Yahoo!ニュース

金正恩氏の新年辞に韓国内の評価は「真っ二つ」

徐台教ソウル在住ジャーナリスト。『コリア・フォーカス』編集長
1月1日、新年の辞を読み上げる金正恩委員長。写真は労働新聞より引用。

毎年元旦恒例の金正恩委員長による新年の辞。発表から丸2日が経ち、韓国内で主要な分析が出揃った。肯定的な受け止め方が目立つ中、保守派の憂慮も深まった。「南南葛藤」と呼ばれる韓国内の混乱が憂慮される。

●南北・米朝関係に関する新年辞の争点まとめ

2019年の新年辞の内容は「昨年のまとめ」、「社会主義自立経済の強化」、「政治思想と社会主義文明建設」、「南北関係」、「米朝関係」の5パートに分けられる。

ここでは、「南北関係」と「米朝関係」について整理していくが、韓国社会で大きく注目された部分を抜き出すと以下のようになる。

(1)南北関係「画期的な転換を」

金正恩氏はまず、昨年2018年を「70余年の民族分裂史上、これまで無かったような劇的な変化があった激動の年だった」と振り返った。

そしてそのきっかけを「日常的な戦争危機にあった朝鮮半島の非正常的な状態を終わらせ、民族的な和解と平和繁栄の時代を開くという」北朝鮮側の決断にあったとした。

さらに、「3度の首脳会談は南北関係が完全に新しい段階に入ったことを明確に示している」とした。これは18年4月、5月の板門店での会談と、9月の平壌での会談を指す。

そして「板門店宣言と平壌共同宣言、南北軍事分野合意書は、南北の間での武力による同族相争を終息させることを確約した、事実上の不可侵宣言として、とても重大な意義を持つ」と明かした。

これは9月の南北首脳会談時に文在寅大統領が示した「戦争のない朝鮮半島が始まった」という見方に合い通じる。

なお、昨年の南北関係については、以下の記事に詳しくまとめてあるのでご参考願いたい。

2018年は朝鮮半島にとって「新たな始まり」だったのか?

https://news.yahoo.co.jp/byline/seodaegyo/20181230-00109624/

その上で今年を、「昨年の成果を土台に新年2019年の南北関係発展と平和繁栄、祖国統一のための闘争において、大きな進展を成し遂げなければならない」と位置づけた。

また、「歴史的な南北宣言を徹底して履行し、朝鮮半島の平和と繁栄、統一の全盛期を開いていこう!」とのスローガンを掲げ、これについて具体的に以下の3つの主張を掲げた。

(1)対峙地域(筆者注:軍事境界線を挟み直接南北が対峙する地域)での軍事的敵対関係の解消を、地上と空中・海上をはじめとする朝鮮半島の全域につなげるための実践的な措置を積極的に行うべき。

(2)南北が平和繁栄の道に進むことを確約した以上、朝鮮半島の情勢緊張の根源となる、外勢との合同軍事演習(米韓軍事演習のこと)をこれ以上認めてはならず、外部からの戦略資産をはじめとする戦争装備の搬入も完全に中止されるべき。

(3)停戦協定の当事国(南北米中)との緊密な連携のもと、朝鮮半島の停戦体制を平和体制として転換させるための他者交渉も積極的に推進。

一方で、よりダイレクトな提案もあった。「南北関係改善の成果を実際に感じることができるように、開城工団と金剛山観光を再開する用意がある」とし「今年を南北関係の発展と祖国統一偉業遂行の画期的な転換をもたらす歴史的な年にする」と抱負を述べた。

そして最後に、「北と南は、統一に対する全ての民族の関心と熱望が前例無く高まっている今日の良い雰囲気を逃さず、全民族的な合意に基づく統一方案を積極的に模索し、その実現のために真摯な努力を傾けていくべき」とまとめた。

(2)米朝関係では初めて「非核化」を明言

まず、昨年の米朝関係について「歴史的なはじめての米朝首脳会談は地球上でもっとも敵対的だった米朝関係を劇的に転換させ、朝鮮半島と地域の平和と安全を保障するのに大きく寄与した」と評価した。

さらに、「会談で闡明(せんめい)にしたように、両国間の新たな関係を樹立し、朝鮮半島に恒久的で強固な平和体制を構築し、完全な非核化に進むことは、わが党と共和国政府の不変の立場であり、私の確固とした意志だ」と明かした。

