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テレビ局の新たな公共性を問うステップへ〜NHK同時配信の議論〜

境治コピーライター/メディアコンサルタント
12月25日開催「放送を巡る諸課題に関する検討会・第18回」より

一向に前へ進まないNHK同時配信の議論

「同時配信」という言葉は、多くの人は聞きなれないだろう。テレビ放送を、放送と同時にネットでも配信することだ。わかりやすく言えば、テレビ放送をリアルタイムでPCやスマホでも視聴できるようにすること。家にいないと見られない番組を、外出先で見ることができれば便利に思う人は多いと思う。NHKはこの同時配信を日常的に実施したいと意志を示しており、そのためには放送法の改正が必要だ。

だがその実現への議論は混迷するばかりだった。NHKのプレゼンは要領が悪く、民放は反対の姿勢を示し、新聞社がそれを煽る形で報道してきた。メディア同士で揉めている印象を世間に与えてきたと思う。

12月25日、総務省が主催する「放送を巡る諸課題に関する検討会・第18回」が開催された。11月にNHKが行った実証実験の結果を報告するのが主眼だった。筆者も傍聴したが、これまでとは様相が変わった印象を持った。そこでこの記事では、同時配信のこれまでの議論をあらためて解説し、25日の会議の意義を私なりに述べてみたい。

議論の発端は、自民党の提言

そもそも、この「放送を巡る諸課題に関する検討会」はどんな経緯で開催されるようになったのか。元フジテレビで現株式会社ワイズ・メディア代表、塚本幹夫氏はテレビ局在籍中に番組のネット配信を進めてきた専門家で、霞が関とテレビ局の関係にも詳しい。その塚本氏に聞くと、こう教えてくれた。

ワイズ・メディア代表:塚本幹夫氏
ワイズ・メディア代表:塚本幹夫氏

「自民党は放送法改正小委員会を開催し、2015年に第一次提言を出しました。NHKは番組の24時間同時配信に向けたロードマップを作成すること、総務省はそれを視野に入れながら海外の受信料制度見直しの動きを踏まえてわが国にふさわしい受信料制度の設計を行うことを求めたものです」

英国のようにネットでのみ番組を視聴する者にも新たに受信料を求める場合、ドイツのように視聴とは関係なく全世帯から徴収する場合、それぞれのメリットデメリットを検証せよ、ということも、確かに自民党ホームページ内の提言に書かれている。

→放送法の改正に関する小委員会 第一次提言

この提言を受けて先述の「放送を巡る諸課題等に関する検討会(通称:諸課題検討会)」を総務省がスタートさせたのだ。ここで言う「諸課題」とはつまり、同時配信の諸課題ということで、同時配信を実現することが前提になっていた。

NHKの先走りが民放の警戒心を招く

諸課題検討会は2015年11月に初めて招集され、様々な議論が展開された。2016年12月13日にはNHKが同時配信に関する基本的な考え方を示し、2020年の東京オリンピック・パラリンピックでの実施のために、2019年には本格的なサービスを開始し、段階的に拡充していきたいと表明した。ところがこの日の最後に当時の高市総務大臣が、本当に世の中のニーズがあるのか、ビジネスとして成立するかなど、民放の意見も聞きたいと述べた。

「そこで年の瀬も押し詰まった12月26日にまた諸課題検討会が開催されたのです。」と塚本氏は解説してくれる。「質問された民放側は、当然のことながらビジネスとして成立しないと答えました。権利処理の問題、インフラ費用の問題が解決できていないのに放送収入はプラスにならないからです。そこでこれらの問題については別途、同じ総務省の情報通信審議会で議論されることになり、一方でNHKの同時配信については引き続き諸課題検討会で議論されることになりました。」

それからさらに半年後の2017年5月と7月の諸課題検討会でNHKが第三者による専門調査会の報告という形ながら、ぐっと踏み込んだ発言をした。

「NHKは同時配信と受信料のあり方を、ガバナンス、経営の透明性の問題とセットで“三位一体”で進める話だったのが、同時配信と受信料の報告だけを先に出し、ネットのみで視聴する人からも受信料を徴収することと、ネット配信もNHKの本来業務であることを打ち出しました」と塚本氏は説明する。これに対し、民放側は疑問を強く投げかけた。当時の高市大臣も同時配信を本来業務とするのは放送法に反すると会議の最後で厳しく指摘した。

放送法の規定でNHKの本来業務はあくまで放送であり、それ以外は補完業務と定義され、その予算配分は受信料の2.5%以内という縛りがあるのだ。NHKの主張は、確かに放送法を逸脱していると言われても仕方ないものだった。

9月20日の諸課題検討会ではNHKが大きく譲歩した発表をした。同時配信はあくまで補完業務と位置づけ、ネットのみの利用者からは受信料をとらずBS放送のようなスクランブルをかける。また放送で行われるのと同様に地域ごとに配信を行うこととした。

迎えた25日、NHKが実証実験の結果を報告

そして迎えたのが12月25日の諸課題検討会だ。そこでは、この11月に行ったNHKの同時配信実証実験の結果が報告されることになっていた。速報値ということで、非常に大ざっぱなデータだがおおむね利用率が高かったと言える内容だった。高市前大臣の「世の中にニーズがあるのか」の問いかけにも応えられた形だ。

諸課題検討会には各界の専門家が「構成員」として参加し意見表明する。さっそく実験結果について意見が飛び交った。もう少し詳細な分析がないと評価しにくい、などと手厳しい意見も多かったが、一方でまったく違う角度からの意見も出て、傍聴者として戸惑った。

新たな状況が2つ加わっていたからだ。ひとつには、12月6日に最高裁でNHKの受信料徴収が合憲と言える判決が出たことだ。だからNHKに有利、という単純なことではない。

議論のレイヤーが根底から変わった?

