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「YOUは何しに日本へ?」アフリカの大地で日本企業がサッカーで育む“人”と“夢”

慎武宏ライター/スポーツソウル日本版編集長
マラウイからやってきたムソサ(左)とリンジェ。(写真:著者撮影)

アフリカのマラウイ共和国という国をご存じだろうか。北はタンザニア、南はジンバブエ、西はザンビア、東はモザンビークに囲まれた国だ。国土は北海道と九州を合わせたぐらいの広さ(面積11万8000平方キロメートル)で、人口は1721万人。英語とチェワ語を公用語とし、国民の80%がたばこや紅茶、ナッツ、コーヒーなどの農業に従事している国だという。

近年はレアアースなどの鉱物資源開発が進んでいる国だそうだが、恥ずかしながら私は知らなかった。彼らに会うまでは……。

韓国料理屋で出会ったふたりのアフリカ人

直線距離にして東京から12万キロ以上離れているこの国の存在を知ることになったのは、東京・十条にあるタッハンマリ料理の店だった。タッハンマリとは韓国語で“鶏一匹”という意味で、文字通り鶏一匹を煮込んだ韓国の鍋料理。そのタッハンマリを、ふたりのアフリカ人が美味しそうに食事をしていたのだ。

脳裏によぎったのは、人気バラエティ番組のタイトル、『YOUは何しに日本へ?』だった。韓国にもそれに近い番組があり、最近は流暢な韓国語を話す外国人タレントも増えている。

(参考記事:韓国で活躍する外国人タレントたち。彼らはなぜ、何しに韓国へ?)

ただ、まさか東京北区で番組に近いシチュエーションに出くわすとは思わなかった。気になって同席していた中年男性に話を聞いてみると、彼らはサッカー選手だという。

Jリーグ各クラブの練習に参加

「彼らはマラウイのプロサッカーチームである“BE FORWARD WANDERERS”の選手なんです。左がプレッシャス・ムソサ(18歳)で、右がジャブラニ・リンジェ(23歳)。ムソサはU-23マラウイ代表のストライカーで、リンジェはマラウイ代表としてAマッチ5試合を数えるMF。ふたりともマラウイでは結構、名の知れた選手ですよ」

中年男性によると、チームは1962年に創立され国内のリーグ優勝5回、カップ優勝14回を数える古豪だという。今季はリーグ戦首位にあり、優勝すれば11年ぶりの快挙となるらしい。そんな中で、わざわざアジスアベバ(エチオピア)、香港と乗り継いで彼らが日本に来たのは、Jリーグ・クラブのテストを受けるためだというのだ。

仕事柄、韓国人選手のJリーグ進出やKリーグにおける外国人選手の変遷を長く取材してきたこともあって、俄然、興味が沸いた。

(参考記事:“多国籍化”が進む韓国Kリーグに日本人選手はどれだけいるのか)

真っ先に気になったのは、なぜマラウイの選手がわざわざ日本に来ているのかということだ。マラウイのトップ選手の年俸が平均で300ドル(観戦チケットは40円程度らしい)と聞いて、その費用をどのようにして賄っているのかも気になったが、どうやらそこにはビィ・フォアードという名の日本企業のサポートがあるらしい。同席した中年男性が教えくれた。

日本の中古車輸出入会社が彼らの挑戦をサポート

「ビィ・フォアードはBE FORWARD WANDERERSのメインスポンサーでもあるんです」

ビィ・フォアードは世界152か国に年間約12万台の中古車を輸出する会社で、同社が開発した越境ECサイト「beforward.jp」は月間6,000万PVを誇り、新興国ではかなり有名らしい。アフリカでも積極的に事業を展開しており、マラウイでもその名が広く知られている。

その縁でWANDERERSのメインスポンサーになったそうだが、同社はただ資金を提供するだけではなく、クラブ運営にも乗り出してマラウイのサッカー発展の一助になろうとしているという。ふたりの選手たちと同席していたビィ・フォアード関係者は言っていた。

「マラウイの選手たちは環境や指導が行き届いた中でサッカー経験がありません。それで日本に来てマラウイにはない施設やノウハウの中で揉まれることで、彼らの進化と言いますか、覚醒を期待して、去年からWANDERERSの中でも優秀な選手数名を日本に呼んで、練習に参加させてもらったり、テストを受ける機会をいただいているんです。彼らにチャンスを与えたいんです」

プロジェクトは昨年から始まり、今年で2回目。主にJFL、J2、J3のチームの練習に参加したり、セレクションなどに参加しているという。通訳を介して、ムソサとリンジェにその感想を尋ねてみたが、ふたりは揃って日本サッカーのレベルの高さに驚いていた。

「ぜひぜひこの日本でプレーしてみたい」

「どのクラブに行ってもサッカーの技術が高く、スピードやインテリジェンスのレベルの高さを感じた」(リンジェ)

「想像以上に日本のサッカーはレベルが高く、簡単ではないと感じた」(ムソサ)

と同時に、日本の文化についてこんな感想も口にした。

「箸なんて使ったこともなかったので大変。日本の食べ物にたくさん塩をかけたり、飲み物に砂糖を足したりすると、驚いた顔をされたりもしているけど、ほとんどの日本人が我々をリスペクトしてくれていることは本当にありがたい」(リンジェ)

「みなとみらいからの夜景は美しくて最高。日本は本当に美しい国です」

職業柄、日本でプレーする韓国人選手の日本評はよく聞くが、アフリカ人選手の日本評を直接聞く機会は滅多にないので新鮮だった。ただ、韓国人選手の多くが「日本は住みやすい」と語るように、アフリカ人選手も同じようなことを語ったことが、なぜか嬉しかった。

(参考記事:川崎フロンターレ韓国人GKチョン・ソンリョンに聞く「J」と「K」

リンジェもムソサも短期間とはいえ日本での生活やサッカーに心から惹かれているようだった。まだ18歳というムソサなどは「ぜひぜひこの日本でプレーしてみたい」と目を輝かせていたほどだ。

そんな表情を真横で見ていたビィ・フォアード関係者も嬉しそうだった。笑顔を浮かべながら、ポツリと語っていた言葉も印象的だった。

「サッカーに関して我々は素人かもしれません。ただ、ダイヤの原石となるような選手をマラウイで発掘し、日本の最新トレーニング技術やノウハウのもとで育成して、世界に通用する選手を育てたいという夢があります。いつかマラウイの若者が日本でプレーするようなれば、マラウイの子供たちが彼らを目指すようになり、新たな“夢”も生まれる。まだ始まったばかりで壮大なプロジェクトですが、ひたすら“前へ”と我々もチャレンジしたいと思っています」

日本の企業が遠く離れたアフリカの地で事業展開していることもさることながら、そこでビジネスを展開するだけではなく、“人”と“夢”も育てようとしている取り組みに共感を覚えた。

東京の片隅で偶然、出くわした『YOUは何しに日本へ?』のリアル。いつの日かマラウイの選手がJリーグのピッチに立つ日が訪れることを期待したい。

ライター/スポーツソウル日本版編集長

1971年4月16日東京都生まれの在日コリアン3世。早稲田大学・大学院スポーツ科学科修了。著書『ヒディンク・コリアの真実』で02年度ミズノ・スポーツライター賞最優秀賞受賞。著書・訳書に『祖国と母国とフットボール』『パク・チソン自伝』『韓流スターたちの真実』など多数。KFA(韓国サッカー協会)、KLPGA(韓国女子プロゴルフ協会)、Kリーグなどの登録メディア。韓国のスポーツ新聞『スポーツソウル』日本版編集長も務めている。

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