サービス・サイエンスが変えるアカデミズムとサービス業

先日、JST(科学技術推進機構)主催のサービス・サイエンスをテーマにしたフォーラムが東京大学で開催されました。サービス・サイエンス、日本語ではサービス科学とは聞き慣れない方も多いと思いますが、2000年代に入りとても注目されている考え方です。

一般にサービス業といえば第三次産業と言われ、第一次産業とされる農林水産業、第二次産業とされる鉱工業を除く、第三次産業として、てつもなく広い領域を指し示す言葉として使われることがありました。そのためサービス産業には金融から、システム開発から介護、その他に至るまで実に様々な業態が含まれることとなり、結果としてサービス産業に対する科学的なアプローチは困難であったといえるでしょう。

しかし、今日ではサービス産業の重要性はかつてないほどに高まっています。モノの需要以上に供給があふれる中で、モノの存在それだけでは価値を作れない時代となり、いかにして顧客満足を得るか?という競争が広く行われています。

特に、モノの生産はそれ単体ではコピーされやすく、すぐに低単価の競争に取り込まれます。そのため、モノにサービスを組み合わせることで、いかに模倣されにくいビジネスモデルを実現するかが経営課題になっています。言い換えると顧客に与える「経験」が商品であるという考え方です。このことは、2004年頃に提唱されたサービスドミナント・ロジックとしても知られていますが、それはモノはサービスの一つの手段にすぎないという立場です。

ところが、各種の統計によると、日本はこれらのサービス業の生産性が低いことがしばしば指摘されています。確かに、サービス業の中でも特に今日重要とされる金融業やITサービス業では、自動車産業のような世界的存在感を出しているとは言い難い側面があります。日本にとってサービスの向上は大変重要な国家的課題と言って良いでしょう。特に、製造業による加工貿易を勝ちパターンとしてきた戦後の経済発展を体験している我が国では、どうしても発想が「モノづくり」に偏りがちであることは大きな問題といえます。

そんな背景の中で、JST内に設置された社会技術研究開発センター(RISTEX)の問題解決型サービス科学研究開発プログラムのフォーラムが行われました。このプログラムは今年で7年目を数えるプログラムでこれまでに十数本の研究プロジェクトを実施しています。それらの成果を一同に介して行われたプログラムでした。

中でも特に私の興味をひいたのは、東大の西野准教授のサービスシステムの類型化に基づく理論化の取り組みでした。サービス業はその特性からして、各業態毎に全く異なる特質を持ちます。そのため、なかなか統一的に扱うことが難しく、科学的に扱いにくい対象でありました。しかし、西野さんは様々な産業の各プレイヤーやステークホルダーをネットワーク関係で表現して、構造的に分析しています。さらに、従業員の利得を(経済学的)モデルに組み込んだ事により、より現実的な環境下での分析が可能になっています。今までサービス業関連の分析では、特定サービス分野の研究がほとんどだったことを考えると画期的なアプローチと成果といえるでしょう。

もう少し深入りすると、「サービス」というとらえ方は、アカデミズムのあり方を変えうる可能性があると思います。このプログラムでは、サービスの定義を「提供者による、被提供者のための価値創造を目的とした機能の発現」としています。つまり、サービスには実現したい価値があるという前提に立っています。既存の工学、特に製造業を支える伝統的工学ではこれらの実現したい価値観は暗黙の合意として明示的に扱われなかったフシがあります。一例をあげると、遠い距離をなるべく早く移動できることに価値がある。といった考え方に基づいて移動手段が設計されているということです。もちろんその方向性は間違っていないのですが、その大雑把な分類のために環境問題が発生したり、安い料金で長い移動時間を楽しむと行ったユーザの選択肢を奪うような社会的技術選択が行われてきたともいえます。

また、人間が感じる価値を実現するためには、様々な社会システムに対する理解が不可欠になります。例えば法学や社会学に代表される学問は社会のありようやあるべき姿を純粋学問的に扱ってきました。ですがサービス科学の考え方からすると、対象となる被提供者に対して何が提供できるのか?という極めて現実的な問の解を生み出す学問に生まれ変わるのです。これまで、いわゆる文系の学問は実際の社会に対する貢献を疑問視されることがしばしばありました。直接的に言えば、「なんの役に立つのか」という疑問をもたれてきたことも多くありました。ですが、様々な人間に対するサービスに資する知識体系という位置づけが与えられることで、いわゆる社会科学系のアカデミズムのありようが大きく変貌してくる可能性があります。

そんな知的興奮に満ちたイベントでした。今後のサービス科学の進展に期待しています。