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ホロコーストで3万人以上銃殺 ウクライナ「バービ・ヤールの悲劇」から82年:ゼレンスキー大統領も追悼

佐藤仁学術研究員・著述家
(提供:Ukrainian Presidential Press Service/ロイター/アフロ)

ユダヤ系のゼレンスキー大統領「決して歴史を忘れてはいけません」

1941年9月29日から30日にかけて現在のウクライナのキーウ郊外の谷間バービ・ヤールでは33,771人のユダヤ人が射殺され、渓谷の穴に埋められたバービ・ヤール事件はホロコースト史上最悪の凄絶な事件と言われている。そのバービ・ヤール事件から2023年で82年が経つ。

ウクライナのゼレンスキー大統領もバービ・ヤールで追悼に行い、自身の公式SNSで「本日はウクライナと全世界がナチスの犯罪の中でも最も残虐なものの1つだったバービ・ヤール事件の82年です。犠牲者を追悼します」と伝えていた。ゼレンスキー大統領もユダヤ人で、祖父の兄弟や両親(曾祖父母)はホロコーストの犠牲者でドイツ兵によって銃殺された。

ショート動画も公開しており、その中でゼレンスキー大統領は「バービ・ヤールで犠牲になられた方々に敬意を表します。バービ・ヤールの記憶の継承に努めているユダヤ人コミュニティの皆さんに敬意を表します。バービ・ヤールで起きたことを決して忘れてはいけません。そのような辛い時期でもユダヤ人を救ってくれた方々にも感謝します。どのような時にでも人間性を感じ、光と暖かさがあります。決して歴史を忘れてはいけません。この悲劇を二度と繰り返してはいけません」と語っていた。

ウクライナでのホロコーストは凄惨だった。ナチスドイツがウクライナに侵攻する前からウクライナ人はユダヤ人が嫌いという人が多く、1918年~1919年の1年間に1200件のユダヤ人襲撃事件(ポグロム)が行われ、その3分の1以上がウクライナ国民軍によるものだった。

当時多くのユダヤ人がポグロムを逃れてアメリカに移民して、アメリカのユダヤ人社会の基盤を作った。そしてナチスドイツがウクライナに侵攻した際には多くのウクライナ人がユダヤ人殺害に加担していた。ウクライナの地元警察がユダヤ人を熱心に逮捕し、ゲットーに送り込んでいた。ナチスの親衛隊は誰がウクライナ人で、誰がユダヤ人か区別がつかなかったので、地元警察がユダヤ人の捜索と検挙を徹底的に行った。ナチスと一緒に検挙するだけでなく、地元警察はユダヤ人を射殺して穴に落としていた。この事件は戦後ソビエト連邦のフルシチョフの時代に問題となり、ウクライナ人4世の詩人エフゲニー・イェフトシェンコの1961年の詩「バービ・ヤール」で知られるようになった。バービ・ヤールは今でもユダヤ人受難の地として知られている。

ロシアによる軍事侵攻でウクライナの首都キーウのテレビ塔が2022年3月1日にロシア軍に攻撃された。このテレビ塔は1941年にナチスドイツが侵攻してきた時にウクライナのユダヤ人が大量に殺害されたバービ・ヤール事件の追悼記念碑と追悼施設のバービ・ヤール・ホロコースト・メモリアルセンターと隣接している。バービ・ヤール追悼記念碑への攻撃を受けて、ウクライナのゼレンスキー大統領は自身のツイッターで「世界の皆さんへ、80年前に"二度と繰り返してはいけない"ことがありました。バービ・ヤールが爆撃されましたが、それでも世界中の皆さんは黙っているのですか?歴史は繰り返されます」と訴えていた。

▼ウクライナ軍も公式SNSでバービ・ヤールの犠牲者を追悼

バービ・ヤールの記憶のデジタル化

戦後75年以上が経ち、ホロコースト生存者らの高齢化が進み、記憶も体力も衰退しており、当時の様子や真実を伝えられる人は近い将来にゼロになる。ホロコースト生存者は現在、世界で約24万人いる。彼らは高齢にもかかわらず、ホロコーストの悲惨な歴史を伝えようと博物館や学校などで語り部として講演を行っている。当時の記憶や経験を後世に伝えようとしてホロコースト生存者らの証言を動画や3Dなどで記録して保存している、いわゆる記憶のデジタル化は積極的に進められている。現在、世界中の多くのホロコースト博物館、大学、ユダヤ機関がホロコースト生存者らの証言をデジタル化して後世に伝えようとしている。デジタル化された証言や動画は欧米やイスラエルではホロコースト教育の教材としても活用されている。

