ここには、上から目線が存在しない。~『この世界の片隅に』プロデューサー・真木太郎氏に訊く~

(c) こうの史代・双葉社/「この世界の片隅に」製作委員会

小さな公開規模から興行収入10億円が視野に入った異例のヒット作

『この世界の片隅に』を読者のみなさんは見ただろうか。戦時中に、広島から呉に嫁いだごく普通の女性の日常を、素朴なタッチで丁寧に描いたアニメ作品だ。小規模な公開でスタートしたが徐々に上映館が広がり、興行収入10億円が見えてきた。『君の名は。』の空前のメガヒットがあった一方で、規模は違うがこちらも異例の大ヒットとなっている。

この映画の製作は株式会社ジェンコ、プロデューサーは同社社長真木太郎氏がクレジットされている。実は筆者は真木氏を前々から知っており、このたびあらためてインタビューをお願いした。この映画はパイロットフィルムの費用をクラウドファンディングで募ったことも話題になった。聞きたかったのは、それが製作や宣伝にどう影響したのかだ。真木氏とは旧知の関係なので友だち口調でしゃべってくれたのを、あえて丁寧体にせずそのまま記事にした。ざっくばらんなお話を、生のままじっくり読んでいただければと思う。

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---今年は『シン・ゴジラ』『君の名は。』と、ソーシャルメディアが大きな役割を果たしたヒット作が続いて、『この世界の片隅に』もひょっとして同じ流れで“来る”のかな?と見ていたら、ホントにそうなりました。人びとの声が興行を大きく動かしましたね。

真木:『この世界の片隅に』と他の二作とは、ヒットの桁が違うから一緒に並べるのはおこがましいけど、そういう気がします。ファンの皆さんにソーシャルメディアで宣伝してもらえたのは大きい。SNSはこれほどありがたいものかと思いましたね。監督が、プロデューサーが、自ら発信する時代なのだなと。テレビスポットをどうしようかとかではなく、プロデューサーとして、送り手として自分でやることがあるんだと実感した。

クラウドファンディングはCreator to Consumerの仕組み

---ソーシャルメディアのおかげでヒットした。あとは何でしょう?

真木:もうひとつはクラウドファンディング。これはね、メリットの1つはもちろんお金です。4000万円近く集まり、3374人の支援者がついた。3千人以上はスゴイ。ひとりが100人に声をかけてくれたら30万人になるのだから、大きな援軍。つまりもうひとつのメリットは、人です。そこが大事。

---1万円以上のコースに2千人を超える人が応募したそうですね。

真木:そうそう、濃いファンがどっと来た。一般の人が1万円出すってすごいことですよ。経済的な見返りはない。チケット10枚くれるとか、DVDもらえるとか、価格化できる特典はないんだよね。クレジットが載るとか、すずさん(主人公)からの手紙とか、イベントに参加できるとか、「満足」が引き換えになっている。出してくれる人は1円でも多く制作費に回してほしいと願ってくれてるだろうから、経済的見返りにしないのが彼らのニーズに応えることだと考えた。

そんな人たち向けにイベントを東京・大阪・広島でやったら千人以上来てくれた。そうすると、お金を出した人と接する、こういう人が出したとわかるんですよ。これまでだと、映画館でどんな人が見るのかがようやくわかる。でも今回はパイロットを作る段階からお客さんの顔がわかった。

これは「C to C」だと思った。Creator to Consumerだと。

---C to C!それは面白い概念ですね!そもそもクラウドファンディングをやってみたのは?

真木:片渕監督があたためていたこの企画に、ジェンコは2013年に参加しました。そして委員会を組成しようといろいろ回った。でも集まらないので、2014年の秋に、製作費を60%にしましょうと片渕監督に提案した。当初は4億円かかるコンテ、150分の超大作だった。すごいんだけど、これに固執してると集まらないと思った。2億5千に削るしかない。片渕監督が「じゃあ削るけど、2億5千なら真木さん集めて来れるの?」と言うので「はい」って言うしかないじゃない(爆笑

普通、製作委員会は100%出資者が集まってからスタートする。集まるまで待ってなきゃいけない。ぼくは制作にグリーンライトをつける立場なので、クラウドファンディングを募る段階でグリーンライトをつけたんです。去年の5月末にクラウドファンディングをやって、6月3日には広島で製作を開始すると会見をやった。その段階でイケると思った。

クラウドファンディングをはじめたらすぐ「2000万円を8日間で超えた」とか話題になった。それを聞いて映画館の人が来てくれたんですよ。「すごいじゃない、うちでかけるよ」と言ってくれた。観客を直接相手にしてる映画館の人たちが、評価してくれた。楽しんでくれるお客さんの姿を知っている人たちが反応してくれたことで、確信した。これはイケると。

---映画館の人たちは想像ができたんでしょうね。この企画なら、ああいう人たちが来てくれると。

真木:そのことと、クラウドファンディングでお金を出した人と顔を合わせたことが、ぼくの中でリンクした。

---なるほど!顔を合わせてる人同士で、作るし、(映画館で)かけるし、見るし、という関係なんですね。

真木:だからクラウドファンディングはお金と人が集まったし、委員会組成にもつながった。

---出資する側も、お客さんがついたね、とわかったわけですね。そうすると公開前にヒットを確信できてたんでしょうか?

