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南北関係は停滞も、対話の枠組みは維持…2019年の朝鮮半島情勢を振り返る

徐台教ソウル在住ジャーナリスト。『コリア・フォーカス』編集長
今年6月30日、板門店で一堂に会した南北米の首脳たち。わずか半年前の出来事だ。(写真:ロイター/アフロ)

2018年、米国のトランプ大統領と朝鮮民主主義人民共和国(以下、北朝鮮)の金正恩委員長がシンガポールで合意した、「朝鮮半島の非核化と平和体制の交換」という「世紀の取引」が暗礁に乗り上げている。だが、まだ枠組みは崩れていない。朝鮮半島情勢の2019年を振り返る。

●ベトナム・ハノイでの「決裂」

2019年の朝鮮半島情勢は多くの人々にとって、下降線をたどり続けた一年として記憶されているだろう。

山場は早々に訪れた。2月にベトナム・ハノイであった前年6月に続く二度目の米朝首脳会談で、金正恩委員長とトランプ大統領の間に期待された合意が成されず、会談が決裂したのだった。

当時の焦点は、北朝鮮と米国が「どの水準で」合意するのか、という点だった。前年9月に韓国の文在寅大統領と金正恩委員長は「9.19平壌宣言」を通じ「寧辺(ニョンビョン)核施設の廃棄」を表明していた。

5. 南と北は朝鮮半島を核武器と核脅威のない平和の基盤として作り上げなければならず、このために必要な実質的な進展を早くに成し遂げなければならないという認識を共にした。

(1)北側は東倉里エンジン試験場とミサイル発射台を関係国専門家たちの参観の下、優先して永久的に廃棄することにした。

(2)北側は米国が「6.12米朝共同声明」の精神に従い相応措置を採る場合、寧辺核施設の永久的な廃棄のような追加措置を続けて行う用意があることを表明した。

(3)南と北は朝鮮半島の完全な非核化を推進していく過程で、共に緊密に協力していくことにした。

出処:[全訳] 9月平壌共同宣言(2018年9月19日)

https://news.yahoo.co.jp/byline/seodaegyo/20180919-00097442/

これを受け、米国は「相応措置」を準備する。だがその過程で米国は「寧辺プラスアルファ」を要求してくると見る向きが一般的だった。その内容と、これを踏まえどの線で妥協が行われるかが注目されていた。

決裂の理由は最近になって、少しずつ分かってきた。筆者が複数の韓国政府関係者に取材したところによると、以下の三点を大きな理由として挙げられる。

まず、ハノイでビーガン米特別代表と北朝鮮の金革哲(キム・ヒョクチョル)特別代表との間で行われた米朝の事前交渉の席で、北朝鮮側が寧辺核施設の廃棄というカードに触れなかったというものだ。

これでは寧辺核施設の持つ意味、すなわち北朝鮮の全核施設においてどのような位置を占めるのかについての理解や合意ができず、米国も「相応措置」を検討しようがない。

実際の首脳会談になって「とっておき」という形で金正恩氏が切り出したものの、米国には当然、これを議論する準備ができていなかったという。時既に遅し、だった。北朝鮮の戦略ミスだ。

次に、韓国側の「詰め」が甘かった点がある。前年9月の平壌での合意を元に、米国に対し、寧辺廃棄の持つ意味とその価値(成果)を十分に説得できなかったという指摘だ。

前述した通り、18年9月に三度目の南北首脳会談を終えたばかりの文在寅大統領は18年10月、ついに「開城工業団地と金剛山観光事業の再開」を指示したとされる。だが、政府の一部で「米国との共同歩調を乱すおそれがある」と強い反対に会い、これを撤回したというのだ。

その代わりに11月になって結成されたのが「米韓ワーキンググループ」だった。「北朝鮮非核化と南北交流事業を取り巻く意思疎通のため」との名目だったが、その実態はやはり9月の平壌で結ばれた「南北軍事合意書」など、韓国の単独行動を監視するためのものだった。

こうして、2018年の朝鮮半島情勢を代表する好循環、つまり韓国による南北関係の積極的な改善をテコにした米朝接触の深化という図式は急速に損なわれていった。文大統領は自らが金委員長にした約束を守れなかった。11月から2月にかけての文政権の「無為」を嘆く声は、政権を支持する進歩派の専門家にも根強い。

