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「セクハラ罪」が今の法律で問いにくい訳――内藤忍さん(JILPT)に聞く

千田有紀武蔵大学社会学部教授(社会学)
(写真:アフロ)

福田淳一前財務事務次官のセクシュアルハラスメント問題を受けて、麻生太郎財務相は、「セクハラ罪っていう罪はない」と事務次官をかばうような発言をしました。他方、野田聖子女性活躍担当大臣は、セクハラ再発防止策に向けた検討を始めると述べたということです。このような状況のなかで、セクハラに関する現行法の問題点について、ハラスメント法制に詳しい、独立行政法人 労働政策研究・研修機構(JILPT)の内藤忍副主任研究員にお伺いしました。

ー内藤さんは、今回の野田大臣の発言をどう思われますか?

 ようやくこの問題に気づいてもらえたかという思いです。これまで全国の多くのセクハラ被害者が声を上げられず、有効な救済策もなく、多くの場合メンタルを患って、泣き寝入りをしてきました。セクハラはなくさなくてはいけない。そのためには、いろいろな方策がありますが、まずできるのは法律を変えることです。いま、被害者を孤立させている原因のひとつは法にあります。とくに、男女雇用機会均等法に問題があります。

ー男女雇用機会均等法といえば、1985年に制定された法律ですね。いちおう男女の雇用機会を保障する法律で、「男子のみ」という募集が禁止されたというニュース報道は記憶に残っています。その後、1997年にセクハラに関する規定ができたやつですよね。

 そうです。その均等法です。セクハラについては、民間と公務員の職場では適用となるルールが違います。まず、民間の職場では、均等法の11条にセクハラに関する規定があります。この11条は、事業主(会社)に向けたものになっています。つまり、セクハラの予防、相談窓口の設置、セクハラの事後対応の義務*は、会社が負っているのです。そのため、セクハラに対応する義務があるのは、均等法上、会社だけなのです。

 この相談には、セクハラをした人が同じ会社の人でなくても、また、通常働いている職場での出来事でなくても、取引先の事務所や取材先など、業務をおこなう場所であれば含まれます。

 公務員の場合はセクハラについて定めた人事院規則10-10という規則に、省庁の義務について均等法の措置義務とほぼ同じものが設けられていますが、唯一異なるのは、「職員は…セクシュアルハラスメントをしないように注意しなければならない」(5条)という職員向けの注意義務が規定されているところです。ただし禁止ではありません。

ーということは、今回の福田前事務次官のセクハラのケースは、どちらの法・規則が適用になるのですか?

 今回のケースは、均等法も人事院規則も両方該当します。加害者とされる者が公務員であったという点で、福田前事務次官と財務省が人事院規則の対象になります。そして、被害者が民間労働者であったという点で、事業主であるテレビ朝日に均等法の措置義務が課せられ、被害者は、テレ朝の相談窓口等に相談できます。

 しかし繰り返しますが、均等法も人事院規則も、基本的に会社のセクハラ対応義務だけなのです。つまり、「セクハラをしてはいけない」という禁止の規定がないのです。禁止の規定がないので、禁止の対象となる行為の定義もありません。

ー定義がない?

 そうなんです。均等法等には実は、「セクハラはいけない」とか「してはいけない行為はこれこれですよ」という規定、つまり定義規定がないので、裁判で訴える場合の根拠にはなりません。そのため、裁判となると、加害者の責任は、民法上の「不法行為」に該当するかどうかで判断するしかありません。セクハラについて明文の法規定がないために、企業にとっては、どういったセクハラが違法だと判断されるかが事前に分かりにくい状況になっています。

 均等法上、セクハラ対応は会社の義務なので、これを履行しなかった場合は、行政(都道府県の労働局)によって指導されます(均等法29条)。2016年度にはこうした行政指導は3,860件ありました。労働局への相談のうちセクハラが一番多くて、7,526件です。行政制裁として、会社の名前を公表できる制度もありますが、これまでに一度しか公表されたことはありませんし、セクハラでの公表事例はありません(同法30条)。

ーそうなんですね。均等法の問題は、法律が会社向けにできていて、個人(加害者)向けの規定がないということだと理解したんですが、セクハラの被害者はどうすればいいんでしょうか?

 ひとつは裁判をすることができます。しかし、時間もお金もかかり、手続が公開されることもストレスです。被害者はハラスメントで既に傷ついているのに、裁判手続でさらに傷つく可能性があります(二次被害)。

 セクハラに限らないハラスメント被害の2017年の連合の調査によれば、被害者の33.1%が心身に不調をきたし、夜眠れなくなったり(19.3%)、人と会うのが怖くなったり(12.2%)しています。すでに傷つき、何らかのメンタル疾患に罹患している被害者が、裁判をするのはとても難しいです。

ー裁判をするのが難しかったら、じゃあどうすればいいんでしょう?

