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ペルシャ人になりすましていたホロコーストのユダヤ人映画『ペルシャン・レッスン 戦場の教室』日本公開

佐藤仁学術研究員・著述家
CHYPE FILM, LM MEDIA,ONE TWO FILMS, 2020

第2次世界大戦時にナチスドイツが約600万人のユダヤ人やロマ、政治犯らを殺害した、いわゆるホロコースト。ホロコーストの生存者や当時の様子など実話に基づいていたり、ホロコーストをテーマにした映画やドラマは毎年欧米で制作されている。

2020年にはウクライナ出身のヴァディム・パールマン監督の映画『PERSIAN LESSONS』が公開された。そして2022年11月から『ペルシャン・レッスン 戦場の教室』というタイトルでkino cinema横浜みなとみらいなど全国で順次公開される。

ヴァディム・パールマン監督が短編小説から着想を得て映画化されたもので、ユダヤ人青年ジルが、ペルシャ人になりすまして強制収容所でナチスの将校に架空のペルシャ語を教えるということで処刑を免れていくというストーリー。

▼映画「PERSIAN LESSONS」オフィシャルトレーラー

ホロコースト映画と進む「ホロコーストの記憶のデジタル化」

ホロコーストを題材にした映画やドラマはほぼ毎年制作されている。今でも欧米では多くの人に観られているテーマで、多くの賞にノミネートもされている。日本では馴染みのないテーマなので収益にならないことや、残虐なシーンも多いことから配信されない映画やドラマも多い。たしかに見ていて気持ちよいものではない。

ホロコースト映画は史実を元にしたドキュメンタリーやノンフィクションなども多い。実在の人物でユダヤ人を工場で雇って結果としてユダヤ人を救ったシンドラー氏の話を元に1994年に公開された『シンドラーのリスト』やユダヤ系ポーランド人のピアニスト、ウワディスワフ・シュピルマン氏の体験を元にして制作され2002年に公開された『戦場のピアニスト』などが有名だ。史実を元にした映画は欧米やイスラエルではホロコースト教育の授業で視聴されることも多い。

一方で、フィクションで明らかに「作り話」といったホロコーストを題材にしたドラマや映画も多い。1997年に公開された『ライフ・イズ・ビューティフル』や2008年に公開された『縞模様のパジャマの少年』などはホロコースト時代の収容所が舞台になっているが、明らかにフィクションであることがわかり、実話ではない。実際にホロコースト時代にはユダヤ人がキリスト教徒やムスリムになりすましたりして生き延びた事例は多いが『PERSIAN LESSONS』(ペルシャン・レッスン 戦場の教室)も基本的にはフィクションである。

戦後75年が経ち、ホロコースト生存者らの高齢化が進み、記憶も体力も衰退しており、当時の様子や真実を伝えられる人は近い将来にゼロになる。ホロコースト生存者は現在、世界で約24万人いる。彼らは高齢にもかかわらず、ホロコーストの悲惨な歴史を伝えようと博物館や学校などで語り部として講演を行っている。当時の記憶や経験を後世に伝えようとしてホロコースト生存者らの証言を動画や3Dなどで記録して保存している、いわゆる記憶のデジタル化は積極的に進められている。デジタル化された証言や動画は欧米やイスラエルではホロコースト教育の教材としても活用されている。ホロコースト映画をクラスで視聴して議論やディベートなどを行ったり、レポートを書いている。そのためホロコースト映画の視聴には慣れている人も多く、成人になってからもホロコースト映画を観に行くという人も多い。またホロコースト時代の差別や迫害から懸命に生きようとするユダヤ人から生きる勇気をもらえるという理由でホロコースト映画をよく見るという大人も多い。

ホロコーストをテーマにした創造や物語のフィクション映画やドラマは、事実に基づかないシーンや空想、理想などのシーンも多い。例えば『ライフ・イズ・ビューティフル』のストーリーのようにユダヤ人の親子が一緒に絶滅収容所のバラックで暮らしながら、父親が強制労働に従事させられている時に息子が一人で隠れていたり、ドイツ兵の子供たちのパーティーに出るようなことは絶対になかった。このようなフィクションをホロコースト教育で使用すると映画の中のストーリーを事実だったと誤認されてしまうので、実話や生存者の経験を基にしたノンフィクションの方がホロコースト教育では用いられることが多い。

世界中の多くの人にとってホロコーストは本や映画、ドラマの世界の出来事であり、当時の様子を再現してイメージ形成をしているのは映画やドラマである。その映画やドラマがノンフィクションかフィクションかに関係なく、人々は映像とストーリーの中からホロコーストの記憶を印象付けることになる。

学術研究員・著述家

グローバルガバナンスにおけるデジタルやメディアの果たす役割に関して研究。科学技術の発展とメディアの多様化によって世界は大きく進化してきました。それらが国際秩序をどう変化させたのか、また人間の行動と文化現象はどのように変容してきたのかを解明していきたいです。国際政治学(科学技術と戦争/平和・国家と人間の安全保障)歴史情報学(ホロコーストの記憶と表象のデジタル化)。修士(国際政治学)修士(社会デザイン学)。近著「情報通信アウトルック:ICTの浸透が変える未来」(NTT出版・共著)「情報通信アウトルック:ビッグデータが社会を変える」(同)「徹底研究!GAFA」(洋泉社・共著)など多数。

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