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注目度ではトップクラス「ちむどんどん」は新型の朝ドラ?

境治コピーライター/メディアコンサルタント

朝ドラ始まって以来の酷評を浴びる「ちむどんどん」

過去にもいくつか酷評された朝ドラはあった。だがここまで日々酷評されたものもないだろう。現在放送中の「ちむどんどん」だ。

筆者も毎日、呆れたり憤ったりしている。個々のキャラクターが見てられないほど苛立つのだ。主人公の暢子は勤めているイタリア料理店のオーナーに「料理しないのに文句ばかり言う」と料理対決を挑む。その夫となる和彦は元々恋人だった愛と暢子の間をふらふら。姉の良子は気が強すぎて非常識な行動に出る。逆に妹の歌子は気が弱すぎてイラつく。

中でも兄の賢秀がひどい。一攫千金を狙って騙されては暴れ、周りに迷惑ばかりかけるのに一向に反省しない。そんな子どもたちをちっとも叱らない母・優子も腹立たしい。

Twitterでは「#ちむどんどん反省会」のハッシュタグが立ち、終わったらすぐ同じように腹を立てた人々のツイートを読んでうんうんとうなずく日々だ。

実際、特に賢秀の言動はこれまでの朝ドラにない次元の怒りを感じる。ハンバーガー屋の店内を破壊しまくった回ははっきり不愉快になった。主人公をあたたかく見守るのが朝ドラの家族だったが、その常識を突き破るキャラだ。彼が何かしでかすたびに「#ちむどんどん反省会」が盛り上がる。

ただ、このところネットメディアでの批判記事が続々出てきた。批判するために誤った情報を載せた記事も出ていて辟易する。正直、叩きすぎだ。ドラマにも腹を立ててきたが、叩くためだけの筋違い記事にはもっと腹が立つ。「ちむどんどん」を擁護したい気持ちも湧いてきた。

視聴率は特段悪くはない

いちばん気になるのが記事の中での視聴率についてだ。「視聴率も下がってきた」と書かれたものを見かけるが、実際にはさほど悪い視聴率ではない。

そもそも朝ドラの視聴率はもっと前から下がってきており、「ちむどんどん」だけが低いわけではないのだ。ここ数年の朝ドラの平均視聴率をビデオリサーチのWEBサイトで調べて表にしてみた。

ビデオリサーチ社のデータをもとに筆者が表作成
ビデオリサーチ社のデータをもとに筆者が表作成

それまで20%前後で推移していたのが、2020年の「おちょやん」から明らかに水準が下がっている。よく「ちむどんどん」の引き合いに出る「カムカムエブリバディ」も20%にはほど遠い。ビデオリサーチ社のWEBサイトでわかる「ちむどんどん」の最新の視聴率は8月12日の16.5%だ。その前も、およそ同水準の視聴率で前の3作とさほど変わらない。

そもそも視聴率全体がコロナを境に下がっている。

民放5局とNHKを合わせた個人視聴率の総計は2020年にコロナ禍初期の巣ごもり生活により上がった。だが、それ以降急減している。テレビ放送の視聴率全体が急減する中、朝ドラも同じ傾向で下がっているだけなのだ。「ちむどんどん」は脚本が良くないから「カムカムエブリバディ」に比べて視聴率が下がっている、という認識は完全な誤りだ。

注目度はむしろ高い「ちむどんどん」

ここで面白いデータを見てもらおう。TVISION INSIGHTSという会社が出している、番組の「注目度」だ。同社の説明によると「テレビの前にいる人のうち、テレビ画面に視線を向けていた人の割合」を示す数値で、それだけその番組を一所懸命見ていると言える。

