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ドラマ『博多弁の女の子はかわいいと思いませんか?』はすべての地方出身者にエールをくれる

境治コピーライター/メディアコンサルタント
画像提供:FBS福岡放送

福岡県民あるある満載!共感あふれるラブコメディ

ドラマを見ている間、思い起こしたのは数十年前、福岡から出てきて東京でひとり暮らしを始めた自分の姿だった。方言で喋ると笑われるのかな。東京の人たちにダサいと思われないようにしなきゃ。不安を抱えながらいつの間にか東京に溶け込み、都会人っぽく振る舞うようになった。さらに年月が過ぎた今、むしろ福岡の人間であることを逆に主張し、出身地を誇りに思う自分がいる。このドラマの主人公が「博多弁の女の子」によって自信を取り戻したように。

福岡県のテレビ局、FBS福岡放送が50周年を機に制作したドラマ『博多弁の女の子は可愛いと思いませんか?』が7月19日(金)夜7時から放送される(以下、タイトルは省略して表記)。放送後にHuluで配信もされるので全国で視聴可能だ。縁あって一足先に視聴できた私は、何度も目が潤んでしまった。福岡出身で今は東京で暮らす主人公と自分が重なってしまったからだ。10歳で東京に転校してきた彼は、18歳で上京してきた私そのものに思えた。

画像提供:FBS福岡放送
画像提供:FBS福岡放送

ずいぶん感傷的なことばかり書いてしまったが、ドラマ『博多弁の女の子』は福岡県民にとっての“あるある”満載、思い切り笑えるラブコメディだ。主人公を演じるのは『中学聖日記』で鮮烈デビューした岡田健史。小学生のころ福岡から東京に引っ越した高校生・東京(あずまみやこ)が抱えるコンプレックスを、深刻になりすぎずに演じている。東のクラスに福岡から転校してきたのが、福田愛依演じる博多乃どん子だ。彼女は何の照れもなく博多弁丸出しで喋る。お日様のように周囲を照らすどん子の底抜けの明るさは、福田愛依でなければ表現できなかっただろう。小学生の時に方言が理解されなかったため博多弁を捨てて東京人になりきった東だったが、どん子が博多弁によって逆に人気者になっていく清々しさに心を動かされる。そんな物語だ。

このストーリーの骨組みを、数々の“あるある”ネタが肉付けしていく。「ツヤつけとう」「くらすぞきさん」「ひよこは東京銘菓?」「とんこつ欠乏症」などなどなど、福岡県民なら絶対「そうそうそう!」とうなずくネタが次々に出てくる。“福岡あるある”がてんこ盛りで、ある種のカタルシスさえ感じてしまう。福岡県民なら抱腹絶倒のコメディに仕上がっている。

福岡と東京が交錯して生まれたドラマ

このドラマは東京と福岡の交流の物語なのだが、実は制作プロセスにも同様の交流があった。福岡と東京が一緒になって作ったドラマなのだ。

その端緒を、FBS福岡放送の制作スポーツ局部長の川上敏哉氏と編成局編成部の香月浩一氏が教えてくれた。

左から制作スポーツ局部長・川上氏、編成局編成部・香月氏
左から制作スポーツ局部長・川上氏、編成局編成部・香月氏

FBS開局50周年企画は、局内の様々な部署から多数集まって絞り込まれた。いい企画が一通り出揃ったところで、並べてみると何か一つ足りないとの声も出てきたという。全体を華々しく盛り上げる、花火のような企画が欠けているのではないか。

「とくに会長(当時の足立久男会長・現在は相談役)がこだわり、みんなで頭をもう一度ひねってみたのですが、なかなか決定打が出ません。そんな中、今年の1月に会長が東京に用があり銀座を歩いていたところ、たまたま日テレ アックスオンの社長とばったり会ったそうなんです。その時、一緒にいたのが『今日から俺は!』の高明希プロデューサーでした」

日テレ アックスオンは日本テレビグループの番組制作会社。FBS福岡放送は日本テレビ系列で、足立会長は日テレ アックスオンの社長からFBSに来た人物だったのだ。

ここからは高氏の話につなごう。

日テレ アックスオン・プロデューサー高明希氏
日テレ アックスオン・プロデューサー高明希氏

「足立会長は日本テレビで報道局長を務めたのちに日テレ アックスオンの社長になり私も仕事で接しましたがみんなが慕う方でした。久しぶりにバッタリお会いしてFBS50周年のお話を聞き、いい企画があったらぜひと本気でおっしゃっていると受け止めました。これで企画を出さなきゃ女がすたる!と考え始めたのです」

FBSの足立会長と『今日から俺は!』のヒットを飛ばした直後の高氏が久々に再会した奇遇がここにはあった。それにしても、今注目の役者である岡田健史がキャスティングできたのはなぜだろう?

