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新BSの前途多難、いちばん見られたのはなぜか野球?

境治コピーライター/メディアコンサルタント
テレビの番組表画面(撮影:筆者)

開局した新BS、盛り上がったように見えたが・・・

3月下旬から新しいBS放送が始まった。3月21日放送開始のBSよしもと、26日からのBS松竹東急、27日スタートのBSJapanextだ。BSよしもとは全国で活躍する吉本興業の「住みます芸人」を軸に、地域活性化のためにバラエティやニュースを届けるチャンネル。BS松竹東急は松竹と東急が関わってきた映画やドラマ、歌舞伎や舞台など様々なエンターテインメントを放送する。BSJapanextは通販会社ジャパネットのノウハウを生かした地域情報番組をメインにしながら、地上波で終了した「パネルクイズアタック25」を復活させるなどバラエティにも力を入れるという。

それぞれコンセプトが明確で面白そうではある。だが、今配信サービスが勢いを増し、「放送」の形態は分が悪いように思える。鳴り物入りの開局はどれくらい盛り上がっただろう。

そこでこの3局の視聴データをインテージ社に出してもらった。同社はスマートテレビのリアルな視聴データを収集し分析している。MediaGaugeTVという約350万台のテレビ端末の調査パネルでの3局の視聴台数を、日本の全テレビ台数の推計値をもとに拡大推計したものだ。つまり日本のテレビの何台が3局を視聴したかを推計している。

まず21日のBSよしもとの開局から28日までのデータを見てみよう。

インテージ社作成のグラフに筆者加筆
インテージ社作成のグラフに筆者加筆

21日12時の開局時点では25,000を超え30,000近くまで視聴台数が伸びた。だがその後は10,000を超えることはなく数千で行き来していた。それが25日26日に、謎の山ができている。

そこで25日のみのグラフを見よう。

インテージ社作成のグラフに筆者加筆
インテージ社作成のグラフに筆者加筆

25日は18時ごろから急増し、ピーク時には140,000に届くかの勢い。22時台まで盛り上がりが続いた。

そして翌26日。

インテージ社作成のグラフに筆者加筆
インテージ社作成のグラフに筆者加筆

13時ごろから盛り上がりはじめ、ピーク時には100,000を超えて17時台まで続いた。この日はBS松竹東急が19時に開局し、23時台までに20,000近くまで上がった。

さらに翌27日のグラフを見よう。

12時にBSJapanextが開局しピーク時には40,000を超えた。3局が揃って、新BSがそれぞれ万単位の視聴台数を獲得し盛り上がった。

ところが28日月曜日になるとこうなった。

対比しやすいよう、一つ前のグラフと目盛を合わせてある。27日に万単位だった視聴台数が、1万以下に急減してしまい最大でも7,000以下。3つの開局で盛り上がったように思えた新BSが平日になると寂しい視聴台数になってしまった。

そもそも視聴台数が異様なほど突き出た25日と26日のBSよしもとは何だったのか。番組表で調べると、25日は17:45から、26日は13:45から「よしもとBASEBALL」のタイトルで福岡ソフトバンクと北海道日本ハムのプロ野球開幕試合を中継したのだ。お笑い芸人が活躍するであろうBSよしもとチャンネルで突き抜けた視聴台数を獲得したのは、プロ野球中継だった。

そのおかげで開局週は盛り上がったものの、平日になると桁が変わるほど視聴台数が減ってしまった。

さらにその後のデータも見てもらいたい。吉本興業は創業110周年を祝って4月2日と3日に「伝説の一日」と題した記念公演を開催した。なんばグランド花月でダウンタウンが漫才を披露しニュースになっている。BSよしもとでは「伝説の(裏)一日」としてこの2日間、所属芸人たちが続々登場。ここは盛り上がったのではとデータを見てみた。

3月29日から4月3日までのグラフだ。「伝説の(裏)一日」は平日よりずっと盛り上がったものの、ピーク時で25,000を超える水準。意外にBSJapanextに4月3日に大きな山ができているのは、「パネルクイズアタック25next」で35,000と大健闘したからだ。ただいずれも、25日26日の野球中継には及ばない。

放送は生活習慣と結びついたものなので、簡単に根づくわけでもないだろう。だがここまでを見ると厳しいスタートと言えそうだ。千単位の視聴台数では「放送」を始めた意義があるのかと考えてしまう。