同社は毎週、全番組の注目度ランキングベスト10を発表している。

例えば、8月の個人全体のランキングを週ごとに書き出すと・・・

8月1日〜7日

1:NHK 8/7(日) 20:00 鎌倉殿の13人 71.6%

2:NHK 8/4(木) 08:00【連続テレビ小説】ちむどんどん69.4%

3:日本テレビ 8/6(土) 19:00 嗚呼!!みんなの動物園 68.5%

4:テレビ朝日 8/7(日) 19:58 ポツンと一軒家 66.7%

5:テレビ朝日 8/4(木) 21:00 六本木クラス 66.7%

8月8日〜14日

1:NHK 8/14(日) 20:00 鎌倉殿の13人 77.4%

2:TBS 8/14(日) 21:00 日曜劇場「オールドルーキー」 69.5%

3:NHK 8/11(木) 08:00 【連続テレビ小説】ちむどんどん 69.5%

4:NHK 8/14(日) 21:00 NHKスペシャル 68.5%

5:テレビ東京 8/10(水) 21:00家、ついて行ってイイですか?65.7%

8月15日〜21日

1:NHK 8/21(日) 20:00 鎌倉殿の13人 71.4%

2:TBS 8/16(火) 22:00火曜ドラマ「ユニコーンに乗って」68.8%

3:TBS 8/21(日) 22:00 日曜日の初耳学 68.7%

4:NHK 8/17(水) 08:00【連続テレビ小説】ちむどんどん 67.8%

5:TBS 8/21(日) 21:00 日曜劇場「オールドルーキー」67.0%

「ちむどんどん」は必ずベスト5に入っている。「鎌倉殿の13人」が毎回トップだが、その次のポジションにつけているのだ。「ちむどんどん」は他の番組に比べてずっと一所懸命に見られている。

つまり「ちむどんどん」は「今のはひどい」「なんだこの展開」などとみんなが不満を言いながら熱心に視聴するから視聴率は下がってないし、Twitterで不満を言い合って大いに盛り上がっている。結果的には、人気番組だと言っていいのだ。

登場人物たちがそれぞれ特異なキャラで何をしでかすかわからない。見てられないからこそ見てしまう。これは、朝ドラの新しい見方なのかもしれない。

その結果、NHKプラスやオンデマンドに多くの人を呼び寄せたそうだ。良子の夫、博夫を演じる山田裕貴のInstagramアカウントでNHKデジタルセンター長からの表彰状の写真が見られる。

きっと、毎日のようにTwitterで「#ちむどんどん反省会」が盛り上がっているので、視聴習慣のなかった人が興味を持ちネットで見ているのだ。さすがにそこまで計算したわけではないだろうが、それを知ると「ちむどんどん」の常識はずれのキャラクターはネットでの話題を狙ったものではないかと考えたくなる。そうじゃないと「マッサン」などの名作を生んだ脚本家・羽原大介氏が、こういう脚本を書くわけがないのではないか。「ちむどんどん」は朝ドラ視聴率低下の中、新しい方向性を探る懸命な模索の結晶なのかもしれない。そうだとしてもキャラクターたちには腹が立つが。

テレビ視聴への集中力が失われている

ところでTVISION INSIGHTSからもう一つ、興味深いデータをもらった。同社は先ほどの「注目度」とは別に、「専念視聴度」という数値も計測している。計算方法は違うが同様に番組を注視している度合いを示すもの。これを2017年の「ひよっこ」以降の朝ドラで比較したグラフだ。

グラフ提供:TVISION INSIGHTS社
グラフ提供:TVISION INSIGHTS社

ここでも「ちむどんどん」は前作、前々作と比べて劣らないのがわかる。数値で言うと「おかえりモネ 1.06」「カムカムエブリバディ 1.07」に対し「ちむどんどん 1.08」でわずかだが高いのだ。

ただ視聴率同様「おちょやん」以降水準が大きく下がっているのが気になる。

同社が言うには、高齢層の女性が急速にスマホを持ったため、”ながら視聴”で専念度が下がったせいかもしれないそうだ。ただこれは推測であり、証明はできないとも言っていた。

だが筆者は自分でも感じる。スマホを見ながらテレビを見るのが習慣となってしまい、前よりもテレビへの集中力が落ちている。ヘタをするとちゃんと見ていたはずの番組の内容が頭に入っていない。

テレビはいま集中して見るものではなくなりつつあるのかもしれない。だとしたら視聴率の低下より問題だ。「ちむどんどん」の見ていられないキャラ設定が試行錯誤の一つであるなら、今後のドラマはもっと様々なトライを迫られていると言えそうだ。

いろいろと分析したが、筆者は決して「ちむどんどんを悪く言うのをやめよう」と言いたいわけではない。けなすだけのために書かれた記事には辟易するが「#ちむどんどん反省会」は最後の1ヶ月、さらに盛り上がって欲しい。9月も毎日このハッシュタグで暢子や賢秀らへの腹立ちを共有しよう!それがこの半年で我々が見出した、朝ドラの新たな楽しみ方なのだから。

コピーライター/メディアコンサルタント

1962年福岡市生まれ。東京大学卒業後、広告会社I&Sに入社しコピーライターになり、93年からフリーランスとして活動。その後、映像制作会社ロボット、ビデオプロモーションに勤務したのち、2013年から再びフリーランスとなり、メディアコンサルタントとして活動中。有料マガジン「テレビとネットの横断業界誌 MediaBorder」発行。著書「拡張するテレビ-広告と動画とコンテンツビジネスの未来」宣伝会議社刊 「爆発的ヒットは”想い”から生まれる」大和書房刊 新著「嫌われモノの広告は再生するか」イーストプレス刊 TVメタデータを作成する株式会社エム・データ顧問研究員

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