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飽和するスマホ、押し寄せる情報〜メディア総接触時間、減少へ〜

境治コピーライター/メディアコンサルタント
60代女性のスマホ保有率も40%に達した(写真:アフロ)

人びとのメディア総接触時間が大きく減少

博報堂DYメディアパートナーズ社が毎年発表している「メディア定点調査」が今年も6月20日に発表された。(→メディア定点調査2017ニュースリリース)メディアについて考察する際、毎年大いに参考になる重要な調査だ。とくにメディア別の接触時間のデータは、テレビなどのマスメディアとネットの関係がここ数年激変していることを示していて毎年注目している。

その接触時間のデータに今年は大きなターニングポイントとなりそうな変化が現れた。

2010年代はスマホが急激に普及し、それによって接触時間全体がみるみる増えていた。テレビなどのマスメディアの接触時間がじわじわ減る一方で、スマホがそれをカバーしてさらに有り余る形で急増し、結果としてメディア接触の全体をふくらませていた。近年はPCさえ減少気味となり、それも呑み込む形でスマホばかりが増大していた。

博報堂DYメディアパートナーズ メディア環境研究所 メディア定点調査2017より
博報堂DYメディアパートナーズ メディア環境研究所 メディア定点調査2017より

図を見ると、2016年に393.8分まで膨張したのが、2017年には378.0分にカクンと減少した。よくよく見ると、スマホとタブレットはほとんど横ばいで、他が少しずつ下がっている。スマホが他のメディアの時間を呑み込んでいたのが止まった形だ。

スマホの普及で、人びとは外出中でもメディアに接触し、テレビを見ながらも別のメディアを行き来できるようになった。だから総接触時間が伸びてきたし、どこまでも無限に伸び続けるかとさえ感じていた。それが今年はあっさり減少した。スマホ普及の勢いのようなものが、衰えたというより、落ち着きつつあるのだと思う。

メディアと人びとの関係が曲がり角を回ったのだ。

若い層ではスマホが飽和し、シニア層にも普及が拡大している

「メディア定点調査」から、今度はスマホの普及を細かく見てみよう。性年齢別の所有率のグラフから、意外な状況が見えてくる。

博報堂DYメディアパートナーズ メディア環境研究所 メディア定点調査2017より
博報堂DYメディアパートナーズ メディア環境研究所 メディア定点調査2017より

男女とも、10〜30代の若者層では90%前後にまで普及し少し減っている部分もある。若者たちにとってスマホはもう当たり前のデバイスで、飽和状態に達しているのだ。

40代でも男女で80%に達し、大半に普及したと言っていい。そして50代でも70%を超え、マジョリティに広がったことがわかる。

驚きなのは60代で、男性だと50%、女性でも40%にもなっている。その上、今後もさらに伸びる気配がグラフから感じとれる。

若者層で飽和に達し、年配層でも大半に普及する勢い。もはや、スマホは若者だけのツールとは言えなくなった。誰でも手に持つ当たり前のデバイス。持ってない人は年配でも少ない。そういう状態。それがたった5〜6年の間でそうなった。そのことが、メディアと人びとの関係を根っこから変えようとしている。

人びとが情報を過剰と感じ、その質を問いはじめた

さて今回の調査結果の最大の注目ポイントがニュースリリースの後半に出てくる「メディアや情報に関する意識・態度」の調査だ。

下の表は”「メディアや情報に対する意識・態度」に関する項目のうち、2017年に30%以上となった項目について、前年比±5ポイント以上の動きのあった項目を一覧表にした”ものだそうだ。この一年で人びとのメディアに対する意識・態度で大きく変化があった事柄が浮き出てくるわけだ。その表を見てもらいたい。

博報堂DYメディアパートナーズ メディア環境研究所 メディア定点調査2017より
博報堂DYメディアパートナーズ メディア環境研究所 メディア定点調査2017より