続けて、「これにより、私たちはこれ以上、核武器を作りも試験することもせず、使うことも伝播させることもないということについて、内外に宣布し、様々な実践的措置を執ってきた」と昨年の状況を説明した。

そして今年19年について、「私たちの主動的で先制的な努力に米国が信頼性のある措置を採り、相応する実践的な行動で答えてこそ、両国の関係がより確実で画期的な措置を採る過程を通じ、立派で早い速度で進んでいくだろう」と主張した。

注目の2度目の米朝首脳会談については、「私はこの先も、いつでも再び米国大統領と向かい合う準備ができており、必ず国際社会が歓迎する結果を作るために努力するだろう」と述べ、意欲を見せた。

だが、米側への要求も忘れなかった。

「米国が世界の前でおこなった自身の約束を守らずに、わが人民の忍耐心を誤って判断し、一方的に何かを強要しようと依然として共和国に対する制裁と圧迫に向かうのならば」とし、その場合には「私たちとしても、やむを得ず国家の自主権と国家の最高利益を守護し、朝鮮半島の平和と安定をもたらすための新たな道を模索せざるを得ないかもしれない」としたのだった。

その上で、「朝鮮半島と地域の情勢の安定は、決して簡単にもたらされたものではなく、真に平和を望む国であるならば、今の局面を大事にする共同の責任を負っている」としつつ、「周辺国と国際社会は、朝鮮半島の肯定的な情勢発展を進める我々の誠意ある立場と努力を支持し、平和を破壊し正義に逆行するあらゆる行為と挑戦に反対し闘争すべき」と理解を求めた。

●韓国政府の反応は「肯定的」

見てきたように、南北関係と米朝関係について、昨年の動きを評価しつつ、韓国と米国それぞれに「宿題」を出してきた格好だ。

複数の韓国メディアによると、1日、新年辞の発表を受け青瓦台は、「金正恩委員長の新年辞には南北関係の発展と米朝関係の進展を望む気持ちが込められていると見る」との論評を出した。

さらに「金委員長の確固とした意志が新年に朝鮮半島の問題がスムーズに解決するのに肯定的に作用することを望む」(YTN)とした。また、北朝鮮側が「米韓合同軍事演習の中断」などの措置を要求した点については、「より踏み込んでほしいという要求であるが、結局は米朝関係の改善が核心となる」(同)と見通した。

そして、「開城工業地区と金剛山観光の無条件再開」については、「今の段階で議論する事案ではない」(同)と言及した。

●国策シンクタンクも「肯定的」

国策シンクタンクの「統一研究院」は2日に発表した分析の中で、「新年辞全体を通し、闘争的で扇動的な語調と雰囲気が顕著に減った」と前置きした上で、金正恩氏が「完全な非核化」を表明した点に注目した。

分析ではこれを「交渉再開を知らせる信号」であると共に、「非核化意志に対する信頼を高める重要な政治的な発話行為(speech act)」とみなした。

そして、「金正恩氏が集権して以降、『非核化』を具体的に指導者の肉声を通じ明かしたことは今回が初めて」と強調し、「特に核武器の不生産、不実験、不使用、不拡散の『4不』の立場を明かし、先制的な『核凍結』措置の内容を具体化した」と評価した。

これにより、北朝鮮の非核化レベルが「猶予=実験の停止」なのか、「凍結=核生産施設の停止」なのか、韓国内でも異論があったが、ひとまずはより「凍結」に近いと見る向きが強まった。

さらに、「米側が肯定的に呼応する場合には、年初に米朝交渉が再開し、米朝首脳会談が早くに展開される可能性が大きい」とした。

一方で、北朝鮮が述べた「新たな道」への可能性について、まず「過去の経済・核の並進路線への回帰や退行と見ることは難しい」との見方を示した。

その上で「米国が『相応の措置』を取らない場合には、(18年6月シンガポールでの)『6.12合意』を履行する必要がないという『修辞的な背水の陣』と見るべき」と譲歩した姿勢を明かした。

また、外交部所管の国策シンクタンク「世宗研究所」は1日、鄭成長(チョン・ソンジャン)研究企画本部長名義での分析の中で、新年辞を肯定的に受け取った。

なお、北朝鮮側が「米韓連合軍事演習と米国の戦略資産の朝鮮半島の配置に反対の立場」を示した点について、「北朝鮮が非核化に反する方向に行かない以上、米韓は軍事行動(訓練)を自制するため、こうした要求が南北関係発展の障害として作用する可能性は憂慮に及ばない」とした。

