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動画配信市場は、映画興行と同じ規模に成長した。そこに巨人たちが乱入する。

境治コピーライター/メディアコンサルタント
動画配信市場規模推計2010〜2018年:デジタルコンテンツ協会作成

映画興行とほぼ並んだ有料動画配信市場

一般財団法人デジタルコンテンツ協会が5月24日に「動画配信市場調査レポート発刊記念セミナー」を開催した。同協会は毎年、有料動画配信市場つまりHuluやNetflixなどのSVODを中心にした、ドラマや映画を有料でネットで視聴できるサービスの市場がどれくらいの規模だったかの推計値を発表している。セミナーでは2018年の有料動画配信市場が前年比119%の2,200億円に達したと発表された。

この2,200億円はどれくらいの規模なのか。ちょうど同じ2018年の映画興行収入が2,225億円(日本映画製作者連盟の発表数値)だったのでわかりやすい。つまり映画館で人びとが映画を観るために払った料金と、ネット上で映画やドラマを観るために人びとが払った料金がほとんど同じ金額だったのだ。週末になると家族連れやカップルで賑わうあの映画館と、同じ金額を地味なネット配信が稼いだ。2015年に米国からNetflixが上陸して以降、市場が急速に伸びて一般に普及した結果だ。動画配信はもはや立派な産業に成長した。しかも今後も前年の十数%ずつ増えていくだろう。日本のエンターテイメント界を支える大きな分野になったと言える。

※「動画配信市場調査レポート」は有料でダウンロード購入できる。→デジタルコンテンツ協会「動画配信市場調査レポート」購入ページ

国内・外資の事業者が群雄割拠する

有料動画配信市場はどんなプレイヤーが支えているのか。日本国内のサービスとしてはまず日本テレビの子会社であるHuluが挙げられる。もともとは米国の放送事業者が設立したサービスで、日本には外資企業として2011年に乗り込んできたが、2014年に日本テレビが買収した。米国にはいまもHuluがあるし加入者数2680万人を誇る大手の一角だ。日本のHuluも日本テレビがプロモーションしてようやく加入者数が200万人を超えた。

他にもテレビ局が運営する有料動画サービスとしてはフジテレビのFODもある。オリジナルの若者向けドラマを配信してかなり見られていると聞く。またTBSは日本経済新聞グループ、WOWOWと組んで2018年からParaviというサービスをはじめた。TBSの人気ドラマに加えて日経グループのテレビ東京の番組も見られるが、後発なので加入者数はまだまだのようだ。

加入者数ではNTTドコモがエイベックスと組んで始めたdTVがダントツで一時期は500万人に迫る勢いだった。ところが近年はドコモとエイベックスの不協和音も聞こえる中、会員数も400万人台前半に落ちてきた。あまり力を入れる気がないように見える。

伏兵的に頑張っているのがUSENが生んだサービスU-NEXTだ。他は500円〜1000円程度の料金だがU-NEXTは税込みだと2000円を超える。だがその半分は、ポイントとして最新作の個別課金に使えるので、本当に映画が好きな人には使い勝手がいい。会員数は不明だが調査などでは必ず主要事業者としてHuluやdTVと肩を並べて登場する。

何かと取り沙汰されるNetflixはクオリティの高いオリジナルコンテンツが魅力だが、日本人にとっては馴染みのない俳優が多く魅力が伝わりにくい。それでも徐々に着実に伸びている。若い層には加入者が多いようだ。

そして有料動画と言えばもっとも多くに利用されているのがAmazonプライム・ビデオ。有料と言っても、書籍などの配送料が無料になるAmazonのプライム会員なら無料で視聴できるので、会員にとっては無料感覚だ。それで他のサービス同様のラインナップが視聴できる上に、松本人志の「ドキュメンタル」など日本のスターと制作者によるオリジナルコンテンツが数多く配信されている。そのわかりやすさもあって、急成長した。有料動画サービスの牽引役と言っていいだろう。

今年秋、AppleとDisneyが乱入したらどうなるか?