視聴方法に大きな課題

実は新BSはそもそも視聴のハードルが高い。まず、探しにくいのだ。

既存のBSチャンネルも、ここまでかなり苦労してきた。民放系のBSチャンネルは2000年に開局してから視聴獲得に苦慮し、2010年台になってようやくビジネスと言える規模になった。

地デジ化を機に多くの世帯でBSが視聴しやすい環境になったのは大きい。だが、視聴できても簡単に習慣的に見るようにはならない。リモコンのBSボタンを押す壁は意外に高かった。そもそも何曜日何時にどのチャンネルで何を放送しているか、知らないとボタンを押さないだろう。

さらに2010年台に入りBSは混雑しはじめた。新しいチャンネルが次々に開局したのだ。

BSボタンを押して、まあまあ親しみがあるNHKや民放BSの先にはBSイレブンにトウェルビ、WOWOWがあってさらに有料BSが並ぶ、さらに先に行くとようやく新BS3局が現れる。これでは、もし一度見てくれたとしても、また見ようという時にどうやってたどり着けるか思い出せない人も多いだろう。

そしてもっと大きな問題がある。日本にはケーブルテレビ経由でテレビ視聴をする世帯が意外に多い。そういう世帯ではBS放送をケーブルテレビ局が提供するSTBで見ることになる。(ケーブル世帯でもSTBを介さずBSを視聴できる世帯もあるがまだ少ない)

ところがすべてのケーブルテレビが新BSをSTBで視聴できる状態にしているわけではないようなのだ。事業者同士の交渉が必要になるし、ケーブルテレビの会社からすると設備の追加費用も必要になる。ある程度、視聴ニーズが見込めないと踏み出しにくい。

ただでさえBSチャンネルの並びの奥にある新BSだが、そもそも視聴できない世帯も結構ある。前途多難であるのも仕方ないのだ。

突破口はネット配信にある?

ただ、新しい放送局だけに新しい取り組みに最初から挑戦できるのは利点だ。BSよしもとは開局と同時にネットでの配信もスタートさせた。

「BSよしもと動画配信」では放送中の番組をそのまま同時にネットで配信している。またすべてではないが番組はアーカイブ化され放送後に見ることも可能だ。

BSよしもとの画面にはこの配信サイトにQRコードでスマホでダイレクトにアクセスできる。先ほど一度見た人がたどり着けるか思い出せないと書いたが、次はスマホで見ればいいのかもしれない。

BSよしもとの画面を筆者撮影
BSよしもとの画面を筆者撮影

地上波局ではNHKも民放も、今になって同時配信+見逃し配信に躍起だが、最初からセットでスタートさせたのはさすがだ。

ただ、先述のBS放送のアクセスしにくさを考えると、ネットだけでもよかった気もするが。

このBSよしもとは果たして収益化できるのか?吉本興業の大崎洋会長は、朝日新聞のインタビューにこう答えている。

本音をいうと爆発的にもうけたいんやけどね(笑)。でも、どう考えても現時点ではもうける術(すべ)がない。ほんまにぶっちゃけて言うと、「まあなんとか赤字にならんように回していけたらな」、というところ。でも、チャレンジとしては面白いと思ってますよ。(朝日新聞デジタル:4月2日)

本音か冗談かわからない言い方が吉本らしい。ただ、最後に「チャレンジ」とあるように、挑戦してみたかったということだろうし、それは3局とも同じだろう。前途多難ではあるものの、この挑戦をみなさんも見守ってみてはどうだろう。

コピーライター/メディアコンサルタント

1962年福岡市生まれ。東京大学卒業後、広告会社I&Sに入社しコピーライターになり、93年からフリーランスとして活動。その後、映像制作会社ロボット、ビデオプロモーションに勤務したのち、2013年から再びフリーランスとなり、メディアコンサルタントとして活動中。有料マガジン「テレビとネットの横断業界誌 MediaBorder」発行。著書「拡張するテレビ-広告と動画とコンテンツビジネスの未来」宣伝会議社刊 「爆発的ヒットは”想い”から生まれる」大和書房刊 新著「嫌われモノの広告は再生するか」イーストプレス刊 TVメタデータを作成する株式会社エム・データ顧問研究員

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