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有給休暇改革が必要

佐々木亮弁護士・日本労働弁護団幹事長
バカンスの一風景(写真:アフロ)

悪質な「有給チャンス」

 すっかり話題になったジャパンビバレッジの有給チャンス

 あまりの酷さと、妙にキャッチーな有給チャンスという言葉があいまって、一気に広まりました。

 この、上司が出したクイズに正解しないと有給休暇が取れないとする悪業は、ブラック企業ユニオンによって白日の下にさらされました。

 労働者をおもちゃにするこのやり方は言語道断で、酌量の余地はありません。大いに批判されるべきだと思います。

 なお、有給チャンスの告発の背景は今野さんの記事が詳しいです。

ジャパンビバレッジ「有給チャンス」事件 「告発」の背景(今野晴貴)

有給休暇って?

 さて、この騒動の背景には、有給休暇をとれない・とらせないという事情があるようです。

 そういえば、有給休暇については、つい最近この記事も話題になりました。

年度途中で辞めても「有給休暇」は全部もらえる 会社を一蹴したツイッター民が話題

 これが話題になるくらい、有給休暇については正しい知識があまり広まっていないことが分かります。

 また、先の通常国会で成立した働き方改革関連法の中にも、有給休暇の5日強制取得制度が入りました。

 たった5日ですが、それさえ法で強制しないとだめなのか・・という現状が垣間見えます。

法律で決められている

 労働者は、働き出して6か月の間8割以上勤務すれば、10日間の有給休暇をゲットできます。

 これは法律で決められています。

 もちろん、法律での定めは最低基準ですので、これより労働者に有利な定めをすることはOKです。

 たとえば、働き出して6か月経っていない労働者に有給休暇を与えても無問題です。

 そして、さらに1年(通算1年6か月)働くと11日、さらに1年働くと12日、さらに1年働くと13日と、だんだんと付与される日数が増え、最大で20日になります。

 これも法律の定め(最低基準)ですので、これより労働者に有利な制度を設けることは全く問題ありません。

パート労働者でも有給休暇はある

 

 また、有給休暇は労働者であれば誰でも持てる権利です。

 正社員に限らず、有期雇用の契約社員、パート社員、アルバイト、嘱託社員などでも付与されます。

 パートの場合は、勤務日数などによって付与日数が変わってきます(詳しくはこちら)。

有休取得に理由は要らない

 これも常識ですが、有給休暇には理由は要りません

 もし有給休暇申請書に「理由」を書かせる書式となっている場合でも、書く必要はありません。

 有給休暇は労働者の権利なので、理由は何でもいいのです。なので、書かせる必要がそもそもありません。

有給休暇の取得の現状

 さて、与えられた有給休暇ですが、使わないと意味がありません。

 現在の実務では、2年で有給休暇は消滅する運用が定着しているため、使わないままでいると消えてしまいます

 実際、どれくらい使われているかというと、次の通りだいたい半分くらい、という結果があります。

 平成 28 年(又は平成 27 会計年度)1年間に企業が付与した年次有給休暇日数(繰越日数を除く。)は労働者1人平均 18.2 日(前年 18.1 日)、そのうち労働者が取得した日数は 9.0日(同 8.8 日)で、取得率は 49.4%(同 48.7%)となっている。

出典:平成 29 年就労条件総合調査の概況

 与えられた有給休暇の日数の平均が18.2日で、取得したのが9.0日ということで、取得率は49.4%ということのようです。

 この取得率を企業規模別にみると、やはり大企業の方が率が高いようです。

 取得率を企業規模別にみると、

 1,000 人以上が 55.3%(同 54.7%)、

 300~999 人が 48.0%(同 47.1%)、

 100~299 人が 46.5%(同 44.8%)、

 30~99 人が 43.8%(同 43.7%)

となっている。

出典:同前(読みやすいよう改行した)

 長期の統計だと、次の通りで、取得率は90年代のほうがよかったことがわかります。

http://www.jil.go.jp/kokunai/statistics/timeseries/html/g0504.htmlより
http://www.jil.go.jp/kokunai/statistics/timeseries/html/g0504.htmlより

この取得率、どう思います?

 さて、どうでしょうか? この取得率。

 「おお、意外と取れているな」

 「うちの会社と比べると半分も取れるのうらやましい」

と思うでしょうか?

