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日韓はワンクッションを置くべき…知られざる韓国の深い事情

徐台教ソウル在住ジャーナリスト。『コリア・フォーカス』編集長
11月4日、タイ・バンコクで「サプライズ会談」を行った日韓首脳。写真は青瓦台。

23日0時にGSOMIAの失効を控え、韓国・文在寅政権の選択に注目が集まっている。ひとつの判断材料として、日本にあまり知られていないと思われる韓国政治・社会の雰囲気を伝える。

●米国の圧力

韓国メディアではここ数日、米国高官の姿を見ない日はないほどだ。特に国防部の存在感が強い。米国制服組トップのミリー統合参謀本部議長、さらにエスパー国防長官が相次いで訪韓、韓国の鄭景斗(チョン・ギョンドゥ)国防部長官や韓国軍の幹部らと会談を行った。

いずれも米韓間の年次行事である「米韓軍事委員会(MCM)」や「米韓安保協議(SCM)」のためのもので特別な訪問ではない。だが、上記の米国の高官たちは事あるごとに日韓の軍事情報包括保護協定(GSOMIA、ジーソミア)の「延長」を強く主張した。

ハイライトは15日だった。文在寅大統領を前にミリー、エスパー両氏がGSOMIAの延長を説いたが、文大統領は逆に「韓米日の安保協力に持続的な努力を続ける」と「GSOMIA終了後を見通した発言」(韓国政府関係者)をし、その意思の固さの一端をのぞかせた。

韓国が8月22日にGSOMIA破棄を決めた論理は、「ホワイト国リストからの除外が、両国間の安保協力環境に重大な変化をもたらした」というものだ。これを噛み砕いて表現すると「安保上、信頼できないという理由で輸出規制措置を取った日本に対し、軍事情報を共有するのは難しい」(文大統領、15日)となる。

こうなると、GSOMIAの破棄(終了)へまっしぐらとなるが、この選択への背景には、日韓関係とはまた別の懸念がある。

17日、タイ・バンコクで会談した日米韓の国防部長官(日本は防衛相)たち。写真は韓国国防部提供。
17日、タイ・バンコクで会談した日米韓の国防部長官(日本は防衛相)たち。写真は韓国国防部提供。

●韓国と米中対立

韓国政府は最近、深まる米中対立について頭を悩ませている。

10月、とある会合で文在寅政権の外交アドバイザーの一人が「韓国は米中の間で生きていくしかない。だが、米中のどちらが勝つかわからない状態では、どちらにもつかず、自国の実力を高める他にない」と明かしたのが一つの典型だ。

GSOMIAがこの部分に大きく関わってくる。まずは、米国のエスパー長官が15日の米韓安保協議の席で、韓国の鄭長官に対し「日韓関係の長引く葛藤や硬直で得をするのは中国と北朝鮮だ」と発言した点に注目したい。

これに対し、野党・正義党所属で、国会の国防委員会で活動するなど国防問題に詳しい金鐘大(キム・ジョンデ)議員は17日、自身のフェイスブックにこう記した。

2016年に朴槿恵大統領が韓国の安保のためにGSOMIAを結ぶとしたが、これがいつから中国をけん制する協定に様変わりしたのかわからない。本当に中国のけん制が目的だったならば確実に破棄しなければならない。当時の政府が中国のけん制用と言ったこともないし、私達がそんな協定に同意したことはもっとない。

(1)ACSAとTHAAD

この言葉の背景には「GSOMIA」の先への危惧がある。

米国は日本と米国、韓国と米国がすでに結んでいる「ACSA(相互軍需支援協定)」を日韓が結ぶことを要求してくるというものだ。文字通り弾丸を含む軍需物資の相互やりとりを可能にするこの協定は、世界中でGSOMIAの次段階として受け止められ、過去、日韓の間で議論もされてきた。