ある構成員がこう言った。「最高裁判決は、放送の公共性について民放とNHKを二本立て態勢という形で理解を示している。それにより国民が福祉を享受できることを意義としている。これからの議論についてたいへん示唆的だ。」この意見をさらに解釈すれば、NHK同様、民放も公共的役割を担うメディアとして国民に貢献が求められる、と受けとめられる。だとしたら同時配信も公共的役割としてNHKと民放がともに担うべきと言えないだろうか。先述の塚本氏も実は同様の観点で前々から主張している。

もうひとつ加わった点は、同じ総務省の別の会議体で「電波有効利用」の議論が出てきている点だ。電波はますます貴重になっており、これからもテレビ局が番組を届けるのならば、いままでにも増して公共メディアの役割と責任が問われるはずだ。受信料が取れるかどうかや収入になるならないとは別に、公共性を担うためにこそ、テレビ局は通信も伝送路として積極的に使うのかどうかが今後問われるかもしれない。

検討会の座長を務める多賀谷一照氏は「この会議を、放送が現在のシステムのまま生き残るためにはという場にしてはいけない。限定された放送局だけがビジネスをできる時代ではなくなってきている。現在のままのビジネスモデルは維持できない。」と述べてその場を驚かせた。ここまでテレビ局の危機を明確に言葉にしたのは初めてだったと思う。「本来の公共放送の役割にNHKも民放も戻っていくという議論をすべきだろう」と発言を締めくくった。

続いて、出席していた民放キー局幹部にも発言が求められた。だが5社の幹部が、失礼な形容になるがダチョウ倶楽部の定番ギャグのように「どうぞどうぞどうぞ」と互いに発言を譲りあう。これには会場から失笑がこぼれた。ようやく日本テレビの幹部が言ったのは「NHKの速報値公表に感謝いたします」という謝意だった。これまでNHKを追及せんばかりだった民放の態度の180度の変化に私は「ええ〜?」と小さく声に出して驚いた。続いて「放送と通信の融合は着実に進んでいると実感しています。その中で民放事業者として災害報道、信頼される情報、映像サービスの的確な提供について検討していきたい」と見事に”模範解答”をし、座長の言う”公共性への要望”に応えた。続いてテレビ朝日の幹部も謝意を表明したが、残り3社の幹部はその後も「どうぞどうぞ」を続け、結局発言しなかった。求められたのだから発言すればいいのにと残念に感じた。

ちなみに今回の諸課題検討会について新聞報道は極めて少なく、日本経済新聞くらいだった。いつもは、諸課題検討会が終わるとすぐ、NHKと民放の対立をここぞとばかりに煽る記事がいくつも出るのにだ。もはやそういう局面ではなくなったし、自分たちにも関係する題材になったと各紙が感じたのかもしれない。

民放も含めて問われる、放送局の社会的役割

同時配信の議論は、明らかにステップアップし、同時配信だけの議論ではなくなったということのようだ。むしろ、NHKと民放がともに社会的なミッションを自ら問い直し、公共的な役割を再定義したうえで、同時配信に取組むべきかどうなのか。そんな議論に進化しようとしているのだ。NHKが萎縮しながら同時配信を進め、民放がその進行を警戒して押しとどめ、その揉めてる様子を新聞が囃し立てて針小棒大に報じる。社会的責任を持つはずの大手メディアがそんなせせこましい小競り合いをしている場合ではない。

若い世代はスマートフォンでの情報入手が当たり前になった一方で、フェイクニュースが誰しも知る課題となってきた。若者たちも、何が正しい情報かは注意深くチェックしている。電波や紙が通信に置き換わろうとも、自分たちが信頼に足るメディアだと言いたいのなら、果敢にネットでの情報配信に旧マスメディアは堂々と取組むべきだろう。いがみ合うのではなく、力を合わせて次世代のまっとうな情報環境づくりをめざすべきだ。なぜならばメディアは収入形態がどうあれ、公共的な存在でなければならないからだ。新興メディアが事業化を急ぐあまりメディア価値についての情報を虚勢を張って出している間に、人びとのために運営してきた実績を、ネット上でどう生かせるか果敢に具現化するべきではないか。

検討会の最後に、高市氏と交替した野田聖子総務大臣がこう述べた。

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「視聴環境の変化の中でも放送の役割は大きいので、国民の期待に沿った議論をお願いします。目先のことではなくそもそも論、中長期の議論が必要との意見を受け感銘を受けました」国民の側の視点で、業界内の調整より大きな視点を重視する姿勢を感じた。野田大臣と総務省事務方の面々にはぜひ、大所高所からの視点で議論の導き手となってもらいたいものだと思う。

コピーライター/メディアコンサルタント

1962年福岡市生まれ。東京大学卒業後、広告会社I&Sに入社しコピーライターになり、93年からフリーランスとして活動。その後、映像制作会社ロボット、ビデオプロモーションに勤務したのち、2013年から再びフリーランスとなり、メディアコンサルタントとして活動中。有料マガジン「テレビとネットの横断業界誌 MediaBorder」発行。著書「拡張するテレビ-広告と動画とコンテンツビジネスの未来」宣伝会議社刊 「爆発的ヒットは”想い”から生まれる」大和書房刊 新著「嫌われモノの広告は再生するか」イーストプレス刊 TVメタデータを作成する株式会社エム・データ顧問研究員

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