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韓国市民「緩みと疲れ」も、政府は新型コロナ対策で"社会的距離戦略"の徹底訴え

徐台教ソウル在住ジャーナリスト。『コリア・フォーカス』編集長
4月1日、ソウル市内で花見を行う男女。ロイター/アフロ提供。(写真:ロイター/アフロ)

韓国の新型コロナウイルス対策を指揮する「中央災難安全対策本部」は5日、ソウルの政府中央庁舎で会議を開き、強度の「社会的距離戦略」を4月19日まで2週間延期することを決めた。

政府によると、その間の効果は認められたものの、世界的な大流行が続く上に国内でも集団感染が発生している状況であるため、未だ予断を許さないというのがその原因だ。これにより、日常生活に戻しその中で新型コロナを防ぐ「生活防疫」への転換を目指していた韓国政府の目論見も、いったん延期となった。

●韓国の「社会的距離戦略」とは

「社会的距離戦略」とは英語の「ソーシャル・ディスタンシング」を翻訳したものだ。韓国では一般的に「社会的に距離を置くこと」と訳される。

新型コロナウイルスの感染率と死亡率を下げるとして、大邱(テグ)市における集団感染発生直後の2月末から大々的に推奨されてきた。

その中身は日本でいう「3密(密閉、密集、密接)を避ける」と似たようなものと考えればよい。韓国では「国民行動指針」として以下の内容を掲げてきた。

(1)不要不急の外出、会合、外食、行事、旅行などを延期したり取り消す。※海外で食事する場合の感染事例が多数報告され、特に食事を含む行事・会合は延期したり取り消す。

(2)発熱または呼吸器症状(咳、のどの痛み、筋肉痛など)がある場合には出勤せず、家で充分に休む。

(3)生活必需品の購入、医療機関の訪問、出退勤を除いては外出を自制する。

(4)他人と握手などの身体接触を避け、2メートルの健康距離を置く。

(5)手洗い、咳のエチケットなど個人衛生守則を遵守する。

(6)毎日、周辺の環境を消毒して換気する。

またこの他に、職場では、▲脱衣室、休憩室などの多重利用空間の使用禁止、▲向かい合っての食事禁止、▲退勤後はすぐ家に帰る、▲在宅勤務や出勤時間の調整、▲出張の延期などの行動指針が下されている。

さらに、大邱(テグ)市をはじめ首都圏でも集団感染の温床となっている宗教施設に対しても、マスク全員着用と1〜2メートルの距離維持、食事提供の禁止などの遵守を求めている。

他に、ジムなどの室内体育施設、クラブや遊興酒店(ホステスのいるお店)、ネットカフェ、カラオケ、塾などにも細かい要求を出している。いずれも、韓国で集団感染の事例がある業種である。

●3月22日からは「強化週間」

韓国の「中央災難安全対策本部」はすでにこうした「社会的距離戦略」を、3月22日から15日間、より徹底することを明かしていた。

具体的には上記に挙げたような内容になるが、原則的に「一切の外出を控えて欲しい」というものだ。宗教施設やジムなども原則運営を中断し、例外的に運営を認めるとした。これに伴い、ラジオやテレビで大々的なキャンペーンも行われている。

この15日間については、新型コロナ対策の次段階といえる「生活防疫体制」へと移行するための期間と見なされていた。3度延期された小中高の始業式を行うとする4月6日が、その転換点となる予定だった。

政府が「社会的距離戦略」強化の指針として発表したバナーの一つ。他人との身体接触を防ぎ、2メートルを維持しようとある。政府HP引用。
政府が「社会的距離戦略」強化の指針として発表したバナーの一つ。他人との身体接触を防ぎ、2メートルを維持しようとある。政府HP引用。

だが半ばも過ぎない3月31日にその期待は裏切られる。

兪銀恵(ユ・ウネ)社会副総理兼教育部長官は会見を開き、「保健当局と感染病予防の専門家、そして一般の国民の皆さんの意見すべては4月6日の始業は難しいというものだった」と述べた。学校の始業は4たび延長され、学業の空白を抑えるために4月9日からの順次オンライン始業に置き換えられた。

4月4日、「中央災難安全対策本部」の責任者である丁世均(チョン・セギュン)国務総理は「海外からの流入事例が途切れず発生しており、4月9日にはオンライン始業が予定されており、どの時よりも緊張すべき時期」とし、「心機一転の姿勢で力と知恵を合わせよう」と強調した。

