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習氏の訪朝控え、募る韓国のもどかしさ

徐台教ソウル在住ジャーナリスト。『コリア・フォーカス』編集長
昨年9月、南北首脳会談後に離朝する文在寅氏を見送る金正恩氏。写真は合同取材団。

訪朝前日の19日、中国の習近平主席が北朝鮮メディアに寄稿した一文は、大国・中国の朝鮮半島問題における存在感を際立たせるものだった。懸念と期待が交差する韓国からの見方を紹介する。

●中朝関係70年の過去と未来

『中朝親善を継承し、時代の新たな章を続けて刻んでいこう』という文章は19日、「中国共産党中央委員会総書記 中華人民共和国主席習近平」名義で朝鮮労働党機関紙『労働新聞』に掲載された。

A4で1枚半ほどの長さのこの文章の要旨は、過去70年の中朝関係における「友情」を再確認し、中国による北朝鮮そして金正恩委員長への支持を明らかにするものだった。

それと同時に「新たな歴史的出発」を強調し、今後の中朝関係「新章」における以下の3つの新たな視点を提示した。

(1)戦略的意思疎通と交流の強化:中朝関係発展の設計図を作り、党的交流を深め、国家管理経験を交流。

(2)親善的な往来と実務的な協調の強化:両国民間の教育・文化・体育・観光・青年・地方・人民生活など諸分野の交流と協調を拡大発展。

(3)地域の平和と安定のための新局面を開拓:朝鮮半島問題の政治的解決過程を推進。朝鮮半島の平和と安定を守護。対話を通じ朝鮮側の合理的な関心事を解決。朝鮮半島問題と関する対話と交渉が進展するよう(中朝)共同で推動。

こうした一連の内容は、韓国のメディアや専門家の間で大きな注目を集めている。

聯合ニュースは「習近平、北核交渉の促進者を買って出るのか」との記事で、「その間、韓国政府が自任してきた非核化交渉における促進者の役割が、南北対話が小康状態に入る中、いったん中国に渡ったかたち」と見立てた。

一方、海軍出身の北朝鮮専門家の金東葉(キム・ドンヨプ)教授はより踏み込んだ見解を示した。自身のフェイスブックで「今回の習近平訪朝を通じ、中国が北朝鮮を説得するという期待は捨てた方が良かったのでは」と問いかけつつ、「中国が確実に朝鮮半島問題に介入するということ」と懸念を述べた。

習近平氏が『労働新聞』に寄稿した文章。同紙サイトをキャプチャ。
習近平氏が『労働新聞』に寄稿した文章。同紙サイトをキャプチャ。

●韓国の危機感の背景に「手詰まり感」

筆者も上記の記事や投稿を見た後、じっくりと原文を読んでみたが、非常に複雑な状況に韓国政府が置かれており、習氏の訪朝を懸念につなげる文脈も読み取ることができた。

懸念の底にある危機感の根拠は、2つにまとめられる。

(1)南北関係の停滞

まずは南北関係の停滞だ。南北政府は昨年4月の板門店宣言において「南北関係の全面的で画期的な改善と発展を成し遂げること」を掲げたにもかかわらず、19年6月の今まで、これを全く実現できていない。

南北貿易、観光客の統計は3年前と同じゼロのまま、人的交流は昨年の平昌冬季五輪などがあったもののスポーツ分野での最小限の範囲にとどまっている。虎の子の開城工業団地、金剛山観光再開は北朝鮮非核化と連動し手付かずのままだ。

もちろん、昨年9月に「南北軍事合意書」に署名し、南北軍事境界線一帯や板門店などで緊張緩和を行った成果もあった。ただ「実感できる」部分で言えば、昨年だけで100万人以上の観光客が北朝鮮を訪れたとされる中国の足元にも及ばない。

このように米国と北朝鮮の板挟みになっている韓国の立場は、自律性を持って中朝関係に臨める中国とは対照的だ。

(2)朝鮮半島平和プロセスの変形、停滞可能性

次に、朝鮮半島問題解決における主導権を喪失することへの危機感だ。ここで主導権という言葉は、正確には「プランニング」を指す。

何度も書いてきたように、米朝の国交正常化(制裁全解除)と、朝鮮戦争休戦協定の平和協定への転換(冷戦体制の終結)、そして朝鮮半島非核化の3つが同時ゴールとして成し遂げられるというプラン『朝鮮半島平和プロセス』は、金大中政権時代(98〜03年)に確立され、現政権に至るまで朝鮮半島問題解決の「解法」として受け継がれてきた。

途中、韓国の保守派政権(09年〜18年)で停滞があったものの、昨年6月のシンガポール米朝首脳会談における合意文を見ても、この枠組みは維持されている。特に、南北関係改善がこのプロセスを進める動力となるという共通認識が南北米の間に存在していた。

[全訳] 米朝シンガポール首脳会談 共同合意文

https://news.yahoo.co.jp/byline/seodaegyo/20180612-00086398/

これが中国の積極的な介入により、どう変わるのかという懸念がある。もっとも、実は中国の立場は韓国と似ているため、これは杞憂に終わる可能性もある。

中国政府は米朝の緊張がピークに達した17年以降、対話の原則を堅持し、相応措置の実施による段階的な解決を一貫して主張してきたからだ。とはいえ「中国が変数になる」場合、韓国が打てる手は乏しくなる。

●「悪くない」との見方も

こうした危機感について、朝鮮半島問題に詳しい国策シンクタンク『統一研究院』の徐輔赫(ソ・ボヒョク)人道協力研究室長は19日、筆者との電話インタビューで「いったんは韓国にとってそれほど悪くない状況と見ている」と明かした。

徐室長は「中国の積極的な姿勢は『平和プロセス』の助けになる可能性がある」とする。一方で、「南北米が朝鮮半島非核化を進めていくという枠組みがあり、中国の出番は平和協定への転換にあると見られていた。これが中国の参加により非核化の期間が延びたり遅れる可能性も出てきた」とも見立てた。

さらに南北関係の停滞については「韓国政府も奮起すべき」とし、「北朝鮮に対する経済制裁があるにしても、民生・人道分野など南北間の人的交流を実現するよう国際社会に働きかけて柔軟性を確保する必要がある」と主張した。その上で「いずれにせよ韓国は北朝鮮とコミュニケーションを続ける他にない」と述べた。

見てきたように、習近平訪朝に対する韓国社会の見方は複雑だ。なお、韓国政府は「今回の訪朝が朝鮮半島の完全な非核化交渉の早期再開と朝鮮半島の平和定着に寄与することを期待する」と表明し、習氏の寄稿文への評価も避けている。

中国の積極的な姿勢がどんな結果をもたらすのか。期待と懸念が交差する韓国の地で、韓国政府の「次の一歩」にも注目していきたい。

ソウル在住ジャーナリスト。『コリア・フォーカス』編集長

群馬県生まれの在日コリアン3世。1999年からソウルに住み人権NGO代表や日本メディアの記者として朝鮮半島問題に関わる。2015年韓国に「永住帰国」すると同時に独立。16年10月から半年以上「ろうそくデモ」と朴槿恵大統領弾劾に伴う大統領選挙を密着取材。17年5月に韓国政治、南北関係など朝鮮半島情勢を扱う『コリアン・ポリティクス』を創刊。20年2月に朝鮮半島と日本の社会問題を解決するメディア『ニュースタンス』への転換を経て、23年9月から再び朝鮮半島情勢に焦点を当てる『コリア・フォーカス』にリニューアル。ソウル外国人特派員協会(SFCC)正会員。22年「第7回鶴峰賞言論部門優秀賞」受賞。

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