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テレビがなくても受信料?の議論は、そう簡単に決着しない〜ホウドウキョク電話出演のおさらい〜

境治コピーライター/メディアコンサルタント
ホウドウキョク『あしたのコンパス』WEB画面より

テレビを持っていなくてもNHKの受信料を払う時代が来る?

7日の日本経済新聞にこんな記事が出た。

テレビなくても受信料? 総務省、NHK巡り議論

番組のインターネット配信が進む中、テレビがない世帯にも受信料を負担してもらうよう制度を見直すべきか?そんな議論を、総務省がはじめたと報じているのだ。

これに対し、とくにネット上では「そんな馬鹿な」という反応が出ているようだ。この記事だけ読むと、当然かもしれない。

7月8日の夜、フジテレビがネット上で配信する報道専門チャンネル『ホウドウキョク』の『あしたのコンパス』という番組がこの件を取りあげ、私も電話出演をした。そこでキャスターの佐々木俊尚氏と話したことも含めて、この議論について書いておきたい。

海外では、すでに公共放送の受信料を見直している

なぜこんな議論がいま巻き起こっているかというと、イギリスやドイツでも公共放送の料金について見直しの議論があったからだ。

ドイツでは、以前は日本同様、受信機を持つことに対する受信料だったのを制度変更した。「放送負担金」制度になり、住居一戸につき負担金を払うことになったのだ。2013年から新しい制度による負担金の徴収が始まった。ドイツではすでに放送のネット配信がはじまっていたため、放送を受信するから払うのではなく、誰でもアクセスできる情報源がある、そのことに対する支払いに考え方が変わった。若い世代からは大きな不満が出そうだが、意外に小規模の反対運動に留まっているそうだ。(参考:NHK放送文化研究所「ドイツの放送負担金制度導入から一年」

日経の記事によれば総務省はドイツの制度を参考にしているという。だがそう決まったわけでもないので、この通りになるかはわからない。

自民党の提言を受けて、総務省で検討会を重ねていた

総務省がこのタイミングで「議論をはじめた」ことには流れがあり、まず去年9月に自民党の「放送法の改正に関する小委員会」が第一次提言を出した。

⇒このページから提言のPDFが読める

NHKは放送をネットで24時間同時再送信する準備を進めなさいね、総務省はそれに伴う受信料制度を考えなさいね、という内容だ。

それを受ける形で総務省が「放送を巡る諸問題に関する検討会」を開催し、各分野の関係者から意見聴取を半年以上行ってきた。

⇒このページで検討会各回の内容が確認できる

自民党の提言を受けて関係者での議論を進めてきて、では具体的な議論に入りましょう、という流れだ。

番組のネット配信が当たり前にならないと議論できない

そもそもこの議論は、欧米ではテレビ番組のネット配信がずいぶん前から当たり前になっていることで起こったものだ。テレビは持たずにネットで番組を観ている人からも受信料を取らないと、テレビを持っているので受信料を払っている人との間に不公平が生じる。だったらネット視聴からどう料金を取るかの議論になるのは必然だろう。

ところが日本では、テレビ放送をそのままネット配信する同時再送信に、NHKが昨年度からやっと実証実験として取り組んでいる段階だ。そんな状況で、テレビ持ってなくても受信料取っていいかと聞いても猛反発を喰らうだけだ。

NHKがネットで視聴できるのは当たり前になり、そのことも十分認知され、多くの人が視聴するようになったらようやく、議論の対象になる案件のはずなのだ。もちろん総務省もそんなことはわかっていて、自民党の提言を受けてゆくゆくに備えて議論をはじめているのだろう。だからいまの段階で怒りを爆発させても、空回りすることになる。

ネット上で”公共放送”は成立するのか?

そうは言っても、状況を想像して先どりの議論をすると、スマホしか持たない人びとに向けてNHKがネットで放送と同じ内容を配信しても、どれだけ視聴してくれるかは疑問だ。チャンネルが数個しかない中でNHKの2系列が公共放送だというのはわかりやすいが、無限にあるサイトの中で、はいこれがNHKです、公共放送ですというのはそもそも成立するのだろうか。これははなはだ疑問だし、そうなってみないとまったくわからない。

また、現時点でテレビ放送のNHKを、若い世代がほとんど見てくれていないというのも大きな悩みだ。例えば、高年配層を除いた視聴率データでは、NHKの番組はほとんど上位に入らないという。朝ドラが20%を超えたとか下がったとかが毎度記事になっているが、そのかなりの部分は高齢者なのだ。

そんなNHKがネットで配信したとしても、若い層が見てくれるものなのか。見てくれないものに受信料だ負担金だと言われても、となるかもしれない。公共放送はとくに災害や大きな出来事のために必要だというのは、我々世代の感覚で、若い層はまったくピンと来てくれない可能性はあるだろう。

”国営放送”になった時の懸念

それからもうひとつ考えねばならないことがある。ドイツのように機器の有無に関係なく世帯ごとに”負担金”を徴収するとしたら、それはかなり税金に近くなる。だったら公共放送というか国営放送でいいじゃないかと言いたくなるだろう。

そうなると、政府とNHKの関係が微妙だ。下手をすると政府にプレッシャーをかけられる状況にもなりうる。それを許さないためには、放送監理委員会のような組織が、政府とは独立した形で必要になるだろう。というか、絶対に必要だ。むしろ、そういう状態の方が、公共放送としての存在意義が明確になるかもしれない。

放送局は、同時再送信を進めるしかない

などなどなど、このテーマは議論が尽きることがない。ただとにかく、いまは議論としてピンと来ないが、NHKの同時再送信が恒常的なサービスになっていけば、結論を出さないわけにはいかない課題だ。それはおそらくこれから7〜8年のうちだろう。個人的には、公共放送の役割は今後もあるべきだと思うので、NHKには同時再送信をぐいぐい進めてもらいたいところだ。

ホウドウキョクで逆に質問しそこねたのだが、これはフジテレビにも他人事ではないはずだ。ホウドウキョクもいいけど、フジテレビも放送と同じ内容を同時再送信しなくていいの?と聞きたかった。放送をネットでどこまで配信するのか。その場合、どのようなビジネスモデルになるのか。テレビ界共通の課題だと思う。

コピーライター/メディアコンサルタント

1962年福岡市生まれ。東京大学卒業後、広告会社I&Sに入社しコピーライターになり、93年からフリーランスとして活動。その後、映像制作会社ロボット、ビデオプロモーションに勤務したのち、2013年から再びフリーランスとなり、メディアコンサルタントとして活動中。有料マガジン「テレビとネットの横断業界誌 MediaBorder」発行。著書「拡張するテレビ-広告と動画とコンテンツビジネスの未来」宣伝会議社刊 「爆発的ヒットは”想い”から生まれる」大和書房刊 新著「嫌われモノの広告は再生するか」イーストプレス刊 TVメタデータを作成する株式会社エム・データ顧問研究員

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