果的には本日、韓国文化体育観光部のファン・ソンウン報道官がPSYの不参加を発表。「当初はPSYが一緒に参加することも考えたが、今後もっと良い機会があると期待している」とコメントしたが、それにしてもなぜ今回、PSYに白羽の矢が立ったのか。

「Do you know PSY?」で物議

そもそもPSYは、2001年にアルバム『鳥』でデビュー。タイトル曲『鳥』が人気を集めると、その後も『チャンピオン』、『芸能人』などヒット曲を連発し、韓国音楽界で存在感を示した。

PSYの転機となったのは、2012年に発表した『江南スタイル』だった。

耳に残るリズムと中毒性のある“乗馬ダンス”がYouTubeを通じて世界中に拡散され、MVの再生回数は100日で5億回を突破。米ビルボードの「ホット100チャート」では、7週連続2位を記録した。

当時は『ABC』や『BBC』、『CNN』、『ニューヨーク・タイムズ』など欧米メディアもPSYに注目し、『江南スタイル』の人気を報じていた。

韓国国内でもPSYは世界的スターとして大きな関心を集め、同年10月には、とある韓国記者がアメリカ国務省報道官に「Do you know PSY?」という“クッポン“まがいの質問をし、物議を醸したこともあった(クッポンとは、「クッ=国」と「ヒロポン」を合成した言葉。明確な定義はないが「国家に対する自負心に陶酔し、無条件的に韓国を称賛すること」といったニュアンスになる)。

“乗馬ダンス”の銅像に本人は困惑

最近も、韓国国内での人気は健在だ。

昨年5月にリリースした自身8枚目のアルバム『4×2=8』は、韓国の音楽授賞式『第7回GAON CHART MUSIC AWARDS』で、今年の歌手賞(5月部門)を受賞。収録曲『I LUV IT』のMVに日本のピコ太郎とハリウッド俳優イ・ビョンホンが出演したことも話題になった。

また昨年7月には、江南区が『江南スタイル』の振り付けをモチーフにした銅像を建て、本人もコメントするなど話題を呼んだ。

(参考記事:【画像】「犬の糞のようだ」PSYの『江南スタイル』をモチーフにした銅像が物議…本人も困惑

こうした世界的な知名度と実績があるからこそ今回、韓国政府はPSYに平壌公演の参加を推したのだろうが、韓国が世界的なイベントを開催する度にラブコールを受けてきたのがPSYでもある。

『江南スタイル』の苦いトラウマ

例えば、2014年に開かれた仁川アジア大会だ。

開会式のフィナーレに登場したPSYは、『チャンピオン』と『江南スタイル』を熱唱し、会場を盛り上げた。

また、先月26日に行われた平昌五輪の閉幕式でも、PSYはオファーを受けていたという。ただ、結局閉幕式にPSYが出演しなかったことには、仁川アジア大会でのトラウマが関係していたらしい。

平昌五輪の開・閉会式の総監督を務めたソン・スンファン氏は、PSYに直接出演をオファーしたときのことをこう振り返っている。

「PSYは『江南スタイル』を大きい舞台で歌うことを少し負担に思っていた。2014年の仁川アジア大会のとき、韓流スターが総出動しましたが、そのときの反応が良くなかったことがトラウマになっているようです」

実際、PSYが仁川アジア大会の開会式に出演した際は、「国際イベントに合わない」「スポーツ選手が脇役になってしまった」などといった批判も挙がっていた。

そんな苦い経験があるだけに、今回の平壌公演にはPSY自身も消極的だった可能性もなくはないだろう。

歌詞が“19禁”判定を受けた楽曲も

結局参加は見送られたが、PSYが今回の平壌公演に参加していれば、強烈なインパクトを残していたことは間違いないだろう。

というのも、北朝鮮側が指摘したように、PSYは型破りで自由奔放な歌詞とパフォーマンスが専売特許でもあるのだ。

例えば、デビュー当時には、韓国で男性が着ることがタブー視されているノースリーブシャツを着て歌番組に出演し、「風紀を乱す」として警告を受けたこともあるし、上半身裸で舞台に上がることも珍しくない。

シャツをはだけた半裸姿で人気歌手のRAIN(ピ)と抱擁したパフォーマンスも注目された。

歌詞が過激なこともPSYの持ち味の一つだ。発表した楽曲が19禁(日本で言う18禁)判定を受けたこともあった。韓国は日本と比べて歌詞に対する規制が厳しく、美女作詞家のキム・イナも“トンデモ規制”を受けたと明かしていたが、いずれにしてもPSYの楽曲の歌詞は韓国で衝撃的と言われることが少なくない。

(参考記事:東方神起の歌が有害指定?韓国の美女作詞家キム・イナが明かす仰天エピソード

まして、すでに参加が決まっている9組のアーティストのうち、前出のチョ・ヨンピルとYB(ユン・ドヒョンバンド)、チェ・ジニ、イ・ソニの4組は以前に平壌でコンサートを行ったことがあり、少女時代のソヒョンは今年2月に北朝鮮の三池淵管弦楽団が行った韓国公演でステージに上がっただけに、北朝鮮でも知名度が高い。

その他のアーティストも、ペク・チヨンとジョンイン、Aliはいずれも歌唱力が売り。唯一のアイドルグループRed Velvetは、韓国大統領府のタク・ヒョンミン選任行政官が「クラシックからアイドルまで世代別の特徴を込めようとした」と語っていた通り、若者をターゲットにした選出だろう。

本日、2006年に北朝鮮の金剛山でコンサートも行ったシンガーソングライターのカン・サンエと、ピアニストのキム・グァンミンの参加が新たに発表されたが、いずれにせよ、正統派でその道の王道を行くアーティストばかりが名を連ねている。

それだけに、自由奔放で奇想天外なPSYがここに合流すればコンサートの色合いもかなり変わってきていたに違いない。

今後も北朝鮮でK-POPアーティストが公演を行うことはあり得なくないが、そのとき平壌に『江南スタイル』は流れるだろうか。

ライター/スポーツソウル日本版編集長

1971年4月16日東京都生まれの在日コリアン3世。早稲田大学・大学院スポーツ科学科修了。著書『ヒディンク・コリアの真実』で02年度ミズノ・スポーツライター賞最優秀賞受賞。著書・訳書に『祖国と母国とフットボール』『パク・チソン自伝』『韓流スターたちの真実』など多数。KFA(韓国サッカー協会)、KLPGA(韓国女子プロゴルフ協会)、Kリーグなどの登録メディア。韓国のスポーツ新聞『スポーツソウル』日本版編集長も務めている。

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