そしてやはり、金正恩氏の「核武器の生産を中断した」という一文に注目した。

同氏は「もしこれが事実として確認される場合、韓国と国際社会は『北朝鮮が核武器の生産を続けることで、2020年に100発程度の核武器を保有する』という米国の一部専門家の憂慮から抜け出せる」とし、「米朝交渉にもとても肯定的にはたらく」と展望した。

●民間シンクタンク「北はどうやっても核保有国に」

一方、民間シンクタンクの「峨山(アサン)政策研究院」は否定的な見方で一貫した。

「米韓連合軍事訓練の中断を要求したことは韓国政府が受け入れられない過度な要求だ」と取り上げ、「これは昨年の米朝首脳会談や南北首脳会談で理解を得たものと見られる『大規模連合軍事訓練の延期と、小規模軍事訓練の開催』に合わないものだ」と批判した。

また、「必要に応じて一旦合意しておき、その次の段階でより多くを要求する北朝鮮の典型的な交渉術が露わになっている。こうした態度は南北間の信頼構築にもプラスにならないばかりが、韓国政府が積極的に呼応する場合、米韓の間に葛藤を生み出しかねない離間策だ」と警告した。

さらに、「開城工団と金剛山観光の無条件での再開もまた、韓国を通じ米国を説得する交渉術」とみなした。「経済制裁解除前に再開することは不可能であり、無理に推進する場合、韓国政府や企業が国際社会の制裁対象になり得る深刻な問題だ」と断じた。

そして、「北朝鮮が核問題と関連し、核保有国の地位を暗示している点に注目するべき」とうながした。

この部分で北朝鮮が核武器に関して明かした「4不政策」を、「こうした行動は既存の核保有国の義務だ。北朝鮮がこれを持ち出すのは、表向きには『核保有』と言っていないが、心中では『すでに核保有国として交渉に望んでいる事』を強調するものだ」と見立てた。

次いで、「米国は北朝鮮が核を作っていないという部分に関心を見せるかもしれないが、北朝鮮はまだ核凍結を言っておらず、核武器の生産だけを中断したまま、核物質は続けて生産する意図とも読める」とした。

さらに「結局は検証を通じ確認しなければならないが、検証を拒否する北朝鮮の態度は、実際に核武器の生産を中断したのか分からなくする」と批判した。

北朝鮮が言及した「新たな道」については、「昨年の新年辞で主張した『責任ある核強国』と推定できる」とし、「非核化の条件を厳しくそして曖昧にし、結局は核保有国の地位を得ようとする交渉術だ」とした。

そして「実際、どんな場合にも北朝鮮は核を保有できる道を求めている。万一、米国が制裁解除という相応の措置をとる場合、北はその次の段階でより多くを要求するだろうし、究極的には在韓米軍の撤収までも非核化の条件として主張するだろう。この時、米側がこれを受け入れない場合、北朝鮮は追加の非核化措置を拒否するだろう。そうなると米国は圧迫するカードがなくなる」と予測した。

これらの理由から同研究院は、米朝首脳会談の行方について「どちらかが心を変えない限り、当分は開催されない」と見通した。

●識者4人の見方

南北軍事会談の経験もある海軍将校出身の金東葉(キム・ドンヨプ)慶南大教授は自身のフェイスブックで、「米韓軍事演習をこれ以上認めず、外部からの戦略資産をはじめとする戦争装備の搬入も完全に中止するべき」という主張を取り上げ分析した。

同氏は「北朝鮮の核実験およびミサイル試験発射猶予のように、米韓軍事演習の中断も一回だけや毎回その実施について決めるのではなく、持続的にしてこと『等価』であるという不満を見せたものと評価できる」と北朝鮮の本音を読み解いた。

また、北朝鮮が米朝関係における「新たな道」に言及した点については、「大きな意味を与えるのではなく、その前段で肯定的なメッセージだけを羅列してきたため、『締め』の意味を持つ。ひと言で言うと『軽く見るな』という警告程度に理解するべき」とした。