世界の中では・・・

 ここで世界と日本を比べてみましょう。

2014年9月26日、内閣府「休み方改革ワーキンググループ(第1回)」で配布された資料より
2014年9月26日、内閣府「休み方改革ワーキンググループ(第1回)」で配布された資料より

 これは休み方改革ワーキンググループという会合で配られた資料にあったものですが、日本の有給休暇取得率がめっちゃ低いことが分かります。

 半分くらいとれるんだからけっこういいじゃん、と思ったかもしれませんが、世界標準からすると異常な低さということが分かります。

なんで全部消化しないの?

 しかし、なんでこんなに低いんだろう? という疑問が次にわいてきます。

 その調査がちょっと古いですが、2011年に行われています(労働政策研究・研修機構「年次有給休暇の取得に関する調査」)。

 そこでは、有給休暇を取り残す理由を調査しています。

 調査の方法は項目を挙げて「そう思う」「どちらかといえばそう思う」「どちらとも言えない」「どちらかといえばそう思わない」「そう思わない」を選択するもので、「そう思う」「どちらかといえばそう思う」の合計で順位をつけています。

 それによると1~5位は次の通りです。

 1位「病気や急な用事のために残しておく必要があるから」 64.6%

 2位「休むと職場の他の人に迷惑になるから」 60.2%

 3位「仕事量が多すぎて休んでいる余裕がないから」52.7%

 4位「休みの間仕事を引き継いでくれる人がいないから」 46.9%

 5位「職場の周囲の人が取らないので年休が取りにくいから」 42.2%

 これを見ると、3位~4位は業務量や人員数が原因であることがわかります。

 2位と5位は、有給休暇を取りにくい「空気」「雰囲気」が醸成されていることが原因かと思われます。

病気のために有休を取っておくという現象

 

 問題は1位です。

 「病気や急な用事のために残しておく必要があるから」

 このために有給休暇が取れないというのは、なんとも本来の有給休暇の在り方と矛盾しています。

 本来、有給休暇はまとめてドバっと取得して、労働者がスカッとリフレッシュするためのものです(少なくともそれを理想とする制度です)。

 欧米などで、バカンスを2週間くらいとっている労働者がいますが、そういう休み方が本来の有給休暇の「狙い」でした。

 ところが、日本ではいつの間にかそれが変容して、病気とか、急な用事のときに使うもののようになり、時間単位でとるという発想まで出てきたのです。

病気休暇制度の創設を

 では、どうすれば、「病気や急な用事のために残しておく必要があるから」という理由で有給休暇の取り控えを防ぎつつ、有給休暇の本来の趣旨を回復できるでしょうか?

 1つの提案は、現在の有給休暇制度とは別に、法律によって有給の病気休暇制度を創ることです。

 突発的な体調不良による病欠や、さらには子どもの病気や家族の介護といった突発的な理由についても利用できる有給の休暇制度を創設して、労働者が安心して有給休暇を全て取得することができるようにするのがいいと思います。

  

 このほか、使用者に、労働者に有給休暇を全部消化させる義務を課すなどもありますが、現行制度から大転換となるので、すぐに実現するのは難しいかもしれません。

 いずれにしても、有給休暇については、働き方改革関連法で5日の取得義務を使用者に課したにとどまっていますが、これで「働き方改革」が達成されたと思う人はいないでしょう。

 政府も「働き方改革」を謳うならば、有給休暇の取得率向上のために、上記のような病気休暇制度を創設する検討をしてはどうでしょうか。

 有給チャンスのような悪質な事態が起きている今こそ、有給休暇改革が求められていると思います。

(参考)日本労働弁護団「賃金等請求権の消滅時効及び有給休暇の取得促進に関する意見書」

弁護士・日本労働弁護団幹事長

弁護士(東京弁護士会)。旬報法律事務所所属。日本労働弁護団幹事長(2022年11月に就任しました)。ブラック企業被害対策弁護団顧問(2021年11月に代表退任しました)。民事事件を中心に仕事をしています。労働事件は労働者側のみ。労働組合の顧問もやってますので、気軽にご相談ください! ここでは、労働問題に絡んだニュースや、一番身近な法律問題である「労働」について、できるだけ分かりやすく解説していきます!2021年3月、KADOKAWAから「武器としての労働法」を出版しました。

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