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ホロコースト時代のチェコの強制収容所で描かれた真実を伝えるスケッチ:米国のユダヤ博物館で展示

佐藤仁学術研究員・著述家
(ミルウォーキーユダヤ博物館提供)

ナチスドイツの宣伝目的のために作られたテレジン強制収容所

第二次世界大戦の時に、ナチスドイツが支配下の欧州で約600万人のユダヤ人を殺害した、いわゆるホロコースト。ナチスドイツが占領したチェコのテレジエンシュタットではテレジン強制収容所が設置された。そしてユダヤ人だったエリック・リヒトブルア・レスキリー氏と妻のエルザ氏はテレジン強制収容所に移送された。エリック氏は収容所で絵を描く仕事を命じられていた。そして収容所でナチスドイツに隠れて描いていたスケッチ64作品が、米国ウィスコンシン州ミルウォーキーのユダヤ博物館で展示されている。

ナチスドイツは「テレジン強制収容所はユダヤ人の著名な音楽家、作家、芸術家、そして年配者たちが戦乱を免れるようにした場所である」と喧伝していた。ユダヤ人たちが戦争を逃れて、安全に暮らせる場所という策略の場所としていた。テレジンではユダヤ人が素晴らしい生活をしているという嘘を伝えるために、映画を作るようにユダヤ人映画監督クルト・ゲロン氏に命じて、映画の中では笑って楽しそうに暮らすように収容されていたユダヤ人らは演出させられ、映画撮影後には出演していた多くのユダヤ人がアウシュビッツ絶滅収容所に移送されて殺害された。

テレジン強制収容所はナチスの嘘の宣伝のために作られた収容所でもあったため、画家たちが収容所の中でナチスドイツから指示を受けて、ナチスドイツを喧伝するような絵画やスケッチを描かされていた。1978年にアメリカで放送されたメリル・ストリープ主演のテレビドラマ『ホロコースト:戦争と家族』の中でもテレジン強制収容所でジェームズ・ウッズが演じたユダヤ人青年がナチスドイツの指示で絵画を描きながら、隠れて強制収容所の実態を伝えるための絵を描いて隠しておくシーンがあった。

隠れて描いていたスケッチ、妻が床下に隠しておく

そして、このテレジン強制収容所でエリック氏もナチスドイツの指示で絵を描かされていながら、ナチスドイツに隠れて収容所の様子を伝えるためのスケッチやカリカチュアを隠れて描いていた。

エリック氏がテレジン強制収容所で描いていたスケッチと、彼が戦後にイスラエルで描いたスケッチがアメリカのウィスコンシン州ミルウォーキーのユダヤ博物館で展示されている。ユダヤ博物館のモリー・ドゥビン氏は「これらのスケッチは彼の周辺で起こっていることを伝えるために記録するという点で、彼にとってライフラインだったのでしょう」と語っている。1944年にテレジン強制収容所で隠れて囚人らが描いていたスケッチや絵画などがナチスドイツに発見されてしまい、描いていた人らの多くが罰せられて、絶滅収容所に移送され殺害された。ナチスドイツが宣伝用の絵画などをユダヤ人画家らに描かせていたので、収容所とはいえ絵具や紙などの材料は揃っていた。そのためエリック氏が収容所で描いていたスケッチも本格的である。

エリック氏が描いていたスケッチは妻のエルザ氏が断裁して収容所の床の下に隠していた。エリック氏もエルザ氏もホロコーストを生き延びて、エリック氏は戦後の1970年代から80年代にかけて、テレジン強制収容所で描いていたスケッチを元にした絵も描いていた。

ホロコースト生存者ら歴史を伝える記憶のデジタル化

戦後70年以上が経過しホロコースト生存者らの高齢化も進み、多くの人が他界してしまった。当時の記憶や経験を後世に伝えようとしてホロコースト生存者らの証言を動画や3Dなどで記録して保存している、いわゆる記憶のデジタル化は積極的に進められている。また、ホロコーストの犠牲者の遺品やメモ、生存者らが所有していたホロコースト時代の物の多くは、家族らがホロコースト博物館などに寄付している。

欧米では主要都市のほとんどにホロコースト博物館やユダヤ博物館があり、ホロコーストに関する様々な物品が展示されている。そして、それらの多くはデジタル化されて世界中からオンラインで閲覧が可能であり、研究者やホロコースト教育に活用されている。いわゆる記憶のデジタル化の一環であり、後世にホロコーストの歴史を伝えることに貢献している。今回のスケッチもホロコースト研究にとっては当時の様子を知ることができる貴重な作品である。

▼1943年にテレジン強制収容所で描かれたオリジナルスケッチ「The New Order Service」

(ミルウォーキーユダヤ博物館提供)
(ミルウォーキーユダヤ博物館提供)

▼オリジナルを元に1970年代~80年代頃にイスラエルで描かれた作品

(ミルウォーキーユダヤ博物館提供)
(ミルウォーキーユダヤ博物館提供)

▼1943年にテレジン強制収容所で描かれたオリジナルスケッチ「You Can See Right into the Stomach」

(ミルウォーキーユダヤ博物館提供)
(ミルウォーキーユダヤ博物館提供)

▼オリジナルを元に1970年代~80年代頃にイスラエルで描かれた作品

(ミルウォーキーユダヤ博物館提供)
(ミルウォーキーユダヤ博物館提供)

▼1943年にテレジン強制収容所で描かれたオリジナルスケッチ「Terezinka」

(ミルウォーキーユダヤ博物館提供)
(ミルウォーキーユダヤ博物館提供)

▼オリジナルを元に1970年代~80年代頃にイスラエルで書かれた作品

(ミルウォーキーユダヤ博物館提供)
(ミルウォーキーユダヤ博物館提供)

学術研究員・著述家

グローバルガバナンスにおけるデジタルやメディアの果たす役割に関して研究。科学技術の発展とメディアの多様化によって世界は大きく進化してきました。それらが国際秩序をどう変化させたのか、また人間の行動と文化現象はどのように変容してきたのかを解明していきたいです。国際政治学(科学技術と戦争/平和・国家と人間の安全保障)歴史情報学(ホロコーストの記憶と表象のデジタル化)。修士(国際政治学)修士(社会デザイン学)。近著「情報通信アウトルック:ICTの浸透が変える未来」(NTT出版・共著)「情報通信アウトルック:ビッグデータが社会を変える」(同)「徹底研究!GAFA」(洋泉社・共著)など多数。

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