「世の中の情報量が多すぎる」が10ポイント近くと最も増えた項目となった。これを先ほどのスマホが若い層で飽和状態になったことと併せて考えると面白いし納得もいく。私自身もそうだが、スマホによって情報収集が格段に便利になった一方で、情報量の膨大さに自分の処理能力が追いつかず、人びとが戸惑いはじめているのだろう。

だからこそ「インターネットの情報は鵜呑みにできない」し「気になる情報は複数の情報源で確かめる」という、賢さも多くの人が身につけはじめている。「世の中の情報の発信元は、テレビ、ラジオなどのマスメディアだ」という意識が強まったのも興味深い。情報の発信源や確かさをそれだけ気にしているのだろう。

だからと言ってマスメディアに戻るかというとそうでもなく、スマホは「朝起きて最初にふれる」し、「寝床に持ち込むこともある」くらい朝から晩まで肌身離さなくなった。

Huluのような有料課金サービスも寝床での視聴が多いようだ。マンガもいまや、紙ではなく定額の有料サービスが常識化している。お金を払えば質の高いコンテンツが楽しめることを、多くの人びとが体感している。

逆に大きく減少した項目として「情報やコンテンツは無料で手に入るもので十分だ」が挙がっているのはいまの変化を象徴している。情報やコンテンツの質が問われるようになり、満足できればお金を払う傾向も育ちつつあると言えそうだ。

「ネットだから」は許されず、リアルでのルールに近づく

ここからは「メディア定点調査」を見た私の感想を書こうと思う。

今年から去年を見て感じているのは、「メディアにおける2016年は大きな曲がり角だった」ことだ。テレビをはじめとするマスメディアのパワーが万全ではなくなり、むしろネットの盛り上がりでヒット作が生まれるようになった。一方でネットでもマスメディア同様のルールやモラルが問われるようになった。それらの原因は、スマホの所有が飽和状態に近づいたことにあるのだと受けとめた。

若者層に普及し尽くし、年配層も大半が持つようになった。誰もが使うデバイスになった時、マスメディアと拮抗する影響力を持ち、一方で実社会に近いルールと責任が求められるようになったのだと思う。

「ネットは自由だ。どこかいい加減だし、その分のびのび振る舞える」そんな空気がPC中心のネットにはあったように思う。それが、60代の女性さえ4割に普及して、誰でも参加できる空間になった。そうなると、これまで許されてきたことでもルールやモラルが求められるようになる。老若男女が行き来する広場になったのに、いつまでも自由を堪能できなくなったのだ。

だからこれから、不確かな情報を載せるメディアは淘汰されるかもしれない。個人としても、「クソ」だの「クズ」だの安易に言えなくなるかもしれない。

でも一方で、きちんとしたメディアやコンテンツは認められ、信頼される。「なんでも無料が当たり前」で課金が成立しなかったネットで、有料のコンテンツにもそれなりにお金が払われるようになる。見たいコンテンツにお金を払うハードルが下がる可能性はある。

ネットは大人になりつつある。新しい情報圏と経済圏が、これからスマホを中心に構築されるのだろう。若者から年配層まで、何か知りたいと思ったらまずスマホを操作する時代。マスメディアも、スマホ上での居場所をしっかり確保する必要があると思う。

コピーライター/メディアコンサルタント

1962年福岡市生まれ。東京大学卒業後、広告会社I&Sに入社しコピーライターになり、93年からフリーランスとして活動。その後、映像制作会社ロボット、ビデオプロモーションに勤務したのち、2013年から再びフリーランスとなり、メディアコンサルタントとして活動中。有料マガジン「テレビとネットの横断業界誌 MediaBorder」発行。著書「拡張するテレビ-広告と動画とコンテンツビジネスの未来」宣伝会議社刊 「爆発的ヒットは”想い”から生まれる」大和書房刊 新著「嫌われモノの広告は再生するか」イーストプレス刊 TVメタデータを作成する株式会社エム・データ顧問研究員

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