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『カルテット』は『逃げ恥』に続いてネットから火がつく可能性があるか?〜新指数「視聴熱」の試み

境治コピーライター/メディアコンサルタント
『カルテット』第1話ツイート数グラフ/「TV insight」より

『逃げ恥』の枠で放送中の『カルテット』もツイッターは盛り上がる

TBS火曜10時枠のドラマ『カルテット』が面白い。『逃げるは恥だが役に立つ』と同じようにツイッターでの反応も高い。ツッコミたくなるネタが毎回散りばめられており、それがツイートされている。謎の擬音語「みぞみぞする」をはじめ、「唐揚げにレモン」「夫婦は別れられる家族」「行間を読む」「ラブラブストロベリー」「谷間さん」「紅」「ウルトラソウル」「キスしてもおかしくないぞの距離」「ボーダーかぶり」「天気予報」「稲川淳二」などなどなど、何か言いたくなるネタが満載だ。

夫に失踪された巻さん(松たか子)、有名音楽一家の別府くん(松田龍平)、怪しい連中に追われている家森さん(高橋一生)、実は巻の監視のために送り込まれたすずめちゃん(満島ひかり)の四人が偶然(?)出会い、別府くんの別荘で共に生活しながらカルテットを組んで演奏する、というのが設定。それぞれが抱える悩みや背景が徐々に明らかになっていく物語だ。と書くとミステリーっぽいが、見ていると笑える部分が多く楽しめる。まるで上質な舞台を鑑賞しているような感覚を堪能できる。このクールは面白いドラマが多いが、私としてはいちばんのお気に入りだ。

楽しい上にネタが満載なのでツイッターでもさぞ盛り上がっているだろうと調べてみたのが上のグラフだ。初回は10分ほど長かったのだが、それを差し引いても8000ツイート以上はかなりのものだ。最後の山は、椎名林檎が作ったテーマ曲を4人が歌うエンディングでのもので、「恋ダンス」ほどではないがなかなかの盛り上がりだ。ちなみに『逃げ恥』の初回放送でのツイート数は1万を超えていた。(データはいつもの通り、データセクション社のTV insightより)

だがしかし、『カルテット』の初回視聴率は関東で9.8%だったそうだ。もっと高いと思っていたので意外だった。さらに第2回は9.6%、そして第3回に至っては7.8%とさらに下がってしまったという。ツイート数はかなりの数値だったのに、視聴率は出ていない。お気に入りなのでちょっと悔しい気持ちになってしまう。

冬ドラマをツイートを軸に比べてみると・・・新指標「視聴熱」?

悔しいので、視聴率が取れてなくてもツイッターでは盛り上がってるんだぞと示すべく、この冬のドラマのツイート数を比較してみよう。そこで作ったのが、この表だ。

『嘘の戦争』はすでに第4話まで放送されているが、他が3話までなのでそこで揃えてある。

データはTV insight(データセクション社)より
データはTV insight(データセクション社)より

これを見ると、『カルテット』のツイート数は他のドラマよりずっと大きい・・・と言えるかは微妙だとわかった。比べると確かにツイート数は多い。だが『逃げ恥』が明らかに大きな数字であるのに比べると、まったくもって微妙だ。『嘘の戦争』も草なぎ剛の挑むような演技に血が熱くなる。『東京タラレバ娘』はアラサー女子にグサグサくるセリフで盛り上がっている。『カルテット』はそれらをあからさまに突き放すには至っていない。

別の形で『カルテット』のツイッターでの盛り上がりを表現できないだろうか。視聴している人の数に比べてツイート数が多い、ということが示せれば違いが明瞭かもしれない。だったら、ツイート数を視聴率で割ってみたらどうだろう。視聴率1%あたりのツイート数ということだ。やってみたものをグラフにしてみた。

TV insight(データセクション社)のデータを筆者がグラフ化
TV insight(データセクション社)のデータを筆者がグラフ化

番組ごとのツイート数を新しい指標として「視聴熱」などと呼べないかとの議論が一時期あった。だが視聴率が高いほどツイート数も多くなりがちで適用しづらかった。視聴率で割ると、そこが是正できるのではないか。だったらこの数値こそ「視聴熱」と名付けてみたい。

さて上のグラフでも『カルテット』の微妙さがまた明らかになった形だ。ちょうど『逃げ恥』と『嘘の戦争』の間で浮いている。”比較的”視聴熱が高いのは間違いないが、『逃げ恥』ほどの”異常値”とは言えない。結局、相変わらずの悔しさが残ってしまった。