「岡田健史くんはデビュー前から、彼を口説いた事務所の社長に写真など見せてもらっていて注目していました。所属が決まって直接会ったらますます惹かれ『今日から俺は!』にどうですか?と言ったんです。まだ福岡の学校があるからと断られて、福岡出身だと強く憶えていました。だから今回のFBSの企画は彼に出てもらえたらと考えました」

福岡出身の岡田健史が主演するFBS50周年のドラマにふさわしい企画、ということで探し当てたのが漫画『博多弁の女の子はかわいいと思いませんか?』だった。

「すべてが私の中で結びついて、企画書にまとめて足立会長に送ってみたら、面白いね!と言ってもらえました。東京の視線で描くことで福岡の良さにすごく広がりが出るので、素敵な原作に出会えたと思います」

福岡と東京の間を何度も電撃が行き交ってスパークするようにひとつの企画が誕生したのだ。福岡と東京のカルチャーギャップが題材のドラマ『博多弁の女の子』が、まさに両地の交錯から形になったのは面白い。

福岡出身者の葛藤と、福岡県民納得のあるあるネタ

原作の漫画を読むと、福岡生まれで東京に暮らす男の子の前に福岡から来たどん子が登場し、そこにチャキチャキの江戸っ子・下町子がからむ設定は、ドラマと同じだ。3人を軸に、福岡と東京の”あるある“ネタが4コマ形式で描かれる。だが、東はコンプレックスは抱えていないし、ラブコメディでもない。意外にも、ドラマで描かれる葛藤や成長譚といったストーリー要素は、漫画には出てこないのだ。漫画の設定を土台に、オリジナルな物語が展開される。

「“福岡あるある”を東京の視点も入れて描くことをコンセプトにし、上京して地元との差に悩む葛藤をドラマにしようと考えました。原作のどん子ちゃんは他の人の前で博多弁を話せないキャラでしたが、むしろ福岡愛を堂々と前面に出す明るい女の子に設定し、それがまぶしくて葛藤する男の子の姿をドラマにしよう、という発想です」

そう確かに、地元愛を捨て目立たないようにしていた東が、どん子のパワーによってもう一度自信を取り戻す姿に私も共感した。そのストーリーの幹を支えたのが“福岡あるある”のクオリティの高さだ。

画像提供:FBS福岡放送
画像提供:FBS福岡放送

「脚本づくりにはFBSの川上さんたちも加わって“あるある”ネタをもらったり監修してもらいました。共通語のつもりで使った言葉が東京で通じず方言だったと知ってびっくりした話とか。そんなネタも脚本家の小山正太さんがセンスよく織り込んでくれて面白さが倍増しました」

ドラマに出てくるあるあるネタが細かいところを突いてくるので笑えるし、共感をさらに高める。「そんなことせん!」みたいな要素が少しでもあると台無しだっただろう。『博多弁の女の子』はまさに、福岡の放送局と東京のドラマ制作者が力を合わせることで完成度の高いドラマになった。

地域発ドラマが関係人口を生む可能性

関係人口という言葉をご存知だろうか。その意味を、雑誌「ソトコト」編集長の指出一正氏は「観光以上、移住未満」と解説する。地方創生を考える上で最近しばしば出てくるキーワードだ。人口減少が予測される地方自治体は移住する人を増やしたいが、簡単ではない。だからと言って観光人口だけ増えればいいのか。関係人口とは、移住までいかなくても地域の人々と深く関わり、観光以上にその地域に“関係”してくれる人たちのことだ。関係人口が増えれば、地域は活性化されていく。その典型が被災地のボランティアたちで、東日本大震災で若者たちが復興のために大勢東北にやって来たが、その多くが現在もその地域と関わり続けている。彼らの活動は、今も地域のエネルギーになっているのだ。

ドラマ『博多弁の女の子』は福岡の関係人口の物語だと言える。福岡出身の東京の高校生・東は地元愛に再び目覚めることで福岡の関係人口となった。リアルでも、高プロデューサーらドラマ制作チームは福岡の関係人口になったと言える。彼らもきっと福岡との関係はこれでおしまいではなく、むしろこれをきっかけに関わることになるのかもしれない。

このドラマには福岡出身のベテラン俳優たちも出演している。光石研、原沙知絵、森口博子、野間口徹。福岡出身者なら同郷だとよく知っている役者たちだ。今田美桜もちょっと変わった形で出演し花を添えている。福岡発のドラマだから、みんな出たい!と思ったに違いない。森口博子が博多弁で喋りまくるシーンがあり、方言丸出しで演じることを目一杯楽しんでいることがはっきり伝わってきた。野間口徹は、何も野間口徹じゃなくてもいい場面でちょっとだけ出てくる。それでも出たかったのではないだろうか。彼ら彼女らも、福岡の関係人口だから出演してくれたのだと言える。

地方創生とは、その地域だけで独立してどうやっていけるか、という話ではない。東京も含めて日本中で人口が減り高齢化が進む中で、互いに関係し合い、刺激し合い、助け合いながら活性化しあうやり方を模索することではないかと思う。だからと言ってアイデンティティを失って均一化するのではなく、逆に地域の文化を大切にする。そうしないと関係してもらう意味がないからだ。このドラマが東京から見た福岡の面白さをストーリーにしたように、関わり合いながら互いの文化を尊重し合う。だからこそ交流が楽しい。

そう考えると『博多弁の女の子』は福岡だけで楽しむのはもったいない。Huluで日本中の人びとが見て、それぞれの見方でカルチャーギャップを面白がってくれればいいと思う。そしてそれぞれの地域でどんどんドラマを作ると楽しそうだ。完成するたびに、その地域に関わる関係人口が増えていくことだろう。ドラマは地域創生のひとつの鍵かもしれない。

コピーライター/メディアコンサルタント

1962年福岡市生まれ。東京大学卒業後、広告会社I&Sに入社しコピーライターになり、93年からフリーランスとして活動。その後、映像制作会社ロボット、ビデオプロモーションに勤務したのち、2013年から再びフリーランスとなり、メディアコンサルタントとして活動中。有料マガジン「テレビとネットの横断業界誌 MediaBorder」発行。著書「拡張するテレビ-広告と動画とコンテンツビジネスの未来」宣伝会議社刊 「爆発的ヒットは”想い”から生まれる」大和書房刊 新著「嫌われモノの広告は再生するか」イーストプレス刊 TVメタデータを作成する株式会社エム・データ顧問研究員

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