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生理用品についで紙おむつ。CMが立て続けにネット炎上しているのはなぜか

千田有紀武蔵大学社会学部教授(社会学)
写真はイメージです。(写真:アフロ)

ユニ・チャームの紙おむつのCMが、ネットで炎上している。

CMでは、植村花菜さんが歌う「moms don’t cry」という曲に合わせて、新米ママがひとりで育児に孤軍奮闘する様子が描かれている。そして最後に子どもの笑顔に癒され、「その時間が、いつか宝物になる。」というキャプション。2分のCMのうち、父親と思しき男性がでてくるシーンは合計で約4秒程度のようだ。

ユニ・チャームはCMの意図を、「理想の子育てと現実との違いに悩む母親たちが多いため、動画でリアルな現実を描くことで応援したいという強い思いを込めました」と説明し、「さまざまなご意見をいただいていますが、動画を削除する予定はありません」といっているという。「父親の育児参加や周りの人のサポートが進むよう、多くの方に動画を見ていただきたいです」(おむつCM動画のワンオペ育児に賛否 メーカー「理想と現実の違いを伝えたかった」)。

「君とママのはじめてに」というタイトルで、植村さんの曲があってのCMのコンセプトだろうとは思うのだが、よりによって「ワンオペ育児」が社会問題になっているときに、なぜこのようなCMを作成したのだろうかと疑問を感じる。

ほぼリアルタイムでSNSなどでの反応を見ていたが、このCMには肯定的な反応をする人ももちろんいたし、批判するひともいた。批判しているひとたちのなかには多く、育児経験者がいる。ただ育児経験者の彼女たちは、企業が言うように「理想の子育てと現実との違いに悩」んでいたのではない。

このCMはなぜ「辛い」のか―子育てのリアル

傍目には気楽で幸せに見える育児。しかし父親がそうであるように、子育てをする母親にとっても、子育ては初めての経験で、不安がいっぱいなのである。しかし子育ての責任や実務がすべて母親に背負わされ、不安と孤独で胸は潰れそうなのだ。父親らしき人物が映る数秒は、深夜に子どもが病気になったのだろうか、一緒にタクシーで病院に駆けつけるときですら、母親がひとりで子どもを抱っこして面倒をみなければならない(映っている父親は、1秒たりとも「役に立ってはいない」)。

このCMは育児経験者の経験を、確かに「リアルな現実」として描き出している。しかしそのときの孤独がどれほど深いかが、理解されているようにはとても見えないために、育児経験者は当時の感情を追体験だけしてしまうのだ。未婚者もその体験をなぞらされることで、「とても子どもを産みたくない」という感想をもつひともいる始末…。

出産後の母親は自分自身も身体の回復のためのケアが必要な存在でありながら、小さな命の責任を負わされてケアをしなければならない。そしてCMの最後に、ダメ押しのように「その時間が、いつか宝物になる」。いま自分が抱えている困難は否定され、「思い返せば、大したことなかった、むしろよかったって思えるって」と思うことを強制される。それは「母親なら子育ては楽しいはず。楽しく思わなくてはならない。不平をいうなんてもってもほか」という通俗的な道徳や母性神話の押し付けであり、「辛いことを辛いということすらできない、子育ての孤独」をより絶望的に深くするものである。

CMを作成した企業は、「理想の子育てと現実との違いに悩む母親たち」を描いたのだという。それであるなら、「理想の子育て」をもCMに反映すべきだったのではないだろうか。どういうときに声をかけてもらったら、どういうちょっとした気遣いがあったら、どういう風に助けてもらったら、孤独な子育てが孤独でなくなるのか――その「理想」がまったくもって描かれていないために、多くの女性が苦痛を訴えるCMとなってしまった。

母親たちがワンオペ育児に励んでいるとしたら、おむつの購入者もまた女性であるはずである。その女性たちの多くにそっぽを向かれるCMは得策ではない。いったいこのCMは、どこを向いて作られたのだろうか。謎である。肝心の購入者の経験や思いを置き去りにしたまま、子育ての理想を女性に押し付けることになってしまった。企業は動画は削除予定はないというし、私も差別的なコードに引っかかってはいないので、削除をしなくてはならないとまでは思わない。ただ損得勘定で考えるなら、個人的には削除したほうが、企業にとっても得策だと思う。

ちょっと前にも生理用品でCM炎上

実はユニ・チャームは、たった10日ほど前にも生理用品である、タンポンをめぐって、動画CMを削除している(「彼女の生理で困った」動画広告が炎上→削除 「タンポンは彼氏を困らせないためにあるの?」と批判次々)。

このCMも、「隣に座ろうとすると距離をとられる」「旅行の予定がキャンセルになった」「やたらとトイレに行くから待ってる間が寂しい!」「ベッドを汚したと朝から落ち込み気味」などなど、生理中の女性に困っている男性たちの声を紹介し、「タンポンなら大丈夫」という宣伝だった。彼女がいる男性40人ほどの声を、調査したという。せんじ詰めれば、「なんで男性のために、タンポンを選ばなければならないのか?」という声が殺到して、削除となった。

「結果的に生理に悩む女性に負担を強いる表現になってしまいました。深くおわびいたします」というきちんとした説明を、このときにユニ・チャームはしている。ただ「生理用品の表現に関しては、より注意して取り組みたいと思います」の反省は、子ども用のおむつにはいかされなかったようだが(おそらくCMは、制作済みであっただろうし)。

生理用品は、ナプキン市場に較べれば、タンポンの市場はとても小さなものである。個人差はあるだろうが、本来は便利な製品であるはずなのに、タンポンが普及しない。それは、女性の体内に生理用品を詰めるという行為が、女性に課された処女性の規範であったり、女性自身が自分の身体を本当の意味では「所有」していないという意味で、恐怖心をもってしまったり、などなどのハードルがあるからだろう。

そうであるならば、タンポンを使えばどのように「女性自身が」快適になれるのか、女性自身の身体を取り戻し、女性の気持ちに寄り添って丁寧に宣伝することをしない限り、市場の拡大は難しいだろう。であるのになぜ、ことさら「男性の意見を聞いて、タンポンを使おう」というまったく正反対の方向にCMが流れたのか、それも謎である。

CMの制作過程に、おそらく女性はいるだろう。しかし、どうしてこうも多くの女性が、パッと見て「不快だ」という意見を表明するCMが作られていくのか。現場の女性たちの声は、反映されないのか。それとも反映する気がないのか。購買者のニーズは、調査していないのか。そもそも購買者である女性を怒らせてしまっては、元も子もない。女性を少し見くびってはいないか。

よくも悪くも、ユニ・チャームのCMがここまで注目を集めた。次には、私たちをあっと驚かせてくれる、胸のすくようなCMを期待している。

武蔵大学社会学部教授(社会学)

1968年生まれ。東京大学文学部社会学科卒業。東京外国語大学外国語学部准教授、コロンビア大学の客員研究員などを経て、 武蔵大学社会学部教授。専門は現代社会学。家族、ジェンダー、セクシュアリティ、格差、サブカルチャーなど対象は多岐にわたる。著作は『日本型近代家族―どこから来てどこへ行くのか』、『女性学/男性学』、共著に『ジェンダー論をつかむ』など多数。

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