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映画「シンドラーのリスト」の舞台になったクラクフにゲットー建設されて82年:進む記憶のデジタル化

佐藤仁学術研究員・著述家
クラクフのゲットーのユダヤ人(ヤド・ヴァシェム提供)

第2次世界大戦時にナチスドイツによって約600万人のユダヤ人が殺害された、いわゆるホロコースト。1941年3月にポーランドのクラクフにユダヤ人を強制的に閉じ込めておくエリア、いわゆる「ゲットー」が建設された。2023年3月でクラクフゲットー建設82年目を迎える。ポーランド最大のゲットーは首都のワルシャワだったが、クラクフのゲットーは映画「シンドラーのリスト」の舞台になったこと、アウシュビッツ絶滅収容所からも近いことから有名になっている。

ユダヤ人らは今まで住んでいた場所から追いやられて規定の量の荷物だけを持ってゲットーに住まわされた。狭くて非衛生的な環境でチフスになって死んでいくユダヤ人も多かった。また食べ物も不十分で餓死する人々も多かった。そしてゲットーからほとんどがアウシュビッツ絶滅収容所や近隣の強制収容所などに移送されて処刑された。そのようなシーンは映画「シンドラーのリスト」にも多く登場する。そして「シンドラーのリスト」は欧米やイスラエルで行われているホロコースト教育では定番のコンテンツであり、多くの学生がホロコースト教育の授業で見たことがある。そのためホロコースト教育を受けた多くの人にとってユダヤ人のゲットーのイメージは映画「シンドラーのリスト」に登場したシーンである。

イスラエルにあるホロコースト犠牲者を追悼したヤド・ヴァシェムという博物館やアメリカのホロコースト博物館には、当時のクラクフのゲットーの様子を撮影した貴重な写真や動画がデジタル化されて保管されている。迫害されていたユダヤ人はカメラを没収されてしまっていたので写真や動画を撮影することはできなかった。そのため、ほとんどがナチスドイツの親衛隊や地元のポーランド人が撮影したもの。しかも戦争中や戦後にほとんどが廃棄されてしまったので、現在残っているのはかなり貴重な写真や動画である。イスラエルのヤド・ヴァシェムや米国ホロコースト博物館はそのような貴重な写真や動画をデジタル化して保管して、世界中に公開している。

▼米国ホロコースト博物館の公式SNSでクラクフのゲットーの動画を公開

イスラエルのヤド・ヴァシェムでは約480万人のホロコースト犠牲者のデータベースがあり、それらは世界中からネット経由で閲覧することもできる。約600万人のユダヤ人が殺害されたが、残りの120万人は名前が判明していない。第2次世界大戦が終結して75年以上が経過し、ホロコースト生存者の高齢化が進んできた。生存者が心身ともに健康なうちにホロコースト時代の経験や記憶を証言として動画で録画してネットで世界中から視聴してもらう「記憶のデジタル化」が進められている。このデータベース構築もホロコーストの記憶のデジタル化の取り組みの1つである。現在、ヤド・ヴァシェムだけでなく世界中の多くのホロコースト博物館、大学、ユダヤ機関がホロコースト生存者らの証言をデジタル化して後世に伝えようとしている。ホロコーストの当時の記憶と経験を自ら証言できる生存者らがいなくなると、「ホロコーストはなかった」という"ホロコースト否定論"が世界中に蔓延することによって「ホロコーストはなかった」という虚構がいつの間にか事実になってしまいかねない。いわゆる歴史修正主義だ。

ホロコースト犠牲者の身元確認とデータベース構築も進められているが、ナチスドイツによって完全に消失したユダヤ人集落などもあり、全ての犠牲者の名前や写真を収集してデータベースに格納することは難航している。ヤド・ヴァシェムにある480万人のデータベースのうち、写真もありパーソナルヒストリーもある犠牲者は少ない。

▼ポーランドでのユダヤ人の当時の様子を伝えるデジタル化された貴重な写真や動画(ヤド・ヴァシェム)

また、映画「シンドラーのリスト」の映画監督スティーブン・スピルバーグが寄付して創設された南カリフォルニア大学(USC)のショア財団ではホロコースト時代の生存者の証言のデジタル化やメディア化などの取組みを行っている。南カリフォルニア大学ではホログラムでの生存者とのインタラクティブな対話の技術開発にも積極的で、同大学ではこの取組みを「Dimensions in Testimony」プロジェクトと呼んでいる。ホロコースト生存者がホログラムや3Dで目の前に現れて、AIによってインタラクティブにホロコースト時代の体験について質問に答える仕組みだ。あたかも、目の前にホロコーストの生存者がいるように、質問に対してリアルタイムに答えてくれる。「ホロコースト時代をどう過ごしていたの?」などといった学生や見学者からの質問にホログラム化された生存者がリアルタイムに回答してくれる。アメリカや欧州のホロコースト博物館で導入されている。

▼「シンドラーのリスト」(1993年)トレーラー

▼「シンドラーのリスト」25周年アニバーサリー(2018年)トレーラー

▼クラクフのゲットーの写真を集めた世界ユダヤ人会議が製作した動画

学術研究員・著述家

グローバルガバナンスにおけるデジタルやメディアの果たす役割に関して研究。科学技術の発展とメディアの多様化によって世界は大きく進化してきました。それらが国際秩序をどう変化させたのか、また人間の行動と文化現象はどのように変容してきたのかを解明していきたいです。国際政治学(科学技術と戦争/平和・国家と人間の安全保障)歴史情報学(ホロコーストの記憶と表象のデジタル化)。修士(国際政治学)修士(社会デザイン学)。近著「情報通信アウトルック:ICTの浸透が変える未来」(NTT出版・共著)「情報通信アウトルック:ビッグデータが社会を変える」(同)「徹底研究!GAFA」(洋泉社・共著)など多数。

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