また、南北関係に精通した丁世鉉(チョン・セヒョン)元統一部長官は、韓国紙「プレシアン」に掲載されたインタビューでやはり「新たな道」に言及した。

丁氏はこれを「脅迫ではなくお願い」とし、「表現は婉曲で、北の本心は『米国の相応措置があってこそ、自分たちも非核化に向けてもっと動ける』というもの。要は『相応措置をしてくれ』というものだ」と肯定的に見立てた。

さらに「新たな道」は「並進路線外交的な次元で新たなアプローチをするという意味とみられる。米国と1対1でやってきたが、北朝鮮の肩を持つ中国やロシアの力を借りざるを得ないということ」と述べた。

丁氏はまた、「米朝が接点を作るまで待つ場合、時間だけがすぎる。昨年5月に取り消しになりそうになった米朝首脳会談を生き返らせたようにいまこの時点で文大統領が飛びこむべき」と、「ピンポイントの南北首脳会談」を韓国政府に提案した。

具体的には「金正恩氏に対し、トランプ大統領を説得できる措置を行うように注文し、それをもって文大統領がトランプ大統領を説得するべき」とした。

一方、保守派の論客からは否定的な意見が相次いだ。

韓国紙「ニュースワークス」によると、尹徳敏(ユン・ドクミン)前国立外交院長は2日、第一野党・自由韓国党が開催した討論会で「2019年、北朝鮮は米国都の妥協を通じ、パキスタンのような事実上の核保有国家になろうとする」との見方を示した。

ユン教授は具体的に「米本土を脅かすICBM(大陸間弾道ミサイル)の実戦配置の放棄と核兵器の移転をしないという線で、米国から核保有の黙認を狙う」と分析した。

そして「トランプ大統領の在韓米軍や米韓同盟に対する否定的な立場を考慮するならば、2度目の米朝首脳会談で在韓米軍の撤退や縮小といった意外な成功を得られると北朝鮮が考えているかもしれない」と読んだ。

また、同じ討論会に出席した、南成旭(ナム・ソンウク)高麗大行政大学院長は「米国がこれまで要求してきた第一段階の核申告と検証は絶対に実現しない」とし、「(北朝鮮は)既存の方針から一ミリの変化もなく、圧迫と制裁には武力カードで対応する」との見通しを明かした。

一方で、「(北朝鮮は)1997年から1999年まで行われた南北米朝が参加する『4者会談』を通じ、終戦宣言を導き出すことに注力すると予想できる」とし、「中国を参加させることで、南北中対米国という『1対3』の構図で外交戦を展開するだろう」と見通した。

その上で、「北朝鮮が非核化に対する既存の立場に固執することで、今年も北朝鮮の核問題解決に突破口を見出すための米韓の努力が実を結ぶのはとてもむずかしいだろう」と悲観した。(引用はいずれも「ニュースワークス」)

●「南南葛藤」を防げるか

韓国には「南南葛藤」という言葉がある。北朝鮮政策や北朝鮮への態度をめぐり、韓国内の保守層と進歩層の間で争うことを指す。

見てきたように、韓国内の見方は「進歩派=肯定」か「保守派=否定」の「真っ二つ」に分かれており、互いに受け入れる余地も、共闘の余地もない様に見える。

それほどまでに今年の新年辞には、韓国内で激論となる余地が多く散りばめられている。北朝鮮も巧妙と言う他にない。

新年辞の内容よりも、依然として変わらないこうした韓国内の左右対立の方が問題であるというのが、筆者の正直な思いだ。

政府や文在寅大統領は、この葛藤を今後どうコントロールしながら、北朝鮮・米国とわたりあっていくのか。状況はまさに「前門の虎、後門の狼」であると言える。

ソウル在住ジャーナリスト。『コリア・フォーカス』編集長

群馬県生まれの在日コリアン3世。1999年からソウルに住み人権NGO代表や日本メディアの記者として朝鮮半島問題に関わる。2015年韓国に「永住帰国」すると同時に独立。16年10月から半年以上「ろうそくデモ」と朴槿恵大統領弾劾に伴う大統領選挙を密着取材。17年5月に韓国政治、南北関係など朝鮮半島情勢を扱う『コリアン・ポリティクス』を創刊。20年2月に朝鮮半島と日本の社会問題を解決するメディア『ニュースタンス』への転換を経て、23年9月から再び朝鮮半島情勢に焦点を当てる『コリア・フォーカス』にリニューアル。ソウル外国人特派員協会(SFCC)正会員。22年「第7回鶴峰賞言論部門優秀賞」受賞。

徐台教の最近の記事