このバービ・ヤール・ホロコースト・メモリアルセンターでも2018年からホロコースト生存者の記憶のデジタル化に向けた「Voice」プロジェクトを行っている。これはウクライナにいるホロコースト生存者が元気なうちに、彼らのホロコースト時代の記憶や経験をカメラの前で語ってもらい、彼らの証言をデジタル化してアーカイブとして後世に伝えていくというプロジェクト。

当時のバービ・ヤールの記憶がある生存者は80代後半と高齢で肉体的にも精神的にもあと数年が限界であるため、一人でも多くのホロコースト生存者の声をアーカイブ化しデジタル化して残していくためにバービ・ヤール・ホロコースト・メモリアルセンターでは、SNSなどでも「近くにいるホロコースト生存者の人に声をかけてください。ウクライナでの重要なオーラルヒストリーになります」と訴えていた。「Voice」プロジェクトに応じてホロコースト時代の経験や記憶を語ってくれた高齢の生存者たちの動画はセンターのYouTubeでも多数公開されている。

また同センターではバービ・ヤールの歴史を正確に伝えるために、デジタル化された証言だけでなく写真や3Dで表現した模型などホロコースト教育用のデジタルコンテンツも多く提供している。また同センターのサイトでは、ロシア軍によって攻撃されたテレビ塔を戦後の1970年代に設立した時の様子の写真なども掲載されている。またバービ・ヤールでの悲劇を伝えた書物は世界中で多く出版されているが、それらの書物のうちいくつかをデジタル化してe-bookとして公開している。

▼バービ・ヤール・ホロコースト・メモリアルセンターの「Voice」プロジェクトに応じてホロコースト時代の経験や記憶を語る生存者たち

イスラエルにはホロコースト犠牲者を追悼したヤド・ヴァシェムという博物館がある。ヤド・ヴァシェムでは約480万人のホロコースト犠牲者のデータベースがあり、それらは世界中からネット経由で閲覧することもできる。約600万人のユダヤ人が殺害されたが、残りの120万人は名前が判明していない。ヤド・ヴァシェムではホロコースト史上最悪の凄絶な事件だったバービ・ヤール事件のオンライン展示も行っており、残された貴重な写真をデジタル化したりデータベース化された犠牲者の名前などを公開している。

ホロコースト生存者の高齢化が進んできた。生存者が心身ともに健康なうちにホロコースト時代の経験や記憶を証言として動画で録画してネットで世界中から視聴してもらう「記憶のデジタル化」が進められている。平行してヤド・ヴァシェムではホロコースト犠牲者の身元確認とデータベース構築も進められているが、ナチスドイツによって完全に消失したユダヤ人集落などもあり、全ての犠牲者の名前や写真を収集してデータベースに格納することは難航している。

▼ゼレンスキー大統領の公式SNSでのバービ・ヤール追悼(2023年9月29日)

▼ウクライナのラビのSNS

▼ヤド・ヴァシェムの公式SNSでバービ・ヤールを追悼

▼ゼレンスキー大統領の公式SNS

▼アウシュビッツ博物館の公式SNSでバービ・ヤールを追悼

学術研究員・著述家

グローバルガバナンスにおけるデジタルやメディアの果たす役割に関して研究。科学技術の発展とメディアの多様化によって世界は大きく進化してきました。それらが国際秩序をどう変化させたのか、また人間の行動と文化現象はどのように変容してきたのかを解明していきたいです。国際政治学(科学技術と戦争/平和・国家と人間の安全保障)歴史情報学(ホロコーストの記憶と表象のデジタル化)。修士(国際政治学)修士(社会デザイン学)。近著「情報通信アウトルック:ICTの浸透が変える未来」(NTT出版・共著)「情報通信アウトルック:ビッグデータが社会を変える」(同)「徹底研究!GAFA」(洋泉社・共著)など多数。

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