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躍動し始めたガンバ大阪のブラジル人FWたち。松田浩監督のマネージメント術の秘訣を聞いた

下薗昌記記者/通訳者/ブラジルサッカー専門家
松田浩監督は筑波大学時代にブラジルへの留学経験を持つ(写真提供:ガンバ大阪)

 新たに就任した松田浩監督のもとで巻き返しを図るガンバ大阪が、8月27日の名古屋グランパス戦で負の流れにピリオドを打った。松田監督の就任後の成績は1勝1敗。ただ、得点力不足に喘いでいたチームは2試合連続で2得点を決めており、ブラジル人FWが躍動し始めた。筑波大学時代、ブラジルに一年間の留学経験を持つ松田浩監督の強みはポルトガル語を知ることだけでなかった。松田監督が考えるブラジル人選手のマネージメント術を聞いてみた。

松田体制で躍動し始めたブラジル人アタッカーたち

 松田浩監督が率いるガンバ大阪ではフォーメーションも、戦い方も片野坂知宏前監督が率いた当時とは異なっているが、ポジティブな変化の一つはブラジル人FWの躍動である。

 8月20日に行われた就任初戦、サンフレッチェ広島に2対5で逆転負けを喫したものの、不遇を託っていたレアンドロ・ペレイラが見事なゴールを叩き出し、名古屋グランパス戦でもパトリックが決勝点。オフサイドで2度ゴールが認められなかったものの、レアンドロは2試合連続でシュート技術の高さを見せつけた。

 「今までのチームでもブラジル人であっても、これだけの任務はやってくれという形で進めてきた。そこに関しては同じようなアプローチをしたい」と従来の指導ポリシーを口にした松田監督だが「これだけの任務」というのは明確だ。

 FWに求めるタスクは最低限、相手のCBに自由な縦パスを許さないことーー。そこに関しては妥協を許さない松田監督だが一方で、「相手を追いかけ回して、絶対にボールを奪ってくれというのは出来っこないので要求しない」と過度な守備の負担は求めないのも特徴だ。

 ーーブラジル人FWの気質を分かった指導をされているように思います、と尋ねたところ、松田監督の「FW論」が返ってきた。

 「ブラジル人というところもありますけど、ストライカーの気質ですかね。ストライカーというのはどうしても点を取りたいというのがあるから、守備の方はあまりやりたくないという人が多いと思うんですよね、基本的に。ただ前線で追いかけ回したりするのを売りにしているストライカーもいるのはいるけど、それは日本人に多いですよね。ブラジル人は大体、点を取ることをとにかく目標にしているというか、そこに絡みたいというのがあるから、その部分をくすぐるにはじゃあ、どうするかということ」

明らかにモチベーションが違うレアンドロ・ペレイラ
明らかにモチベーションが違うレアンドロ・ペレイラ写真:YUTAKA/アフロスポーツ

筑波大学時代にブラジルに留学した松田監督が得たものとは

 松田監督は筑波大学時代、日本ブラジル交流協会の一員としてブラジルのポルト・アレグレに留学。地元の名門、インテルナシオナウの下部組織で研修生として過ごした経験を持っている。

 交流協会からブラジル各地に派遣された大学生は卒業後、一般企業やマスコミなど様々な分野で活躍しているが、松田監督は栄えある一期生の一人だったのだ。

 地球の反対側にあるサッカー王国は良くも悪くも日本とは対極的な価値観を持つ国である。

 指揮官がブラジルで得たのは新たな価値観だったと言う。

 「自分が超典型的な日本人かなと思いながらブラジルに行きましたけど、それで良かったのはブラジルは全く違う物差しで、色んな判断基準があること。時間通りに行ったら怒られるぐらいで『何でこんな早く来るんだパーティに』という感じで、今まで正しいと思っていたことがそうでもないんだなとか、今までダメと思っていたことが、実はそうでもないんだなと。判断に余裕が出たというか、もう1本、判断基準の物差しが増えたと思うんですけど、その中でブラジル人の事もよく分かりました」

 ラテン気質の一言で括られがちだが、ブラジル人と言ってもその気質は様々である。守備を好まないFWもいれば、パトリックのように献身的に泥臭くピッチを駆ける選手も存在する。パーティピープルを地で行く陽気な選手もいれば、内向的で口数の少ないブラジル人も珍しくない。だからこそ、その気質の見極めが指導者側に不可欠なのである。

 「精神的な部分をきちっと整えるというか、そうすれば勝手にいいプレーをしてくれるというのが僕の考え方。そういう風にしてもらうにはブラジル人には、こう対応した方がいいとか、日本人だったら、こうかなというのは気にしているところです」

ブラジルを知る指揮官ならではのコミュニケーション術

 コロナ禍によって、ガンバ大阪の練習は非公開。番記者も日々の指導を見られないため、ブラジル通の指揮官に「ポルトガル語で指導されているのですか」と尋ねたところ、意外な答えが返ってきた。

 「いや、ほとんど通訳を通じて。チーム全体に言っているのは日本語ですし、それを通訳が伝えている。(ブラジル人に)個別にやるときでも、出来るだけ通訳を介して言っています。チャンスがあるときには自分が話せる範囲のことでコミュニケーションを取ろうとしていますけど、サッカーのことに関しては正確に伝わらないといけないので通訳を介することがほとんどですよ」

 ただ、ブラジルで生活した経験を持つ松田監督は、ブラジル人の心の掴み方を知っている。

 「挨拶だとか『奥さん、元気』とか、そういう家族のことを聞かれるのはブラジル人は結構好きだし、家族のことを物凄く大事にしていますからね。そういうのは質の高いコミュニケーションじゃないかもしれないけど、『コミュニケーションは質より量』と言った人がいる。本当に何でもないことでも量を稼いでおくと、信頼関係というのは出来上がっていくと思うので」

 ガンバ大阪には現在、5人のブラジル人助っ人が在籍する。ポルトガル語をひけらかすことは少ないのだろう。ただ、彼らが輝きを放てば、自ずとJ1残留の可能性は高まることを、指揮官は知っている。

記者/通訳者/ブラジルサッカー専門家

1971年、大阪市生まれ。大阪外国語大学(現大阪大学外国語学部)でポルトガル語を学ぶ。朝日新聞記者を経て、2002年にブラジルに移住し、永住権を取得。南米各国でワールドカップやコパ・リベルタドーレスなど700試合以上を取材。2005年からはガンバ大阪を追いつつ、ブラジルにも足を運ぶ。著書に「ジャポネス・ガランチードー日系ブラジル人、王国での闘い」(サッカー小僧新書)などがあり、「ラストピース』(KADAKAWA)は2015年のサッカー本大賞で大賞と読者賞。近著は「反骨心――ガンバ大阪の育成哲学――」(三栄書房)。日本テレビではコパ・リベルタドーレスの解説やクラブW杯の取材コーディネートも担当。

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