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『君の名は。』のメガヒットは製作委員会とみんなのツイートがもたらした

境治コピーライター/メディアコンサルタント

『君の名は。』のヒット要因をテレビ露出から探る

映画『君の名は。』が大ヒットだ。すでに興行収入62億円を達成し、『シン・ゴジラ』のメガヒットを超えるのは間違いなさそう。100億越えも見えてきた。とんでもない数字だ。

もちろんジブリ作品にはもっとヒットしたものもあるし、最近では細田守監督もヒットメイカーになっている。だが両者とも少しずつステップを踏んでヒット作にたどり着いたのに対し、『君の名は。』の新海誠監督はこれまでずっとDVD向けや小規模公開の作品を作ってきた。メジャーデビューしていきなり100億円を本当に達成したら、相当画期的なことだと思う。

何がここまでのヒットを呼んだか。もちろん作品が素晴らしいからだが、人びとにどのように伝わったかをメディア分析から読み取ってみたい。私は『シン・ゴジラ』でもメディア分析の記事を書いた。(→「『#シン・ゴジラ』ついに60億越え!ヒットに導いたのは、観客ひとりひとりなのだと思う」)『君の名は。』でも同様のアプローチをしてみよう。

まずはテレビでの露出だ。テレビCMの放送時間と、番組の中で取りあげられた時間をそれぞれ『シン・ゴジラ』との比較で見る。テレビ放送をメタデータ化するエム・データ社に頼んでデータをもらった。期間は公開2週間前からと、公開後3回目の週末までの2週間強、全体でほぼ一カ月間だ。グラフを一度に並べる。

データ提供:エム・データ社
データ提供:エム・データ社
データ提供:エム・データ社
データ提供:エム・データ社
データ提供:エム・データ社
データ提供:エム・データ社
データ提供:エム・データ社
データ提供:エム・データ社

私の想像では、製作費も期待も大きい『シン・ゴジラ』のほうが露出が多いはずだったのだが、意外にも大きくは変わらなかった。CM露出は、ほとんど同じ時間行っている。公開前で見ると『君の名は。』のほうが多いくらいだ。番組露出は『シン・ゴジラ』のほうが多いが、これは7月25日にワールドプレミアが開催されたことや、長谷川博己や石原さとみらキャスト陣が取り上げられたことによる。

Twitterでの盛り上がりが異常と言っていいほど

ではネットではどうだったのだろう。Twitterでどれくらい言及されたか、データを取り寄せて見てみた。ソーシャルメディア分析で知られるデータセクション社にいつものように頼んだ。

『君の名は。』のデータを見る前に、前の記事でも見せた『シン・ゴジラ』と『信長協奏曲』のグラフを見てもらいたい。公開のタイミングを合わせて見せている。

データ提供:データセクション社
データ提供:データセクション社

『信長協奏曲』は興行収入46億円で『シン・ゴジラ』公開前は今年の実写日本映画最大のヒット作だった。フジテレビが一昨年に放送したドラマの続きで内容も非常に評価が高く公開時期の満足度ランキングはトップだった。『信長協奏曲』のツイート数は十分多く、公開日には4,400件となっている。これは10%抽出データなので実際には4万件を超えるツイートだった。その『信長協奏曲』のツイート数を『シン・ゴジラ』は、はるかに上回った。公開日には19,000件、つまり10倍すると19万のツイート数に上り、さらに公開後も伸び続けた。異常と言っていいデータだ。

ではその『シン・ゴジラ』と『君の名は。』を比べてみよう。この2つは時期が近いので、同じ時間軸で一度に見てもらう。

データ提供:データセクション社
データ提供:データセクション社

これは驚きだった。『シン・ゴジラ』のツイート数も異常な多さだったが、『君の名は。』はまたひとつ水準がちがう。『信長協奏曲』のツイート数が『シン・ゴジラ』に比べると大人と子どもほど違ったのに、『君の名は。』のツイート数はそれよりさらに大きく、巨人のような状態だ。そして『シン・ゴジラ』同様、公開後にツイート数が伸びている。公開の一週間後に最高値を示した。「話題が話題を呼び」を絵に描いたような状態だ。

説明のつかない『君の名は。』のツイート数の多さ

このグラフを見ていると謎が頭の中でふくらんでくる。『シン・ゴジラ』のヒットは説明しやすい。何しろ、ゴジラは有名なキャラクターだ。知らない日本人はいないだろう。とくに年配層は思い入れがある。そのうえ、庵野秀明は高い信頼のあるクリエイターだ。エヴァ世代、年齢にすると30代は強い影響を受けている。

「庵野秀明がゴジラを撮る」そのことに戸惑った人びとが、映画が公開されると先に見た人びとが猛烈なツイートをするので見に行かなければという気になったのだ。実際、劇場に行くと30〜50代の男性がほとんどだった。

しかし『君の名は。』の新海誠にはそんな知名度はない。ごく一部の目の肥えたアニメファンなら十年前から作品を見てきただろうが、一般にはほとんど知られていない作家だ。『シン・ゴジラ』には”火をつけるべき人びと”が明らかにいたのに対し、『君の名は。』で最初に火がついたのはどこの人びとだろう。