最後に、米国側の戦略があったという指摘だ。トランプ大統領は、北朝鮮が米側が要求するあらゆる核施設・大量破壊兵器の破棄という非核化の定義を飲み、あらゆる核施設の申告をする合意以外の「小さな取引」をする気があらかじめ無かった。

これを北側が飲まないことを知りつつも、ただ、自身のイメージ向上のために会談を行ったとする見方だ。

真相が完全に明らかになっている訳ではないが、このように見ただけでも「うまくいかない」理由が揃っていた。

前時代の王様のように、列車で70時間かけて意気揚々とハノイを訪れた金正恩氏は大恥をかいた。そして、トランプ大統領には不信感を抱き、文在寅大統領には怒った。

今年2月、ハノイで晩餐会に臨む米朝首脳。朝鮮中央通信より。
今年2月、ハノイで晩餐会に臨む米朝首脳。朝鮮中央通信より。

 

●南北関係が年間を通じて悪化

「南北関係は現在、その空間が大きく縮小している。今は下降局面だ」

 

今月26日、韓国の金錬鉄(キム・ヨンチョル)統一部長官は、記者団を前に今年の南北関係を端的にこう表現した。別の政府高官は匿名を条件に「今年になって南北関係は悪化の一途だ。今この瞬間も悪くなり続けている」と語る。

こんな事情を代表する存在が金剛山だ。朝鮮半島の代表的な名山であるが、韓国と地理的な距離が近いこともあり、90年代末から韓国財閥・現代が乗り出し観光開発を行ってきた。約200万人が訪れる人気観光地だった。

だが、08年7月の朝鮮人民軍兵士による韓国人観光客射殺事件により、事業は中断。今まで再開の努力が続けられてきたが、北朝鮮の核開発や2010年3月の哨戒艦『天安』沈没事件により下された、北朝鮮との交流を制限する「5.24措置」などにより中断したままだ。

過去の実績から、金剛山観光の再開は開城工業団地(16年1月閉鎖)再開と並び、南北関係改善と朝鮮半島の平和体制移行の「呼び水」となると見られていた。18年9月の「9.19平壌宣言」でも「南と北は条件が整い次第、開城工業団地と金剛山観光事業を優先して正常化させる」と明記されていた。

一方、前述したように韓国側は米韓ワーキンググループを通じ「後退」する。これを察した金正恩委員長は、19年元旦の『新年の辞』で「開城工団と金剛山観光を再開する用意がある」と督促した。

しかしついに韓国は2019年の年間を通じ、これに応えられなかった。業を煮やした北朝鮮はついに10月、金剛山の韓国側施設を撤去するよう伝える。韓国はこれを断絶していた対話のきっかけとしたかったが拒絶された。ソウルの専門家の間では「金剛山は完全に終わった」との共通認識がある。

では、韓国は無為に2019年を過ごしたのか?そうではない。今は遠い昔のように感じられるが、6月30日に板門店で米朝韓の首脳が揃い踏みし、トランプ大統領が米国大統領として史上初めて北朝鮮の地を踏んだ事は、歴史的な事件として記録される。

[参考記事] 2019年6月30日「板門店・南北米三者会合」の読み方

https://news.yahoo.co.jp/byline/seodaegyo/20190630-00132319/

韓国はこの実現に、トランプ大統領を韓国に呼ぶことから始まり、実務的な部分まで大きく関わった。ハノイで潰えかけた可能性を生き返らせ、10月のストックホルム米朝実務協議にまでつなげた努力は評価されてもよいだろう。

他にも韓国政府は、目に見えない努力をしていた。例えば国連安保理に対しては、植樹事業や人道支援物資の送付など、南北交流事業を見越した制裁免除のパッケージをいくつも得ていた。

だが、韓国政府高官は「北朝鮮がこれを現実に移すことをことごとく拒否してきた」と告白する。「変わったのは韓国ではなく、北側だ」(同)という認識がここにある。

2018年9月19日、平壌で「平壌共同宣言」を掲げる南北首脳。写真は共同取材団。
2018年9月19日、平壌で「平壌共同宣言」を掲げる南北首脳。写真は共同取材団。

