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子供とお年寄り自転車水路転落の意外な原因 通路・道路に隠れた危険とは

斎藤秀俊水難学者/工学者 長岡技術科学大学大学院教授
春の自転車には事故がつきもの。お子さんにはヘルメットやプロテクターを(筆者撮影)

 春は子供とお年寄りの自転車水路転落の頻発する時期です。昨年秋にあった子供の自転車転落事故の原因を探るために現場の堤防通路の構造の検証を行いました。その結果、通路に隠された思わぬ危険があぶり出されました。

事故の概要

 2020年10月のよく晴れた日のことです。4人連れの親子が信濃川左岸堤防通路上を海側に向かって散歩していました。筆者は逆に上流に向けて堤防の川に近い端を歩いていました。お母さんの「危ないよ」の声でふと正面を見ると、5歳くらいの男の子が自転車に乗ってゆっくりと筆者に近づいてきました。「ブレーキをかけて止まるかな?」と思っていましたら、筆者の前を斜めに横切り、草の斜面に入って堤防を転落してしまいました。(YAHOO!ニュース 「東京から2時間の新潟市 日本一の信濃川河口にある「やすらぎ堤」に隠された秘密とは?」より一部抜粋)

 もう少し詳細をお話すると、親子は筆者とは反対側の通路の端を歩いていました。子供は筆者に向かって10 mほど通路を斜めに走行してきました。普通だったら目の前の人を避けるはずなのに、わざわざ斜めに人に向かって走行したことがポイントです。ブレーキのかけ方がよくわからなかったといってしまえばそうなのですが、ブレーキをかけ忘れるほどのパニックに陥った原因が現場にあるはずだと考えました。それはいったい何だったのでしょうか。その原因を探るために現場の堤防通路の検証を行いました。

堤防通路の様子

 図1をご覧ください。現場付近の堤防通路の様子を撮影しています。雨が降ったときに雨水を逃がしたり、雪が積もったあとの融雪の水を逃がしたりするためには、堤防通路面の幅方向を斜めにします。川に向かって水が流れていくようにするためです。これを水勾配と言います。

図1 現場付近の堤防通路の様子。上流に向かって撮影している。舗装面が幅方向の右端から左端にかけて斜めに下がっている様子がわかる(筆者撮影)
図1 現場付近の堤防通路の様子。上流に向かって撮影している。舗装面が幅方向の右端から左端にかけて斜めに下がっている様子がわかる(筆者撮影)

図2  現場付近の堤防通路の様子。下流に向かって撮影している。舗装面が幅方向の左端から右端にかけて斜めに下がっている様子がわかる(筆者撮影)
図2 現場付近の堤防通路の様子。下流に向かって撮影している。舗装面が幅方向の左端から右端にかけて斜めに下がっている様子がわかる(筆者撮影)

 図2は現場付近を下流に向かって撮影した様子です。写真ではなんとなく舗装面が左端から右端に向かって傾いている様子がわかります。現場で目で見ると、左に写っている東屋の先から通路が長手方向に傾斜して下がっている様子がわかりました。つまりその先は下り坂になっています。一目見て平坦のように見える舗装通路では、実はいろいろな傾斜が複雑に存在するものなのです。

 図3は事故現場で下流に向かって撮影した様子です。東屋よりも10 mほど下流に進んだ所になります。赤矢印は自転車に乗ったお子さんのおおよその走行ルートです。この通路は前に進むにつれて下り坂になっており、さらに右に傾斜しています。この傾斜は子供の自転車を自然に矢印の方向に進めてしまうくらいの斜度にみえました。

図3  事故現場の堤防通路の様子。下流に向かって撮影している。子供の乗った自転車の走行方向は赤矢印のとおり。この矢印に従った傾斜がついている(筆者撮影)
図3 事故現場の堤防通路の様子。下流に向かって撮影している。子供の乗った自転車の走行方向は赤矢印のとおり。この矢印に従った傾斜がついている(筆者撮影)

 実際にデジタル傾斜計を利用して簡易的に勾配を測定してみました。その結果、黄矢印aの方向の20点平均は1.4%で、黄矢印bの方向の20点平均は1.8%でした。どういう意味かというと、例えばaの方向を例に取ると、20点少しずつ場所を変えて測定した結果の平均が1.4%で、これはa方向に100 m進むと1.4 m高さが下がることを意味しています。10 mで14 cmですから、感覚的にはよい値が得られたと思います。

 そうすると堤防通路の下り坂は10 m進むと18 cm下ることになります。子供の自転車が事故を起こした時、筆者に向かっている間に15 cm前後の高低差のある下り坂になっていたわけで、数字からもこの傾斜は子供の自転車を自然に矢印の方向に進めてしまうと言えます。

道路脇の水路でも同じ危険がある

 春は高齢者の水路転落事故が多いことでも知られています。市街地を走る通常の道路でも自転車での水路転落が報告されています。どういう状況で転落することになるかについては、筆者記事「春先は自転車の水路転落事故が多発 強風に注意 ハンドルをとられる例も」で解説しています。ハンドルをとられた後は、路面に傾斜がついていれば自然とその方向に向かってしまいます。

 図4は市街地の道路とその脇の水路を撮影した写真です。目で見ても明らかな水勾配が路面にあることがわかります。この地点での水勾配は20点平均で2.3%でした。堤防上通路の水勾配に比べると傾斜が大きくなっていることがわかります。

 この程度の小さな水路でも、水が流れていれば自転車ごと落ちたときに転落して意識を失い、そのまま溺水することもあります。これが自転車の水路転落の恐ろしさです。

図4 市街地の道路の様子。側溝に向かって水勾配がついている(筆者撮影)
図4 市街地の道路の様子。側溝に向かって水勾配がついている(筆者撮影)

まとめ

 水路に沿ってある通路にしても側溝が脇にある道路にしても、水勾配や下り坂があるのは当たり前のことです。よほどのことがない限りはこのような傾斜に自転車の進行方向が影響することはないのでしょうが、小さなお子さんや高齢者が何かをきっかけにして、この傾斜に従って進んでしまう原因にはなってしまいます。そして、その先には水があり、場合によっては溺れてしまいます。

 これからのシーズン、通路・道路には気がつかない傾斜があることに注意して自転車に乗るようにしたいものです。

水難学者/工学者 長岡技術科学大学大学院教授

ういてまて。救助技術がどんなに優れていても、要救助者が浮いて呼吸を確保できなければ水難からの生還は難しい。要救助側の命を守る考え方が「ういてまて」です。浮き輪を使おうが救命胴衣を着装してようが単純な背浮きであろうが、浮いて呼吸を確保し救助を待てた人が水難事故から生還できます。水難学者であると同時に工学者(材料工学)です。水難事故・偽装事件の解析実績多数。風呂から海まで水や雪氷にまつわる事故・事件、津波大雨災害、船舶事故、工学的要素があればなおさらのこのような話題を実験・現場第一主義に徹し提供していきます。オーサー大賞2021受賞。講演会・取材承ります。連絡先 jimu@uitemate.jp

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