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「離婚したい」と言えたのだから、DVだけとは言えない? 結愛ちゃん事件のお母さんへの判決をみて

千田有紀武蔵大学社会学部教授(社会学)
写真はイメージです(写真:アフロ)

結愛ちゃんの虐待死事件、お母さんへの判決が出ました。求刑の懲役11年よりは短い8年でした。

しかし保護責任者遺棄致死罪は、例えば晴れた日にパチンコのために車のなかに子どもを放置して自分が死なせてしまった場合、4年程度の判決がでることを考えれば、「病院に連れて行かなかった」ことで、8年という量刑は重すぎるように感じます。

判決では、「ゆるして」というノートを結愛ちゃんがひとりで書いたことが否定されています。「わかったね」などと、大人が行ったことをそのまま描いた部分があったこと、誤字などの添削部分があったことなどから、これ以上お父さんに怒られないために、二人で書いたことを認められています

また以前からかかわってきた医師が、「夫婦のパワーバランスが悪い」「支配下から抜けられない」と認定していること他から、「心理的DV」も認められました

お母さんが病院に連れて行かなくていいのかも聞いていたこと、病院に連れて行くと「怒られるどころじゃすまない」と思ったということから、病院に連れて行くとお父さんによる「説教や虐待がさらにひどくなる」と思ってそれに従ってしまった面も、否定できないと、言われています

しかし、そうはいっても

お父さんが結愛ちゃんに暴力をふるうのを見てやめるようにいった

離婚を切り出すなどの抵抗の態度を示したこともあった'。

お母さんによれば、お父さんが与える食事だけでは足りないと判断して、その目を盗んで体重が増えない程度に食事を与えていた、早起きの課題においても、実際には午後7時半ころまで寝かせてあげて、お父さん対策で午前4時ごろに起きたように書かせていたといっている。

このようなことから、「お父さんの言動で受け入れられないことがあった場合に、自らの意思に基づき行動することができていたといえる」と断じています。

つまり、「暴力をやめて」「離婚したい」といい、結愛ちゃんにこっそり食事を与えたり、早起きをしているふりをさせてあげていたなと、私たちがお母さんの「努力」だと評価したい部分が、「DVとはいえ、自分で行動できていたじゃないか」と評価される根拠となっています

法の論理はそのようなものだといわれればそれまでですが、それにしてもやりきれない思いがします。それはDV下での、「精一杯の抵抗」とよぶべきものなのではにないでしょうか。

また以前、お父さんに真顔で「浮気をしたら、殺す」と言われたことなどから、殺されるんじゃないかと、お母さんは報復を恐れていました。しかし、お母さんが「暴力はやめて」「離婚したい」といったときに、お父さんが「少なくとも強度の暴行や脅迫に及んだこともなかった」ことが、切迫度の低さの根拠とされています。

心理的なDVの場合は、むしろ実際にひどく暴行されることよりも、暴行されるんじゃないかという恐れの方が、より内面を縛っていくという心理が、あまり理解されていないようにも思えます。

これもまた、法律的判断とはそのようなものだといわれれば、どうしようもありませんが、もう少しDV被害者の心理に寄り添って欲しいと思われます。むしろひどい暴行がないからこそ、お父さんが自ら「洗脳」とまで呼ぶ心理的DVが可能になっていた側面もあるのです。

最終的には、お父さんに正面から抵抗はできていないものの、それでも結愛ちゃんの苦痛を和らげようと努力したこと、添い寝をしながら看病をしていたことが評価され、お母さんが結愛ちゃんを死に至らしめたことを「深く悔やみ反省していること」などが、検察の求刑の11年を採用しない根拠ともなっています。そういう意味では、結愛ちゃんをケアしてきたことが、自分の意志で行動できたと断ずる根拠であり、減刑される根拠ともなっているという、不思議な結果となっています

お母さんと残されたお子さんの人生はまだまだ続きます。結愛ちゃんは、お母さんが大好きで、最後まで自分がお腹がすいたとは言わず、「お母さんは空いてないの?」と、父親によって「ダイエット」を強いられたお母さんを気遣ってきました。加害者であるお父さんのもとで、身を寄せ合うように暮らしてきたのです。お母さんは、「死にたい」などといわず、服役を含めて、結愛ちゃんの分まできちんと生きて欲しい。それが結愛ちゃんへの、一番の弔いになるのではないかと思います。

お母さんは、結愛ちゃんを病院に連れて行かなかったという意味では加害者かもしれません。でも、大切な子どもをなくした遺族でもあります。ぜひ適切なケアに繋がることを願ってやみません。

結愛ちゃんに「体を張れ」なかったことは罪なのか? 母親は、DV被害者?虐待加害者?

母親へのDVが、結愛ちゃんを殺したーー目黒虐待死事件(2)

武蔵大学社会学部教授(社会学)

1968年生まれ。東京大学文学部社会学科卒業。東京外国語大学外国語学部准教授、コロンビア大学の客員研究員などを経て、 武蔵大学社会学部教授。専門は現代社会学。家族、ジェンダー、セクシュアリティ、格差、サブカルチャーなど対象は多岐にわたる。著作は『日本型近代家族―どこから来てどこへ行くのか』、『女性学/男性学』、共著に『ジェンダー論をつかむ』など多数。

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