「美白」は本当に差別にあたるのか?

(写真:GYRO PHOTOGRAPHY/アフロイメージマート)

そもそも「美白」を生んだのは日本

世界中で反黒人差別デモが拡大していることを受け、ジョンソン・エンド・ジョンソン、ユニリーバに続いて、仏ロレアルでも、美白関連商品におけるホワイトニングやライトニングなどの表記を削除していくと発表した。

ランコムやイヴ・サンローラン、ヘレナ ルビンスタインといったプレステージブランドを擁するフランスの化粧品メーカー最大手ロレアルのこの決断が、コスメ界に多大な影響を与えることは必須で、ここに追随するメーカーは少なくないと思われる。

もちろんこの判断に対しては世界中で賛否が巻き起こっているが、欧米にはこれを歓迎するどころか、名称を変えるだけでは不十分だとの指摘もある。逆に日本では、この”配慮“を行き過ぎとする声が聞こえてくる一方、まずは何をもって判断すべきか、そこからして戸惑っている人が多い気がする。

そもそも「美白」という概念を生んだのは日本である。しかし日本には、厳密にいうと平安時代以前から白肌願望というものがあり、そこに“人種による肌色の違い”など介在するはずもない。色の白きは七難(最初は十難だった?)隠す……と浮世草子・世間娘容気に書かれたのは1700年代初頭。アメリカでの奴隷制度はすでに始まっていたものの、これも「色白だと他の欠点が目立たなくなる」とする純粋な美容的法則だった。

日本女性の白肌信仰には、昔も今も人種差別的な意味合いは、およそ含まれていないと考えてもいいと思う。

ましてや日本の「美白」ももともとは色白願望より、シミ・そばかすを防ぐためのものという意味合いの方が強かった。実際アジア人の肌は、メラニンの特性から言って、白人より黒人よりシミができやすいという残念な特徴を持っている。だからこその、美白だったのだ。

「日焼け肌」は、1つのステータスだった!

つまり欧米には、本来この美白ニーズそのものがなかったわけで、1970年代終盤から90年代に掛けて、日本を中心に美白市場が一気に拡大を見せたことから、アジアにおけるビジネスを重要視していた海外ブランドが、アジア向けに美白製品を展開していったのが始まり。その後も欧米では美白という概念がなかなか受け入れられず、時を経てもアジア中心のビジネスであり続けた。

言うまでもなく欧米には、日焼け肌を1つのステータスと考えてきた歴史がある。”長いバカンスが取れる豊かさの象徴“として褐色の肌があったわけで、そういう価値観の方がむしろ危ういが、考えてみれば白人の彼らにとって「肌を白くしたい」という願望そのものが意味をなしていなかったのだ。

それどころか、塗るだけで角質を染める形で褐色肌を作っていく「セルフタンニング」というカテゴリーがあるほど。「日焼けサロン」が未だ世界中に存在する事実を踏まえても、一方に「褐色の肌の美しさ」を称える美意識が息づいているのは確かなのだ。

欧米のブランドは昨今、色白願望はなくても「肌色を均一に見せたい」というテーマからクリニークが「イーブンベター」という製品を成功させたり、白さ以上に輝きをもたらす目的の「ブライトニング」というジャンルが、美白を包括する形で拡充していった経緯もある。ちなみに、「ブライトニング」は肌を輝かせるものだからセーフ、今回表現を考慮することになった「ライトニング」は肌色を明るくするものだからNG、「フェアネス」は正しいとか理想的と言う意味合いを込めているから削除となったのだろう。

ただどちらにしても、化粧品の美白に差別意識はまず認められない。美白化粧品が生まれた背景を考えれば、名称変更の必然性はあまりないと考えられるが、心情的にはそれも致し方なしとの見方もできる。懸念されるのは日本の化粧品メーカーが様々な忖度から「美白」という言葉を排除していくこと。今まさに検討中というメーカーも多いはずだが、日本的な物の考え方からしても、様子見の自粛を考えるブランドが少なくないのだろう。

世界一厳しいとされる日本の薬機法に管理されているために「美白」を名乗ることは容易ではなく、その認証を各社必死で得てきたのに、こんな形で唐突に使えなくなるとしたら皮肉な話。

少なくとも日本の文化の一つとして、「美白」という美しい言葉は生き延びてほしいと思っているのだが……。