 司法による救済が難しいのだったら、行政による救済があります。行政救済は、労働局への相談、紛争解決の援助、調停をさします(均等法17、18条)。ところがこの行政救済は、相互の譲り合いを前提とした制度なんですね。

ー譲り合いですか?

 そうです。セクハラの被害者は、加害者がしたことは、セクハラだった、それは違法だと認めてもらったうえで、加害者に謝ってほしい、そして同じことが二度と起こらないようにしてほしいと思っているのが普通です。ところが、この行政救済でできるのは、加害者と被害者が譲り合って交渉し、合意したとしても、多くが金銭解決なのです。セクハラを受けたのに、譲らなくてはなりません。ここに、制度と被害者のニーズの大きな乖離があります。これで真に納得する被害者は少ないです。

ーそれではどのようにすればいいんでしょうか?

 セクハラの司法救済へのアクセスが十分に保障されていない現状を考えれば、少なくとも行政がきちんと救済できるように、しくみを整える必要があると思います。行政が判断できる「セクハラ禁止規定」「セクハラの定義規定」などを作ることが急務だと思います。それをもとに、相互の譲り合いでお金で解決、ではなく、ハラスメントの認定や救済命令などを出せる法的判断が可能な救済委員会などのシステムを作る必要があると思います。現在の労働局の調停制度を少々変えることで対応できるかもしれません。

 また相談から救済まで、傷ついた被害者の回復を支援することまでを含めて、支援体制を構築することも重要です。国の責任として、医療・カウンセリング・労災等のワンストップ支援をおこなってほしいです。

 また、先の連合のハラスメントの調査では、仕事を短期間休んだ人は14.6%、長期間だと7.1%。休職せざるを得なかった被害者が職場復帰する権利を確立し、安心して療養できるようにすることも必要ですね。同時に、復帰後にハラスメントを受けない安全な職場を保障することも重要です'''。

ーそうなんですね。それでは、今回の福田前事務次官のセクハラのケースなどから、私たちが学べることについて教えてください。

 セクハラの相談窓口の問題です。現行法では、セクハラの窓口をどこにおいても構いません。でも、相談窓口が社内の場合、プライバシーが確保されるかどうか、相談したことで不利益に扱われないかどうか、といった懸念が大きく、通常、安心して相談できません。調査のために、「うちの顧問弁護士に話せ」と言われても同じです。連合のハラスメントの調査(2017)では、「どこにも相談しなかった」人は、41.7%にのぼりました。セクハラに特化したJILPT調査(2015)では、実に63.4%の人が「がまんした、特に何もしなかった」と答えています。

 相談窓口や設置される調査機関に、一定の中立性やプライバシーの確保がないと、利用されず、絵に描いた餅になってしまいます。相談窓口は、信頼性がとても重要です。メンタル疾患にならずに、セクハラを早期に解消するため、信頼される窓口をどのように設置・運用できるか、均等法のセクハラ指針における相談窓口のしくみを再検討する必要があるのではないでしょうか。

 また今回は、「取材」の内容を外部の報道機関に持ち出したことについて、当初、テレビ朝日が「不適切であった」としました。しかし公益通報者保護法という法律があります。この法律はいわゆる「内部告発」した労働者を保護する法律です。会社内部に通報しても対応してもらえなかった場合に、犯罪行為などの場合には、外部の報道機関への通報が保護されることになっており、本件情報提供も必ずしも「不適切」とはいえないでしょう。ただし、今後は、現在保護対象となっていない均等法違反の外部への通報も対象とされるべきだと思います。

ー最後に一言お願いします。

 理想は、職場だけではない、あらゆる領域を包括する、性暴力禁止法、ハラスメント禁止法もしくは差別禁止法の枠組みによって、すべての人が(性)暴力、ハラスメント、差別のない安全な職場・教育・生活環境などを提供されることが必要だと思っています。取り急ぎ職場領域に限る対策にするとしても、フリーランスの就業者もハラスメントを受けていますから、'''雇用労働者だけに限定せず、すべての就業者がハラスメントを受けないことを保障することが大事だろうと思います。

1. 事業主の方針等の明確化及びその周知・啓発

2. 相談(苦情)に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備(相談窓口など)

3. 職場におけるセクシュアルハラスメントに係る事後の迅速かつ適切な対応 

武蔵大学社会学部教授(社会学)

1968年生まれ。東京大学文学部社会学科卒業。東京外国語大学外国語学部准教授、コロンビア大学の客員研究員などを経て、 武蔵大学社会学部教授。専門は現代社会学。家族、ジェンダー、セクシュアリティ、格差、サブカルチャーなど対象は多岐にわたる。著作は『日本型近代家族―どこから来てどこへ行くのか』、『女性学/男性学』、共著に『ジェンダー論をつかむ』など多数。

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