さらに、「国民とどのような統計を元に疎通するのが最善なのか常に悩む必要がある」とし、「既存の統計項目だけを踏襲せずに、開かれた姿勢で国民が必要とする統計を届けるようにしよう」と指示した。

●社会的距離戦略の効果は

こうして、明らかになったのが以下の4つのデータだ。興味深いため順に紹介する。

(表1)「日別感染経路現況」。韓国政府の会見資料より引用。
(表1)「日別感染経路現況」。韓国政府の会見資料より引用。

(表1)「日別感染経路現況」。感染経路が分からない確診者(検査陽性者)の数と比率を表したグラフだ。棒グラフは様々な感染経路を示し、最上段のオレンジ色が、感染経路が不明な事例だ。折れ線は全体における感染経路不明の割合(%)を示す。

横軸は3月1日から3月31日まで。韓国政府は3月6日には感染経路不明事例が37件、19.8%あったが、3月31日には3件、6.1%に減少したとした。

(表2)「感染拡散遮断事例」。韓国政府の会見資料より引用。
(表2)「感染拡散遮断事例」。韓国政府の会見資料より引用。

(表2)「感染拡散遮断事例」。3月10日に感染が分かったソウル市九老(クロ)区のコールセンター職員は、それ以前にとある教会の礼拝に参加していた。そこで保育園の先生、老人療養病院(介護病院)の従業員がいたが、いずれの施設も「社会的距離戦略」により運営していなかったため、さらなる感染拡大を防げたというものだ。

政府は下の表から、3月22日からの強化措置を前後に集団感染が減ったことが分かるとしている。それ以前の10日間で11件だった集団感染が22日以降の10日間で4件に減った。

(表3)「モバイルビッグデータ基盤、日別人口移動量(件数)」。韓国政府の会見資料より引用。
(表3)「モバイルビッグデータ基盤、日別人口移動量(件数)」。韓国政府の会見資料より引用。

(表3)「モバイルビッグデータ基盤、日別人口移動量(件数)」。韓国最大手のSKテレコムの移動量を分析したもの。縦軸は万件、横軸は1月2日から6日おき。政府は、新型コロナの確診者が発生する前(1月9日〜22日)に比べ、発生から4週目(2月24日〜3月1日)の移動量は38.1%減少し最小値だった。

しかしその後、少しずつ増加をはじめ、8週目(3月23日〜29日)には発生以前に比べ28.1%減少、最小値からは16.1%増加したと説明した。なお、突出している時期は旧正月(1月24〜27日)にあたり、比較対象ではない。

(表4)「地下鉄乗車件数分析」。韓国政府の会見資料より引用。
(表4)「地下鉄乗車件数分析」。韓国政府の会見資料より引用。

(表4)「地下鉄乗車件数分析」。縦軸は総乗車人員数。横軸は11月1日から一か月刻み。政府は線グラフの最上段にある江南(カンナム)駅の乗車人員が、新型コロナ発生前は約13万件だった。

その後2月1日から19日の間は約12万件、2月20日から29日まで約6万人と半減したあと、2月29以降は約7〜8万人に増えていると説明した。

●実際に増えている人出

こうしたデータを通じ、韓国政府は「社会的距離戦略」には意味があるが、それが緩んできていると訴えている。実際、韓国社会に人出が戻っているのは、街に出ればすぐに分かる。

筆者は金浦空港のある京畿道金浦市に住んでいるが、家から近いフランチャイズの大型カフェはこの週末満員だった。入り口の小さなドアが開いているのみで、明らかな密閉空間といえた。

一方、ソウル中心部の事務所の近所にある大型カフェ(別系列店)は、先週訪問した際、席を間引く苦肉の策を取っていた。だが、同じ首都圏の金浦市を見ても分かるように、その措置は限定的なものだ。

買い物客で混み合う大型ショッピングモール。京畿道金浦市。4日、筆者撮影。
買い物客で混み合う大型ショッピングモール。京畿道金浦市。4日、筆者撮影。

さらに先週末、買い物に訪れた大型ショッピングモールも買い物客でごった返していた。2週間前に行った時と比べると、目算で3倍以上の人出だった。他の客と至近距離でカートがぶつかり合い、思わず恐ろしくなってしまった。