真木:作り手には自信と不安があるもので、作品を素で楽しめないんですよ。それが、この映画はイケると思ったのはやっぱり、のんちゃんの声が入った時。

共感というより“共有“、そして“共犯“関係になってくれること

---のんちゃんはどういう経緯でキャスティングしたんですか?

真木:監督があまちゃんの頃から、すずさんの声は彼女じゃないかなと言っていた。個人事務所が7月にできると聞いていた。最初は初号が5月のつもりだったので間に合わないと思ってたら、幸か不幸か完成が遅れて。それで7月に入ってコンタクトした。もう他の人のアフレコは終わっていて、委員会の会議でまだ決まんないの?って言われて(笑

やってくれることになって、テストしたのが7月末かな?監督は音にもこだわり、徹底的なリアリズムで音を作っていた。片渕式リアリズム。そのこだわり抜いた音に、のんちゃんの声がぽんと入ったら、まさにのんちゃんとすずさんの一体化。声優でもない、役者が声を演じてる感覚でもない。妙にマッチングして、その時に「これは本当にイケるんじゃないか」と。

---確信したわけですね。

真木:確信した瞬間はもうひとつあって、マスコミ試写をやった時。試写室が一杯になった。30人の試写室で50人帰ったとか。拍手が起こったとか。そんなことなかったのでびっくりした。批評のプロたちだから冷静に、悪く言えば上から目線で「どんな映画か見てやろうじゃないか」という人もいるかもしれないのに、そんなことある?とびっくりした。良い映画だからとかじゃなく、職業忘れたんじゃないのかな。一般の人になっちゃったんじゃないかと思った。だって、評論家が拍手する?

---クラウドファンディングと一緒だ。巻き込まれたんですね。

真木:テレビスポット中心のプロモーションとか、お仕着せじゃないですか。悪いけど上から目線で。でもこの映画では、ぜんぶ横一線なんです。同目線。上から目線がない。

---ぼくもそういう独特の雰囲気をこの作品に感じて、どういうわけか見に行かんといかん!と思ったんです。

真木:「あの映画いい」というのは“共感”でしょ?でも人に勧めたくなるのは、「お前も見ろよ」と言っちゃうのは、共感と言うより“共有”というワードだと思うんですよ。もっと言うと、何回見に行きましたとか、LINEで全員に伝えましたとか、頼んでもないのにやってくれる・・・これは“共犯”関係なんだと思う。共感から共有、そして共犯関係になってくれる。それがうれしい。監督はよく「映画は見た人の心の中で完成する」と言っていて、そうだなと思いますね。

いろんなエンタテイメントが、ビジネス偏重によって作家性やとんがった作品とか大衆性がないのが作れなくなった。そういうのもあってのエンタテイメントなのに。そういうことへの反発が、結びついた。クラウドファンディングは市民活動。それによってSNSという市民運動が起こった。だからこれは、市民映画だ、と言っているんです。

---最後に、今後映画の作り方は変わってくるでしょうか?

真木:こういう映画を作ってもいいんだなとクリエイターが考えるようになれば。いままでは作ってはいけないと思ってしまっていた。でもクリエイターが作りたいものを作れるような環境は正しいですよ。そこでできがいいの悪いのというふるい分けはあってもいいけど、作りたいものを作れないのはちがうんじゃないか。この作品で、そう確信しました。

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真木氏のクラウドファンディングのとらえ方を聞いて、思い出したことがある。キングコング西野亮廣氏が、絵本を作る時にクラウドファンディングを活用したのだが、お金より最初の味方ができることが大事だと言っていた。まったく同じだと思う。

真木氏はインタビューの中で様々な言葉で“新しい概念”を示した。「C to C = Creator to Consumer」は、いま何が大切なのかを言い表していると思う。作り手が、受け手といかに同じ目線に立ち、共犯関係に巻き込むかが、これからのコンテンツビジネスに欠かせなくなっているのだ。クラウドファンディングもソーシャルメディアも、そのためのツールなのだと知った。

最後に、『この世界の片隅に』を未見のみなさんにぜひ言いたい。「さあ、あなたも見ましょう!」と。この記事を書いたいま、私はすでに共犯関係に巻き込まれてしまったのだ。本当に素晴らしい、見たことのないタイプの映画なので、この年末年始に、ぜひ!