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子供を助けようとして親が溺れる原因 そして親子とも生還するためには?

斎藤秀俊水難学者/工学者 長岡技術科学大学大学院教授
わが子の命をつなぐため力尽きる親。でも親子で助かる方法があります(筆者作成)

 今年も子供を助けようとして水に飛び込んだお父さん、お母さんが犠牲になっています。20年くらい前までは親子で亡くなる事故が圧倒的に多かったのですが、最近は子供が助かり大人が亡くなる事故ばかりです。理由としては、子供は学校で浮いて救助を待つ方法を習っているからです。では、親子とも生還するためにどうすればいいのか、現状を確認して、対策を提案したいと思います。

今年発生した、親が溺れる事故

6月8日午後、岐阜県美濃市前野の長良川にかかる美濃橋付近で、溺れた9歳の長男を救出しようとした父が川に流された。川辺で遊んでいた長男と7歳の次男が溺れ、約10 m下流に流されたという。次男は近くの人に、長男は父に救出されたが、父はその後、溺れた。父の発見された場所は、水深約4 mで流れが速かった。(2020.06.09 朝日新聞名古屋地方版の記事内容を参考に氏名等を伏せ構成)

7月23日午前、鹿児島県指宿市の知林ヶ島近くの海岸で、男子小学生3人が波に流され、3人を助けようとした小学生1人の母を含む30代の男女2人も溺れた。全員が救助されたが、このうち母が意識不明の重体。(2020.07.24 KTS鹿児島テレビWEB版の記事内容を参考に構成)

7月23日午後、大阪府摂津市の淀川で、親子が流され、母が行方不明となった水難事故で、その後母が遺体で見つかった。誤って川に転落した9歳の長男を助けようとして溺れたとみられ、長男は自ら岸に上がって助かっており、「足を滑らせて川に落ちたら、母が助けに来てくれた」と話している。(2020.07.29 産経新聞WEB版の記事内容を参考に構成)

8月2日午前、福岡市東区の志賀島の海岸で、佐賀県基山町に住む47歳の会社員の男性が溺れた。男性は妻や親族に救助されたが、搬送先の病院で死亡が確認された。男性は妻と小学生の長男、親族のあわせて7人で海に来ていて、岸から30 mほどの所で泳いでいたところ、長男ら子供3人が高波が来て溺れ、助ける際に溺れた。(2020.08.02 TNCテレビ西日本WEB版の記事内容を参考に構成)

 親が子供を助けようとした時に溺れる事故が、この2か月の間にメディア情報だけで4件ありました。近年は、子供が助かって親が溺れる事故が年間5件から10件は報告されています。これまで10年の間の事故を解析すると、おおよそ次のように分類されます。それぞれの原因について、確認していきたいと思います。

浮いて救助を待てなかった

 池や流れの穏やかな川、あるいは穏やかな砂浜海岸などで発生した水難事故では、最初に子供が水に落ちたり、流されたりして、それを発見した親が飛び込んで溺れます。子供は学校で行われるういてまて教室により、浮いて救助を待つやり方を覚えていて、それを実践していたのですが、飛び込んだ親は浮くことができなかった。むしろ、「助けなくては」と思ってしまい、自分も浮いて救助を待つという選択肢を忘れてしまったのかもしれません。

 これまで発生した代表的な事故として、ある地方農村部にあるため池に小学生が落水した事故を挙げることができます。ため池の斜面には水が漏れないように全面にゴムが張ってありました。この事故では、落ちた小学生がゴム張りのため池から自力で上がることができず、水面に浮いてました。それを発見した女性が飛び込みましたが、やはり自力で上がることができずに水没。それを見た男性が飛び込み女性を助けようとしましたが、やはり水没。結果として小学生はその後助かって、大人の男女が亡くなりました。

 ため池にしても、防波堤にしても、自力で上がれそうに見えても上がれません。ですから、飛び込んだら、子供と一緒に浮いて救助を待つことが生還への早道となるのです。

 こういった事故では、子供が安定した背浮きで浮いていられるなら、「ういてまて」と声を掛けつつ、119番通報するなどして、早く救助隊を現場に呼びます。万が一、飛び込んでしまったら、「助けるんだ」とはもはや考えず、「子供のそばに寄り添う」と考えを切り替えてください。

子供を追いかけたが途中で力尽きた

 先日も浮き具に乗った子供が2 kmほどの沖に流されました。よく「離岸流に流されて」という推測を聞きますが、浮き具に乗って流される事故は、その時の気象状況を確認すれば、風に流されたと考えた方が自然である場合が多いのです。

 思い込みは大変危険です。例えば離岸流であればいくら続いても数百mくらいまで。そして、離岸流に子供と一緒に流されれば、少し頑張って泳げば、理論的には子供のそばに寄ることができます。理由は、同じ速さで流れているからです。ところが、風に流されている場合は、子供や浮き具の一部が帆の役割をしますから、その分だけ流される速さが増します。泳いで近づこうとしても、親は風の支援を受けていないので、追い付くわけがありません。だからこそ、離岸流と決めつけてはいけないのです。