なお、「いずれのケースにおいても、あなたもその内の一人でしょう」というご指摘はいったん置いていただきたい。ショッピングモール以外は取材を兼ねた訪問だ。

また、家の近所の美容室の主人もこの週末、「2月末に比べると客が戻りつつある」と事情を明かしてくれた。

韓国メディアにも人出が増えたという報道は事欠かない。春を迎え、桜の名所ソウル汝矣島(ヨイド)を含む漢江公園を訪れた人々は「昨年よりも多かった」(中央日報)という。

挙げ句の果てに、国会議員全員を入れ替える総選挙の投票日を4月15日に控え、選挙戦が行われている。

「社会的距離」の維持を選挙管理委員会などが呼びかけるが、この指針と対極にあるのが選挙だ。握手や抱擁、マスクを外しての撮影など、見ている方が心配になる。

鍾路区の一角で選挙運動中の、共に民主党・李洛淵(イ・ナギョン)候補。元国務総理だ。5日、市民提供。
鍾路区の一角で選挙運動中の、共に民主党・李洛淵(イ・ナギョン)候補。元国務総理だ。5日、市民提供。

●政府も「疲れ」認める 今が分岐点か

今回の強化延長措置に従い、いくつかの変化がある。特に療養病院、精神病院、教会などの共同体の中で防疫責任者を決め、患者が発生する場合初期に探し出し感染拡大を遮断する「集団防疫体系」を構築するというのがそれだ。

これにより、防疫責任者は共同体の中の有症状者を定期的にチェックし、感染者発生時にはすぐに当局に申告する「義務」が生ずる。

また、安全保護のためのアプリの義務化や、GIS(地理情報システム)を基盤とする統合状況システムを通じた離脱者の管理、住民申告制度の導入などを通じ、自己隔離により強い実効性を持たせるとする。

その狙いは新規感染者の一部を占める「海外からの流入患者の管理」にある。国民の管理を強めていく構えだ。

韓国の行政安全部が構築に着手した、GIS基盤統合管理システム。58のデータセットを一元化し、災難状況に関する管理を強化するとのことだ。約6億円が投入される。
韓国の行政安全部が構築に着手した、GIS基盤統合管理システム。58のデータセットを一元化し、災難状況に関する管理を強化するとのことだ。約6億円が投入される。

政府は6日午前の会見で、「続く社会的距離戦略により疲労感を感じる国民が増えた」と認めた。

一方、韓国政府の新型コロナ対策への支持は高い。『MBC』が3月23日に発表した世論調査では68.5%が「良くやっている」と答えた。

こうした政府への信頼が「社会的距離戦略」への疲れと共に、市民の「緩み」の背景にあるのだろう。皮肉なものだ。

現実は今なお毎日100人近い確診者(検査陽性者)が出ており(6日の47人は例外的)、死者も180人を超えた。ソウル・京畿道など首都圏の感染者が増えると韓国メディアでは専門家が警鐘を鳴らす。

韓国政府は「日常と防疫を共に行う『生活防疫体系』への転換」の目安を、「一日の新規確診者50人以下」としている。

(参考記事)「感染爆発は避けられない」...韓国・京畿道知事が「心の準備」を求める

https://www.thenewstance.com/news/articleView.html?idxno=2819

とはいえ、「欧州や米国で見られるような爆発的な地域社会での感染が私たちの社会でも起こりうる。その場合、医療体系の崩壊と死亡率急増につながる危険が未だ残っている厳重な状況だ」(6日会見)と、政府は緊張を緩めていない。

世界から「成功」と称賛される韓国政府の新型コロナ対策だが、今後収束に向かうのか、今がその境目にあると言えるだろう。

ソウル在住ジャーナリスト。『コリア・フォーカス』編集長

群馬県生まれの在日コリアン3世。1999年からソウルに住み人権NGO代表や日本メディアの記者として朝鮮半島問題に関わる。2015年韓国に「永住帰国」すると同時に独立。16年10月から半年以上「ろうそくデモ」と朴槿恵大統領弾劾に伴う大統領選挙を密着取材。17年5月に韓国政治、南北関係など朝鮮半島情勢を扱う『コリアン・ポリティクス』を創刊。20年2月に朝鮮半島と日本の社会問題を解決するメディア『ニュースタンス』への転換を経て、23年9月から再び朝鮮半島情勢に焦点を当てる『コリア・フォーカス』にリニューアル。ソウル外国人特派員協会(SFCC)正会員。22年「第7回鶴峰賞言論部門優秀賞」受賞。

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