「恋ダンス」はテレビに対する”断層”を乗り越えていった

では『逃げ恥』と『カルテット』にはどんな差があるのだろう。どちらもコミカルだが、『逃げ恥』の”とっつき良さ”に比べると『カルテット』には見る人を選ぶようなところがあるかもしれない。ある程度ドラマを見慣れてきてどちらかというと既存のドラマに飽きた人に向いているのが『カルテット』と言えそうだ。

だが一方で、面白さが広く伝わっていない側面もあるとも思う。一昔前のように、誰もが終始テレビをつけて面白い番組を探してザッピングする時代ではない。今はみんなもっとテレビに対してドライであり、”面白そうな匂い”を撒き散らさないと寄ってきてくれない。

この図は、『逃げ恥』で恋ダンスが果たした役割を、仮説にのっとって作ったものだ。

図は筆者作成
図は筆者作成

テレビドラマが好きな人は気になったものは録画し、第1話は一通り見ておく。そういう人の間ではクローズドな口コミがよく起こる。その周りには、面白いドラマがあれば見る、という人びともいて、慎重に選んで見る。さらにはドラマには興味がない、という人びとも今はかなりいて、こういう人たちも何かのスイッチが入れば実はドラマを見る。「恋ダンス」は、ドラマ大好きと、慎重派の間の断層を突き破り、ついには無関心層へも届いたのだ。

そこからすると、『カルテット』はドラマ大好きな人びとの間で話題が留まっているのだと思う。「恋ダンス」ほどあからさまでなくても、ドラマの中に面白い要素はいっぱいあるので、それだけネットに切り出せばいいのに、と私なんかは考えてしまうのだが。

先ほどの強引に作った指標「視聴熱」に意味があるとしたら、これが高いドラマは、見ているうちにテンションが高まり引き込まれる、ということかもしれない。だとすれば、とにかくドラマに興味を持ってもらうために、ネットを活用してできることはあるのだと思う。

家族ではないもの同士の家族のつながりを描く『カルテット』

最後に、いつもは書かないドラマの中身の話を書いておきたい。先週の第3話では、長いこと離れていた父親の最期に立ち会えなかったすずめが描かれる。実は幼い頃に辛い目に遭わされたひどい父親だった。心配した巻が病院の近くですずめを見つける。巻は最初、病院に一緒に行こうと諭すのだが、父親に対するすずめのつらい気持ちを知ると、「行かなくていいよ」と言うのだ。「一緒に帰ろうよ」と言う。

あれあれ?私はてっきり、そうは言っても父親の亡骸に、泣いてすがる娘の図を想像していた。テレビドラマはそういうものだから。なのに、行かなくていい、とテレビドラマの人物が言った。その驚きが、見終わった後でボディブローのように効いてきた。これはとんでもないことだったのではないか?

70年代、私が子どもだった頃、TBSはテレビの黄金時代の主役として、ドラマをヒットさせ続けた。そのほとんどがホームドラマだ。『肝っ玉かあさん』『ありがとう』『時間ですよ』『寺内貫太郎一家』多くは大家族で、家族同士の葛藤や絆を描くものだった。そのTBSの最新のドラマで、亡くなった親の元に行かなくてもいいと言い放つとは・・・!何という親不孝な!と誰かに叱られそうだ。

第3話の前半で、巻とすずめが同じシャンプーを使っていることがわかるのだが、巻はその話をする。「私たちは同じシャンプー使って同じ匂いがする」と。それはまるで、私たちは家族だと言っているようなものだ。

高度成長時代、私の実家もそうだったが核家族が一般化した。だからこそ、古き良き大家族をTBSは描いたのだろう。うちは親子4人だけど、やっぱり家族がいいね、大事だね、血が繋がってるもんね。そんな気持ちを刷り込まれていたのだと思う。

それを『カルテット』はぶち壊してしまうのだろうか。男女4人が、互いに恋心も淡く抱きながら、新しい家族になろうとする、そういう物語なのかもしれない。

そんな興味も持ちながら、今週もツイッター片手に私は『カルテット』を見ることになりそうだ。

コピーライター/メディアコンサルタント

1962年福岡市生まれ。東京大学卒業後、広告会社I&Sに入社しコピーライターになり、93年からフリーランスとして活動。その後、映像制作会社ロボット、ビデオプロモーションに勤務したのち、2013年から再びフリーランスとなり、メディアコンサルタントとして活動中。有料マガジン「テレビとネットの横断業界誌 MediaBorder」発行。著書「拡張するテレビ-広告と動画とコンテンツビジネスの未来」宣伝会議社刊 「爆発的ヒットは”想い”から生まれる」大和書房刊 新著「嫌われモノの広告は再生するか」イーストプレス刊 TVメタデータを作成する株式会社エム・データ顧問研究員

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