国内のHulu、FOD、Paravi、dTV、U-NEXTに外資のNetflix、Amazonプライム。市場を2,200億円まで押し上げてきたプレイヤーたちだが、その顔ぶれはこの秋以降、変わるかもしれない。米国から巨人たちが乱入してくると噂されている。AppleとDisneyがそれぞれSVODつまり定額の動画配信サービスを始めるのだ。AppleTV+、Disney+というサービス名はすでに発表されている。ただ両方が日本でもサービスインするのかははっきりしていない。とは言え、Apple+は100カ国以上でスタートするというので日本は当然入るだろう。Disneyは実はすでにDisney Deluxeという名のサービスをドコモと組んでスタートさせている。日本ではこのままDeluxeで進めて秋にボリュームアップするのか、それとは別にDisney+を始めるのかわからない。

とにかく、AppleとDisneyがSVODを日本でもスタートするのはほぼ間違いなさそうだ。

DisneyはすでにDeluxeでラインナップの豊富さを堪能できる。何しろ、Disneyブランドの「アナと雪の女王」のような作品に加えて「トイストーリー」などのピクサー、「スター・ウォーズ」のルーカススタジオ、「アベンジャーズ エンドゲーム」が空前のヒットとなったマーベルスタジオと、メガヒットブランドのシリーズ作過去作が見放題なのだ。ファンならクラクラするほど魅力的なラインナップ。

Appleも3月の発表会ではスピルバーグをはじめとしたハリウッドの巨匠、名優たちが作品提供を約束している。

AppleもDisneyも満を持して、世界中で急成長する動画配信市場に打って出るのだ。

彼らの乱入はNetflix対策だともっぱら言われている。確かにNetflixはいまや世界のエンターテイメント界を変えかねない勢いがある。Disneyは本気で戦って叩き潰すつもりだろう。

そうなるとたまらないのが日本の国内事業者だ。まるでアベンジャーズとサノスの戦いを普通の人類が下界で見守るようにおそるおそる生きるしかないのではないか。DisneyとNetflixが巨額の制作費で派手に戦い、そこにAppleが割って入る。Amazonもそうなると黙ってないかもしれない。何十億円、何百億円と予算を投じて制作したコンテンツで日本のファンを占領しようとする。下々の日本のプレイヤーは小さな島で生き残りを願うしかなくなるのではないか。

GAFAならぬDANAが世界のエンタメ市場を席巻する?

Google、Amazon、Facebook、Appleの四社が世界のIT市場を揺るがし席巻している。それを総称してGAFAと呼ばれる。エンタメ市場では少しプレイヤーが入れ替わり、Disney、Amazon、Netflix、AppleでDANAと呼ぶべきか。

そんな中、日本のプレイヤーは生き残れるのだろうか。動画配信市場はこれから、2,200億円が3,000億円、4,000億円と拡大していくだろう。だがその伸びしろの部分は全部DANAが持っていきはしないかと心配だ。

そうさせないためには、日本のプレイヤーが既存メディアと配信サービスをうまく融合させ相乗効果を狙うことだと私は思う。先日の記事「配信が育てて放送で爆発した日本の「ゲーム・オブ・スローンズ」」でも書いたが、配信が放送コンテンツのファンを育て、放送が配信コンテンツの価値を高める。あるいは映画を配信がヒットさせ、映画館でのヒットが配信を刺激する。「アベンジャーズ エンドゲーム」は配信で過去作を見た人が累乗的に増えてヒットしたし、「エンドゲーム」のヒットがシリーズ過去作の配信視聴を促進する。二つの経路がファンを育てるのだ。配信というルートができたことで私たちはコンテンツとの関係を深めることができるようになった。そしてそこではSNSが関係を深める重要な役割を果たす。

別の言い方をすると、配信サービスの普及でファンがイニシアチブを持てるようになった。好きなものを、好きなサービス上で、好きな者同士で楽しめる時代なのだ。そこでは、サービスが国内か外資かもどうでもいいのかもしれない。私たちはどこの国のコンテンツでもいつでもどこでも楽しむことができる。楽しみ方を決めるのは、見る側なのだ。配信市場が映画の興行市場と並んだ先に見えてきたのは、ファンが主体性を持つ時代なのだと思う。

コピーライター/メディアコンサルタント

1962年福岡市生まれ。東京大学卒業後、広告会社I&Sに入社しコピーライターになり、93年からフリーランスとして活動。その後、映像制作会社ロボット、ビデオプロモーションに勤務したのち、2013年から再びフリーランスとなり、メディアコンサルタントとして活動中。有料マガジン「テレビとネットの横断業界誌 MediaBorder」発行。著書「拡張するテレビ-広告と動画とコンテンツビジネスの未来」宣伝会議社刊 「爆発的ヒットは”想い”から生まれる」大和書房刊 新著「嫌われモノの広告は再生するか」イーストプレス刊 TVメタデータを作成する株式会社エム・データ顧問研究員

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