Yahoo!ニュース

「残業代ゼロ」法案(定額¥働かせ放題)推進派との議論で見えてきたこと その2

佐々木亮弁護士・日本労働弁護団幹事長

さて、続きです。

再び、最初のフリップを見てみましょう。

BS11 報道ライブ21 INsideOUT 3月3日放送より
BS11 報道ライブ21 INsideOUT 3月3日放送より

対象は拡大される

この「対象」についてです。

私は、対象は拡大されると指摘しました。

番組では、根拠を示す時間がありませんでしたが、根拠はいろいろあります。

この点、八代教授もご自身の意見として、今回の法案が対象にしている範囲は狭いとのご意見のようでした。

私が対象が拡大されると考える理由の第一は、

経団連が満足するはずがない

と思うからです。

与党に対しとても強い政治的影響力をもつ経団連。

その2005年のレポートがあります。

そこには次の記載があります。

当該年における年収の額が 400万円(又は全労働者の平均給与所得)以上であること。

出典:ホワイトカラーエグゼンプションに関する提言

そうです。

経団連の提言では年収400万円以上

の労働者が残業代ゼロの対象となっています。

なお、最近も榊原経団連会長が「あまり限定せず、対象職種を広げる形で制度化を期待したい」と発言しています。

残業代ゼロ「対象限定せず制度化を」 経団連会長が強調

また、報告書(建議)にも、対象者をもっと幅広く!という使用者側の本音が記載されています。

なお、使用者代表委員から、高度プロフェッショナル制度は、経済活力の源泉であるイノベーションとグローバリゼーションを担う高い専門能力を有する労働者に対し、健康・福祉確保措置を講じつつ、メリハリのある効率的な働き方を実現するなど、多様な働き方の選択肢を用意するものである。労働者の一層の能力発揮と生産性の向上を通じた企業の競争力とわが国経済の持続的発展に繋がることが期待でき、幅広い労働者が対象となることが望ましいとの意見があった。

出典:今後の労働時間法制等の在り方について(報告)

まぁ、最大の圧力団体がこの意見ですから、いったん制度ができれば早晩、これを広げようとする力が強まるのは、誰でも分かるでしょうね。

他の理由としては、少しだけ番組でも言及しましたが、

小さく産んで大きく育った派遣法の前例

があります。

これも根拠となるでしょう。

初めは例外的な場合だけ派遣可能だったのに、今では派遣禁止業務以外は派遣可能ですからね。

原則と例外が完全に逆転しています。

今回の制度もいったんできれば、残業代が出ることが「例外」になってしまう世の中になるかもしれません。

【参考記事】

<残業代ゼロ・過労死促進法案>他人事ではない!~年収1075万円は絶対に下げられる5つの理由

残業をするのは残業代狙いのダラダラ残業が原因か?

さて、ここで八代教授の残業代ゼロ法案のメリットを示したフリップをもう一度見てみましょう。

BS11 報道ライブ21 INsideOUT 3月3日放送より
BS11 報道ライブ21 INsideOUT 3月3日放送より

八代教授は、ここで2番目に「残業代を稼ぐためにダラダラと働く必要がない」と指摘しています。

さて、ここで2つの調査を見てみましょう。

まず、東京都が実施した「中小企業等労働条件実態調査」(2008年)です。

この調査結果では、時間外労働を行う主な理由はつぎのとおりです。

1位「業務量が多い」(40.4%)

2位「自分の仕事をきちんと仕上げたい」(35.9%)

3位「所定外でないとできない仕事がある」(17.7%)

4位「人員が不足している」(16.2%)

これに対し「収入を確保する」は、8位で3.9%です。

八代教授の指摘するダラダラ残業なるものは、せいぜいこの程度です。

さらに、独立行政法人 労働政策研究・研修機構「仕事特性・個人特性と労働時間」調査結果(2010年12月7日)を見てみましょう。

この調査では、管理職と非管理職とで分けて調査をしています。

これによれば、所定労働時間を超えて働く理由は以下の通りです。

1位 管理職・非管理職ともに「仕事量が多いから」

(管理職63.9%、非管理職62.5%)

2位 管理職・非管理職ともに「予定外の仕事が突発的に飛び込んでくるから」

(管理職36.0%、非管理職31.2%)

3位 管理職「自分の仕事をきちんと仕上げたいから」(30.9%)

非管理職は「人手不足だから」(30.2%)

他方、「残業手当や休日手当を増やしたいから」は、管理職で0.1%、非管理職で3.9%です。

八代教授のいうダラダラ残業は、ゼロとは言いませんが、極わずかであると言っていいでしょう。

にもかかわらず、八代教授は何度もダラダラ残業なるものがあるという点を強調していました。

しかし、データに裏付けられたものではないのです。

まるでダラダラ残業が日本で社会問題になっているかのような言い分なのですが、現実はそんなことは全くありません。

むしろ、過労死や過労自死、過労による精神疾患こそ、社会問題と言っていいでしょう。

ダラダラ残業は、職場にそれをしている人がいるとインパクトのある事象だと思います。

しかし、法律を変えて対応するような大げさなものではなく、企業が適切な時間管理をすることで対処できます。

このあたりを持ち出すところが、ちょっと小狡い感じが否めません。

(その3へ続く)

「残業代ゼロ」法案(定額¥働かせ放題)推進派との議論で見えてきたこと その3

弁護士・日本労働弁護団幹事長

弁護士(東京弁護士会)。旬報法律事務所所属。日本労働弁護団幹事長(2022年11月に就任しました)。ブラック企業被害対策弁護団顧問(2021年11月に代表退任しました)。民事事件を中心に仕事をしています。労働事件は労働者側のみ。労働組合の顧問もやってますので、気軽にご相談ください! ここでは、労働問題に絡んだニュースや、一番身近な法律問題である「労働」について、できるだけ分かりやすく解説していきます!2021年3月、KADOKAWAから「武器としての労働法」を出版しました。

佐々木亮の最近の記事