 これまで発生した代表的な事故には、千葉県の東京湾で小学生がゴムボートに乗ったまま流された事故を挙げることができます。この事故では、父と子供がゴムボートに乗り少し沖に出て、父が海に潜り始めました。父がふと気が付くと、子供を乗せたゴムボートが風に流されて勢いよく離れていきました。泳力には自信があったので、必死になって追いかけたが追い付かず、子供はどんどん離れていきました。たまたま、大学のシーカヤック漕艇訓練が現場であり、子供しか乗っていないボートを発見、シーカヤックを近づけてボートを確保。別のシーカヤックが力尽きて漂う父を発見、シーカヤックの舳先につかまってもらいました。その時、父は「もうダメだ。もうダメだ」と繰り返していたそうです。

 このような事故は、海岸であれば風向きが急に変わった時に発生し、海上では風が急に強くなった時に発生します。例えば海岸ではお昼までは海から陸に向かって風が吹いていて、むしろ海岸に向かって流されていたのに、午後から急に沖に向く風に変わったとか、気象海象の急な変化があった時に事故が発生するものです。1時間前は大丈夫だったとしても、次の1時間は大丈夫ではないのです。

 浮き具に乗った子供が流されたら、秒速2 mとかで、みるみる遠ざかります。118番海上保安庁、119番消防に通報して、早く救助隊を呼びます。子供がいつバランスを崩して落水するかもしれません。ですから、通報をためらっている時間はありません。

子供を上陸させてから力尽きた

 このような水難事故のニュースには、筆者が「お父さん、お母さん、最期まで頑張りました」というコメントをつけて、ご冥福をお祈りしています。自分の命を犠牲にしてでも、わが子の命を陸にいる人に託したい。きっと親ならそう思うし、そう行動するかもしれません。でも、それは選択の問題で、正しい選択肢を選んでいただければ、親子とも生還できるのです。

 こういった水難事故は、水面と陸上との高低さがある場所で、比較的親の泳力がある時に発生します。図1を見てください。このように高低差があれば、子供も親も自力で上がることができません。ここは昨日リリースしたニュースをご覧下さい。

図1 親が沈むことによってわが子を浮かせて、陸にいる人にわが子を託して、親が亡くなる事故例。高低差のある現場では、自分たちで解決しようとせず、早く救助隊を現場に呼ぶことが重要(筆者作成)
図1 親が沈むことによってわが子を浮かせて、陸にいる人にわが子を託して、親が亡くなる事故例。高低差のある現場では、自分たちで解決しようとせず、早く救助隊を現場に呼ぶことが重要(筆者作成)

 陸上にいる人たちは、何とか子供を救助しようと手を差し伸べてくれます。この時、子供をできるだけ高い位置に持っていくには、親が息を吐きながら潜水し、子供の腰あたりをもって水面に持ち上げるようなしぐさに入ります。これで子供を支える腕が軽くなるまで、すなわち陸の上の人によって子供が引き上げられるまで、頑張ります。

 ただ、これで親が頑張れるのもせいぜい30秒くらい。子供を離さない限り、呼吸ができません。そして、子供が引き上げられた時には、2度と呼吸することなく、海底に沈んでいくことになります。

 水面と陸上の高低差で這い上がれるのは、せいぜい10 cmです。それ以上の高さがあったら、親子して浮いて救助を待っていてください。陸の上の人は早く緊急通報して、救助隊を呼んでください。水難救助隊の最も重要な任務は、要救助者を上陸させることなのです。市民には難しい、でもプロフェッショナルなら完遂できる仕事が上陸支援です。「目の前で浮いていて自力で上がれそうだから、119番通報はちょっと」とためらってはいけません。

このハイペースな水難事故を断ち切りたい

 今年は、子供だけで溺れる事故、家族で遊んでいて親が溺れる事故、いずれもハイペースで件数が積みあがってきています。これを断ち切るために、今年は近所の海とか川とかに少しお出かけする時には、水に足だけ浸けて楽しむ、ウエイディングをお勧めします。身体全体、特に腰から上まで水に浸かると、何かしらの危険があった時に簡単に流されてしまいます。逆に膝下までであれば、様々な突発的な事象に対処できます。

 ぜひ、このような具体例を参考にして、次の1週間、安全に夏の思い出を作っていただければと思います。

水難学者/工学者 長岡技術科学大学大学院教授

ういてまて。救助技術がどんなに優れていても、要救助者が浮いて呼吸を確保できなければ水難からの生還は難しい。要救助側の命を守る考え方が「ういてまて」です。浮き輪を使おうが救命胴衣を着装してようが単純な背浮きであろうが、浮いて呼吸を確保し救助を待てた人が水難事故から生還できます。水難学者であると同時に工学者(材料工学)です。水難事故・偽装事件の解析実績多数。風呂から海まで水や雪氷にまつわる事故・事件、津波大雨災害、船舶事故、工学的要素があればなおさらのこのような話題を実験・現場第一主義に徹し提供していきます。オーサー大賞2021受賞。講演会・取材承ります。連絡先 jimu@uitemate.jp

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