そこで今度は、『君の名は。』の公開前に絞ってグラフを見てみた。

データ提供:データセクション社
データ提供:データセクション社

よく見ると、小刻みに山ができている。小刻みと書いたが例えば7月7日には3,513件の山がある。これは『信長協奏曲』の公開日の4,400件を考えるとかなりの大きさなのだ。

製作委員会の努力に若者たちのツイートが呼応した

7月7日に何が起こったか。ツイートの中身を見ると、試写会があったことがわかる。実はこの日、tohoシネマズ六本木で舞台挨拶付きの試写会があり、さらに全国でその舞台挨拶を生中継して試写会が行われている。50館以上で同時に行われる試写会。来場者は1万5千人にもなったと聞く。これは試写会というより「一回限りのプレ公開」と言っていいだろう。『シン・ゴジラ』は庵野氏の意向で事前に「見せない」戦略だったが、『君の名は。』では積極的に「見せる」戦略を取ったと言える。

この、通常より規模の大きな試写会が効いたのだろうか。もちろん非常に大きな要素で発火点だったと思うが、どうやらそれだけではないようだ。ツイートを追っていくと実に様々な要素が縒り合わさって徐々に盛り上がっているのだ。

6月25日には角川文庫から新海氏による小説版が発売されている。サントリー天然水のコラボCMも多くツイートされていた。8月には山手線をジャックするADトレインが一両だけ走った。ローソンではリツイートキャンペーンが展開された。

そしてなんと言っても、主題歌をRADWIMPSが担当し、「前前前世」が7月25日に、アルバム「君の名は。」が8月24日に発売されたのも大きい。ご存知の通り新海監督ができることならと音楽を依頼し、応じてくれたバンドだ。あるシーンでは、RADWIMPSの曲ができるまでその部分のアニメーションの制作を待ったとも聞いている。

こうしたひとつひとつの施策の積み重ねが効いたのだろう。そしてそれぞれの施策は、この映画の製作委員会の企業名を見るとあそこがここを担当したのだろうと想像がつく。個々の委員会メンバーが小刻みな努力を丁寧に行ったのだ。みんなでこの作品をたくさんの人に見てもらおう。そんな思いが合わさったのだ。

この作品のエグゼクティブ・プロデューサー古澤佳寛氏のツイートを勝手に引用させてもらう。

2016年9月6日付けツイートより
2016年9月6日付けツイートより

(画像は古澤氏のツイートをキャプチャー)

これを読むと、製作委員会として集まった熱い人びとが、少しでも多くの人を劇場に呼び寄せよう、だって素晴らしい映画だから、という気持ちで努力したことが伝わってくる。

そしてそれらの施策に応じてツイートが増えていく。「早く見たい」「絶対見に行く」そんなツイートが公開日までに高まっていき、公開前日はみんながワクワクしているのがひとつひとつのツイートから感じられる。

メディアパワーで押す時代から、みんなで盛り上げる時代へ

これで完全に分析できたとは思わないが、『君の名は。』の驚異的なヒットに至る流れが少し見えてきた。これまでの映画の告知のやり方と明らかに違うのだ。

この十数年、テレビ局が関与しないと映画は当たらないのだと言われた。事実、ドラマの続きを映画にすると大当たりした。公開前日には朝から晩まで役者たちが番組に出演することで、映画の存在を知らしめてヒットにつながった。テレビのメディアパワーで押すことが必要条件だった。

その効力はまだ失われたわけではないが、それとは違うやり方が見えてきたと言えそうだ。それはパワーに頼り、パワーをあてにするのではなく、作り手も、受け手も、みんなで盛り上げていくことだ。いい作品だから送り手が集まり、ひとつになり、力を合わせてみんなに知ってもらう。受け手は、共感できそうだと思ったら一緒になって盛り上げる。そうやって生まれたとんでもないヒットが、実際にいま巻き起こっているのだ。なぜかネット上で評判の悪い製作委員会方式も、この映画では共感の輪の中に組み込まれている。だったら委員会方式には、いままでにも増して大いなる意義があるではないか。(※製作委員会については、こんな記事も書いた→製作委員会方式を議論するなら映画ビジネスがどれだけリスキーか知っておこう

『君の名は。』を取り巻く出来事には、コンテンツビジネスの大きなヒントがたくさんありそうだ。もう少し奥まで見つめてみたい。

コピーライター/メディアコンサルタント

1962年福岡市生まれ。東京大学卒業後、広告会社I&Sに入社しコピーライターになり、93年からフリーランスとして活動。その後、映像制作会社ロボット、ビデオプロモーションに勤務したのち、2013年から再びフリーランスとなり、メディアコンサルタントとして活動中。有料マガジン「テレビとネットの横断業界誌 MediaBorder」発行。著書「拡張するテレビ-広告と動画とコンテンツビジネスの未来」宣伝会議社刊 「爆発的ヒットは”想い”から生まれる」大和書房刊 新著「嫌われモノの広告は再生するか」イーストプレス刊 TVメタデータを作成する株式会社エム・データ顧問研究員

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