だが、前出の外交アドバイザーは「韓国はACSAを避けたい」と明言する。「ACSAの締結は日米韓の軍事同盟を意味する」(同)というのがその理由だ。

さらにこの懸念は、韓国の南東部・慶尚北道尚州に配備されている「THAAD(高高度防衛ミサイル)」導入の際の混乱とも兼ね合いがある。

2016年2月に朴前大統領が導入を決めたことに中国が安保上の理由により反発、1年以上も中韓関係が悪化する原因となった。

中国当局はこの間、韓国への中国人観光客訪問に干渉し、THAAD導入の敷地を提供したロッテ社に対する経済報復を行った。今月15日の韓国紙『韓国経済』記事によると、THAAD導入後の3年間で、ロッテは中国内外で3兆ウォン(約2700億円)の損失を被ったという。

THAAD導入により始まった中韓関係の冷え込みは、17年10月に幕を閉じる。この際に、中国が韓国に課した条件が「三不」と呼ばれるものだ。▲米国のMD(ミサイル防衛)システムへの不参加、▲THAAD追加配置の禁止、▲日米韓軍事同盟の不推進を指すが、ACSAの締結はこの三つ目に該当する可能性があるという危惧だ。

このように、GSOMIAを終了させることで、THAADの際を上回る中韓関係の冷え込みが今後訪れることを防ぐという見方もできる。韓国にとって、中国との経済関係は死活問題だ。

(2)インド―太平洋戦略

同様に、2017年以降、米国と日本政府が進める「インド―太平洋戦略」も韓国にとっては頭の痛い部分だ。米国の西岸からインド洋の西岸地域を「自由で開かれた」ものにするため、中国、ロシア、北朝鮮などを脅威と見なし、これに対応する戦略だ。中国の「一帯一路」構想に対抗する、国際社会のヘゲモニー争いだ。

米国はこれに韓国、米韓同盟を強固に組み込もうとしている。キーワードは「linchpin(核心軸)」だ(なお日本は「Cornerstone(土台)」と呼ばれる)。

今年7月、国務省は6月末にあった米韓首脳会談に関する報道資料の中で「米韓首脳は強力な米韓同盟がインド―太平洋地域の平和と安保の『linchpin(核心軸)』であることを再確認した」と記した。

また、今月15日の「米韓安保協議」後に発表された「未来米韓同盟国防ビジョン」の第一項で「米韓両国は強固な米韓同盟を朝鮮半島および域内の平和と安定、繁栄の『linchpin(核心軸)』とし、強力な連合防衛体制を維持する」と言及している。

つまり、韓国は米国のアジア戦略にびっちりと組み込まれているということだ。これは前述した外交アドバイザーの言葉にあるように、どちらが勝つか、いつまで続くか分からない米中対立における韓国の身の振り幅を狭くする可能性がある。

●文在寅政府の「余裕」

ここまで見ると、韓国のGSOMIA破棄は揺るぎないように見える。だが筆者は、まだ「反転(逆転ではない)」の余地が残されていると見る。

その根拠は、文在寅政権の余裕にある。現状について韓国政治に詳しい慶南研究院の李官厚(イ・グァヌ)研究員はこう説明する。

韓国社会を揺るがせた『チョグク任命騒動』も10月14日のチョ氏の法務部長官辞任をもって沈静化した。さらにその間(第一野党の)自由韓国党が見せた姿が、政権をふたたび任せられるような責任ある姿でなかったことから、大統領の支持率も回復した。与党と自由韓国党の支持率に差も開いており、青瓦台には12月まで時間ができた。

『リアルメーター』社による文大統領の国政評価。肯定が青字、否定が赤字だ。左端は9月一週目で右端が11月二週目だ。同社サイトより引用。
『リアルメーター』社による文大統領の国政評価。肯定が青字、否定が赤字だ。左端は9月一週目で右端が11月二週目だ。同社サイトより引用。
『韓国ギャラップ』社による、文大統領の国政評価を聞いた世論調査。やはり青字が肯定、赤字が否定評価だ。左端が7月二週目、右端が11月二週目となる。同社サイトより引用。
『韓国ギャラップ』社による、文大統領の国政評価を聞いた世論調査。やはり青字が肯定、赤字が否定評価だ。左端が7月二週目、右端が11月二週目となる。同社サイトより引用。
『リアルメーター』社による政党支持率世論調査。青字が与党・共に民主党で、赤字が第一野党・自由韓国党だ。左から5項目が11月一週目となる。同社サイトより引用。
『リアルメーター』社による政党支持率世論調査。青字が与党・共に民主党で、赤字が第一野党・自由韓国党だ。左から5項目が11月一週目となる。同社サイトより引用。

