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ワルシャワ・ゲットー蜂起から80年:進む「ホロコーストの記憶のデジタル化」

佐藤仁学術研究員・著述家
ワルシャワ・ゲットー蜂起(ヤド・バシェム提供)

ナチスドイツの兵士が撮影した当時の写真もデジタル化して後世へ

1943年4月に起きたワルシャワ・ゲットー蜂起から2023年で80年が経過した。第2次世界大戦時にナチスドイツによって約600万人のユダヤ人が殺害された、いわゆるホロコースト。ユダヤ人らはゲットーと呼ばれるユダヤ人だけを集めた地域に強制的に移住させられた。狭い場所に大量のユダヤ人が詰め込まれて、衛生環境も悪くチフスで亡くなる人も多かった。アウシュビッツ絶滅収容所などに移送される前に多くのユダヤ人がゲットーに収容されて、病気や飢えで死亡したり、ナチスドイツによって殺害されたりした。

ポーランドのワルシャワにあったゲットーでは、ユダヤ人による武装蜂起も起きて、ユダヤ人らが外部から隠して武器や兵器を持ち込んでナチスドイツに対抗した。最終的にはナチスドイツによって制圧されてしまったが、4月19日にはユダヤ人らがナチスドイツのSS部隊を1日だけだがゲットーから追い出して勝利したこともあった。4月19日はワルシャワ・ゲットー蜂起記念日で記念式典も行われている。ワルシャワ・ゲットー蜂起でのユダヤ人らの抵抗と戦いは「戦場のピアニスト」などホロコースト関連の多くの映画にも登場している。

イスラエルにはホロコースト犠牲者を追悼したヤド・バシェムという博物館がある。ヤド・バシェムでは約480万人のホロコースト犠牲者のデータベースがあり、それらは世界中からネット経由で閲覧することもできる。約600万人のユダヤ人が殺害されたが、残りの120万人は名前が判明していない。第2次世界大戦が終結して約80年が経過し、ホロコースト生存者の高齢化が進んできた。生存者が心身ともに健康なうちにホロコースト時代の経験や記憶を証言として動画で録画してネットで世界中から視聴してもらう「記憶のデジタル化」が進められている。

ヤド・バシェムでは、ワルシャワ・ゲットー蜂起の貴重な写真や、当時の経験者が戦後に語った当時の記憶や証言をデジタル化して動画で配信も行っている。ワルシャワ・ゲットー蜂起の時にユダヤ人はカメラを保有することも禁止されていたし、戦うことだけで精一杯だったので、写真を撮影することなんてほとんどできなかった。ゲットーに収容される前にユダヤ人らはラジオやカメラ、自転車といった当時はかなり高額な商品の保有を禁止されて没収されていた。隠して持っているのがばれると銃殺されることもあった。そのため現在、ヤド・バシェムに保管されているワルシャワ・ゲットー蜂起の戦闘の様子の写真のほとんどがナチスドイツのSS部隊の兵士によって撮影されたものである。そのようにナチスドイツが撮影した当時の写真もデジタル化されて後世に伝えられている。

ヤド・バシェムでは、ホロコースト当時の写真のデジタル化とオンラインでの展示も進めている。現在のようにスマホで誰もが簡単に撮影できる時代ではなかった。カメラも貴重なものだった。1枚1枚の写真に全てのユダヤ人の思い出が詰まっている。さらにヤド・バシェムではホロコースト犠牲者の身元確認とデータベース構築も進められているが、ナチスドイツによって完全に消失したユダヤ人集落などもあり、全ての犠牲者の名前や写真を収集してデータベースに格納することは難航している。また写真だけは辛うじて残っているが、それが誰の写真なのか全くわからないものも多い。

戦後約80年が経過しホロコースト生存者らの高齢化も進み、多くの人が他界してしまった。当時の様子や真実を伝えられる人は近い将来にゼロになる。ホロコースト生存者は現在、世界で約24万人いる。現在、世界中の多くのホロコースト博物館、大学、ユダヤ機関がホロコースト生存者らの証言をデジタル化して後世に伝えようとしている。ホロコーストの当時の記憶と経験を自ら証言できる生存者らがいなくなると、「ホロコーストはなかった」という"ホロコースト否定論"が世界中に蔓延することによって「ホロコーストはなかった」という虚構がいつの間にか事実になってしまいかねない。いわゆる歴史修正主義だ。そのようなことをヤド・バシェム、ホロコースト博物館やユダヤ機関は懸念して、ホロコースト生存者が元気なうちに1つでも多くの経験や記憶を語ってもらいデジタル化している。

▼ワルシャワ・ゲットー蜂起の記憶と経験を伝えるホロコースト生存者らの証言動画(ヤド・バシェム)

ワルシャワ・ゲットー蜂起(ヤド・バシェム提供)
ワルシャワ・ゲットー蜂起(ヤド・バシェム提供)

ワルシャワ・ゲットー蜂起(ヤド・バシェム提供)
ワルシャワ・ゲットー蜂起(ヤド・バシェム提供)

学術研究員・著述家

グローバルガバナンスにおけるデジタルやメディアの果たす役割に関して研究。科学技術の発展とメディアの多様化によって世界は大きく進化してきました。それらが国際秩序をどう変化させたのか、また人間の行動と文化現象はどのように変容してきたのかを解明していきたいです。国際政治学(科学技術と戦争/平和・国家と人間の安全保障)歴史情報学(ホロコーストの記憶と表象のデジタル化)。修士(国際政治学)修士(社会デザイン学)。近著「情報通信アウトルック:ICTの浸透が変える未来」(NTT出版・共著)「情報通信アウトルック:ビッグデータが社会を変える」(同)「徹底研究!GAFA」(洋泉社・共著)など多数。

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