●来年の見通しは「枠組みは維持」

この記事を書いている31日の午後も、北朝鮮では朝鮮労働党中央委員会第7期第5次全員会議が行われている。28日から始まった同会議は4日目を迎えている。

そして明日元日に、金正恩委員長は『新年の辞』を通じ、ここでの結果を公表するものと見られる。基調は「自力富強・自力繁栄・自衛的国防力の強化・国際連帯」になるという見方が一般的だ。

来年の見通しはどうなのか。31日、朝鮮半島情勢に詳しい統一研究院の趙漢凡(チョ・ハンボム )先任研究委員は、筆者との電話インタビューに対し「大きな米朝非核化交渉の枠は維持される」と明かし、以下のように説明した。

追い詰められているのは北朝鮮の方だ。北朝鮮の内部からは「こんなに生活が苦しいことはなかった」という声が聞こえてくる。金委員長はこのまま、米朝協議や南北関係で成果を得られず引き返すことはできない。「新年の辞」を通じては、非核化交渉の条件付き中断程度を宣言する可能性がある。米国が新たな代案を持ってこない限り交渉はしないというものだろう。

交渉の枠組みが壊れ、場合によっては米国の軍事的行動を招くリスクの高いICBM発射実験や核実験の再開を行うことは容易ではない。その代わりに弾道ミサイルの発射や韓国への軍事挑発など「レッドライン」を超えないまでも、それを踏みながら強硬姿勢を維持するだろう。今、全員会議を長く続けているのも、金正恩委員長が国内向けにこうした「名分」を得るためだ。

趙研究委員はまた「10月のストックホルム米朝実務協議も失敗と決めつけるのは早計だ。8時間あまりにわたって行われたこの会談が、実質的な米朝協議の始まりと見るべき。米朝交渉は一括妥結よりも段階的解法に向かっている」と、視点の転換をうながした。

さらに「北朝鮮の挑発は日韓に向かう可能性がある。特に五輪を控える日本政府は、状況をうまく管理する必要があるだろう」と付け加えた。

新年は明日に迫っている。26日、金錬鉄統一部長官は来年の韓国政府の北朝鮮政策の基調として「『朝鮮半島平和プロセス(朝鮮半島非核化と平和体制移行の実現)』への一貫的な努力を維持する」と述べた。

続いて、南北関係の推進課題として▲DMZ(非武装地帯、軍事境界線南北2キロの地帯)の国際平和地帯化のための共同実態調査、▲観光業をはじめとする南北交流協力の多角化、▲統一教育をはじめとする南北協力の国内基盤強化の3つを挙げた。

韓国内では膠着状態が長く続く朝鮮半島情勢にしびれを切らし、進歩派の内部からも「北朝鮮包容政策(太陽政策)の見直し」や「北朝鮮を損切りする時が来た」といった話が飛び出す状況にある。

だが筆者は、そう簡単に各国のプレーヤーたちが方向転換する訳にはいかないと見た上で、韓国政府が2018年並みの積極的な姿勢を取れるかどうかに注目したい。趙研究委員も「朝鮮半島情勢をめぐる韓国の外交的空間は逆に広まっている」とする。

「何よりも勇気が足りない」と称される文政権だが、朝鮮半島の未来について悩み続けてきたその踏ん張りに期待する次第だ。(了)

ソウル在住ジャーナリスト。『コリア・フォーカス』編集長

群馬県生まれの在日コリアン3世。1999年からソウルに住み人権NGO代表や日本メディアの記者として朝鮮半島問題に関わる。2015年韓国に「永住帰国」すると同時に独立。16年10月から半年以上「ろうそくデモ」と朴槿恵大統領弾劾に伴う大統領選挙を密着取材。17年5月に韓国政治、南北関係など朝鮮半島情勢を扱う『コリアン・ポリティクス』を創刊。20年2月に朝鮮半島と日本の社会問題を解決するメディア『ニュースタンス』への転換を経て、23年9月から再び朝鮮半島情勢に焦点を当てる『コリア・フォーカス』にリニューアル。ソウル外国人特派員協会(SFCC)正会員。22年「第7回鶴峰賞言論部門優秀賞」受賞。

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