李研究員はさらに「青瓦台はこれまでと異なり、懐の深い包容する姿勢を見せている。総選挙以降、野党と挙国内閣をつくる構想もある」と指摘する。今月10日、文大統領は約4か月ぶりに与野党5党の党首と共に非公開の会合を持っている。

こうした余裕については、別の与党関係者も同意する。さらにその上で、この関係者は「日本側が何かジェスチャーを投げかける場合、韓国政府も何かしら反応する可能性がある」と見立てる。

実は筆者はこうした「日本側が少しでも融和する場合には終了を延長する」の可能性について、この関係者を含む3人から聞くことができた。

18日付の韓国紙『中央日報』も「GSOMIAは両者の協定であるため、日韓の合意さえあればあらゆる事が可能だ」という韓国外交部消息筋のコメントを引用している。

●日韓はワンクッションを

GSOMIA破棄をめぐる韓国の世論は今なお、破棄に大きく傾いている。しかし、前出の李研究員は「日本の出方が前提になるが、今後もし、GSOMIAを維持するとしても支持率への影響は少ないだろう」と見通す。その理由として挙げるのが、「韓国の市民の政策理解の高さ」だ。

つまり、韓国の市民は連日ニュースに米国の高官が現れる意味や、GSOMIAがもたらすプラス・マイナスの影響などについて正確に理解しているということだ。李研究員はこうも言う。「今、韓国が日本に譲歩しても『日本に負けた』と思う人は少ないだろう」。

ここで問われるのは日本政府の立場だ。前出の外交アドバイザーの学者は「日本は今後、韓国を中国側に追い出そうとするアクションを取り続けると見られる。韓国はこれをどうさばくかが課題だ」と正直な心情を明かしている。

この言葉は象徴的だ。日本は前述したように米国と共に「アジア―太平洋戦略」を進めているが、唯一、韓国に対してのみ定まらない所があるからだ。紐解けば、今回の日韓の葛藤も昨年10月の徴用工裁判における大法院判決が発端となっている。この件はまた別の記事にするが、原告と被告企業を会わせない日本政府の方針により、オールストップとなっているのが現状だ。

日韓政府ともに、互いに何を考えているのか比較的よく分かっているはずだ。だからこそ、東アジアで自由民主主義を共有する国であり、社会である前提をよく考え直し、知恵を出し合うことでワンクッション置くこともできるのではないか。

折しも米韓軍事訓練の中止が発表され、米朝会話が動く兆しが濃厚となってきた点もまた、全体の緊張をトーンダウンさせるプラスの要素と言えるだろう。

ソウル在住ジャーナリスト。『コリア・フォーカス』編集長

群馬県生まれの在日コリアン3世。1999年からソウルに住み人権NGO代表や日本メディアの記者として朝鮮半島問題に関わる。2015年韓国に「永住帰国」すると同時に独立。16年10月から半年以上「ろうそくデモ」と朴槿恵大統領弾劾に伴う大統領選挙を密着取材。17年5月に韓国政治、南北関係など朝鮮半島情勢を扱う『コリアン・ポリティクス』を創刊。20年2月に朝鮮半島と日本の社会問題を解決するメディア『ニュースタンス』への転換を経て、23年9月から再び朝鮮半島情勢に焦点を当てる『コリア・フォーカス』にリニューアル。ソウル外国人特派員協会(SFCC)正会員。22年「第7回鶴峰賞言論部門優秀賞」受賞。

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