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コントロールを失った川下り船 乗客はどうしたら助かるのか?

斎藤秀俊水難学者/工学者 長岡技術科学大学大学院教授
写真中央の水路から船が手前の岩に激突(明治国際医療大学木村隆彦教授提供)

 桜が見ごろの京都・保津川でコントロールを失った川下り船が岩に激突、乗客25人と乗員3人(1人落水後)が川に投げ出されました。コントロールを失ったきっかけは、舵取りの落水。このような場合、乗客はどうしたら助かるのでしょうか。

 船が航行するために重要なこと、それは推進力と舵取りです。川下り船は多くが川の流れそのものを主たる推進力として使い、人力がそれをサポートします。ブレーキはないので、最も重要な人の仕事は舵取りということになります。

 こんなことはあってはなりませんが、舵取りが落水したら船はコントロールを失います。船上の乗客たちは、川の流れにのってどうなるかわからない運命に身を任すことになります。このような時、命を守るために乗客はどのような行動を取るべきでしょうか。

1.流れにのっているうちに行うこと

 座った状態で自らの姿勢を低くして対衝撃姿勢をとります。岩などに船が当たると、たとえ船の速力が人の歩くくらいの速さであっても、その衝撃は凄まじいものです。船の上に立っていれば簡単に投げ出されます。船外に投げ出されれば大事な頭や体を岩などに打ち付けるかもしれません。そうなると続いての行動がしづらくなります。

 救命胴衣の増し締めをします。救命胴衣についているアジャスターを使って、より身体に救命胴衣がフィットするように締めます。落水すると水の中で身体は水圧で少し引き締まります。相対的に救命胴衣がブカブカになりますから、川の流れの中で自然と脱げてしまうことになりかねません。例えば、腰巻の救命胴衣を垂れ下げるように緩く巻いている程度では、落水時に足からスポッと抜けることもあります。

2.岩に衝突する直前

 さらに姿勢を低くして身構えます。手動式の救命胴衣を着装しているなら、胴衣を膨張させるための紐を握り、いつでも引っ張れるようにしておきます。

 船の中で急に立ち上がってはいけません。衝突とともに身体は進行方向に投げ出されます。シートベルトをしていない人が車の外に投げ出されるのと同程度の大けがをするかもしれません。

 そして1人でも船の中で不意に立ち上がると、その瞬間に船のバランスが崩れて船体が傾き、転覆します。たった1人の行動で船のバランスはいとも簡単に崩れるものなのです。

 衝突した瞬間に大きな声を出さないようにします。水の中では肺の中の空気がどれくらい残っているかで、生き延びる時間が決まってきます。肺の空気はギリギリまで外に出しません。

3.岩に衝突した後

 ギリギリまで船内にとどまります。川の流れの中で漂流しているのですから、水にできるだけ浸からないようにすることが生命をつなぐために最も重要だからです。

 コントロールを失った船が流れを遮るように横向きになると、転覆へと一直線に向かいます。流れによって船の左右どちらかの舷が持ち上げられると、持ち上げられた方に座っている人が逆の舷側に滑り落ちていきます。荷物でいったら荷崩れの状態です。船の左右どちらかの舷に人が集まれば当然バランスが大きく崩れて、その方向に転覆します。

4.転覆にあわせて

 転覆直前に水に落ちます。入水の瞬間に、手動式救命胴衣であれば紐を引っ張り浮力体を膨張させます。間に合わなくて水の中で引っ張ることになっても、船上にいる時から紐を握っていれば引っ張ることができます。落水するまで紐を握っていなかったとしても、落水後に背浮き(図1)の姿勢になって紐を探し、浮力体を膨張させます。

川での背浮きの例(筆者撮影)
川での背浮きの例(筆者撮影)

 浮力体が元々入っている救命胴衣あるいは自動膨張式の救命胴衣を着装している場合であれば、落水の際に頭を何かに打ち付けないように腕などで頭を守ります。

 そして一度背浮きの姿勢になって、周囲の状況を確認してください。自分は川の水面を流されているのか、転覆した船の中に閉じ込められているのかを確認します。

5.川の流れに乗ったら、呼吸の確保

 呼吸の確保に全力を尽くします。川流れレジャーであれば下流に足を向けるとかあるようですが、緊急事態なので呼吸維持に直接関係のないことを思い出すより、とにかく呼吸を確保しながら流れます。

6.呼吸の次に体温維持が重要(計算はかなりざっくりしています)

 次に体温の維持に力を尽くします。今回の保津川での事故の際、川の水温は15度程度だったようです。一般的に救助が来るまでに生命を長時間維持できる水温はおよそ17度以上ですから、長時間浸かっていられる水温ではありません。

 人の身体から放出される熱量は1時間あたりおよそ50ー100 kcalです。15度のあまり動いていない水が奪う熱量は1時間あたりおよそ5,000 kcalで、身体の熱放出のざっくり100倍くらいの速さで熱が奪われます。

 これが流れのある水だと、場合によっては50,000 kcalくらいの熱量を奪うことになります。どういうことかと言うと、水に浮いて流れている場合に奪われる熱量に比べて、何かにつかまって流されないようにしている場合に奪われる熱量は10倍に跳ね上がるのです。

 奪われる熱量は身体の表面積でも決まります。身体をのばせば表面積が広くなり、それだけ熱量が奪われます。救命胴衣を着装しているのであれば、膝を曲げて腕を胸の前でしっかり組む姿勢(HELP姿勢)をとります。冷水に直接触れる体の部分をできるだけ減らし、体温を奪った水(温められた水)をできるだけ逃がさないようにします。

7.岸に自力で上がれそうなら

 上がります。外は寒いとはいっても、空気によって奪われる熱量は冷水のそれのおよそ40分の1ほどです。流れている冷水に比べたら、熱量の奪われる速さは全然遅いです。

 上陸したら、風の影響を受けないようにします。たくさんの人がいるなら人間団子を作ってできるだけ熱を寒さに奪われないようにします。乾いた服に着替えられるようであればすぐに着替えます。毛布を羽織ることも効果的です。

さいごに

 これから5月の大型連休にかけて、冷水に落ちて命を落とす事故が頻発します。気温は夏なのに、水の中はまだ冬です。

 さまざまなレジャーの中でボート遊びは楽しいものです。ただ、ボート遊びそのものが安全かというと、そうではありません。誰かがちょっとだけ気を緩めても大きな事故につながるのがボートなのです。

 そういったリスクも十分理解したうえで、春の季節をお楽しみください。

水難学者/工学者 長岡技術科学大学大学院教授

ういてまて。救助技術がどんなに優れていても、要救助者が浮いて呼吸を確保できなければ水難からの生還は難しい。要救助側の命を守る考え方が「ういてまて」です。浮き輪を使おうが救命胴衣を着装してようが単純な背浮きであろうが、浮いて呼吸を確保し救助を待てた人が水難事故から生還できます。水難学者であると同時に工学者(材料工学)です。水難事故・偽装事件の解析実績多数。風呂から海まで水や雪氷にまつわる事故・事件、津波大雨災害、船舶事故、工学的要素があればなおさらのこのような話題を実験・現場第一主義に徹し提供していきます。オーサー大賞2021受賞。講演会・取材承ります。連絡先 jimu@uitemate.jp

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