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マルケスが”ヒジ擦り”する理由はフロントの滑りを探るためだった!

佐川健太郎モーターサイクルジャーナリスト
画像出典元:motogp.com(以下すべての画像含む)

どんなに不安定でも曲げていける

マルク・マルケス(レプソル・ホンダ)がMotoGP第15戦タイGPで優勝。最高峰クラス6度目、全クラスで通算8度目のタイトル獲得を決めた。クアルタラロ(ペトロナス・ヤマハSRT)との終盤の一騎打ちは見応えのあるものだったし、ビニャーレス(モンスターエナジー・ヤマハMotoGP)やリンス(チーム・スズキ・エクスター)など新しい世代の台頭が目立ったシーズンでもあった。

その中でもやはりマルケスの強さは抜きに出ている。タイGPをテレビ中継で見ていたが、リヤタイヤが完全に浮くような超ハードブレーキングから、そのまま後輪をアウトに振り出しながらぺたんとマシンを寝かせると、誰よりも深いバンク角でコーナーを切り取っていく。やり過ぎてフロントがアウトに流れ出してもお構いなしだ。どんな不安定な状態からでもマシンをコントロールしてラインに乗せていくあの異常とも思える走り。天才ぞろいのMotoGPライダーをもってしても、あんな芸当ができるのはマルケスだけだ。

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フロントの滑りを肘で押し返す超テクニック

彼のライテクについての記事を外電などから漁ってみたが、マルケスの強さの秘訣はフロントタイヤのスライドコントロールにあるようだ。フロントが滑ればそのままコケるしかない。これはライダーなら誰もが知っている、あるいは経験済みのセオリーである。だが、マルケスはフロントの滑りをコントロールできるという。何故そんな真似ができるのか、ライバルのMotoGPライダーでもなかなか理解できないようだ。

マルケスのライディングは独特だ。肘を路面に擦りつける“ヒジ擦り(Elbow Down)”は、おそらくマルケスが最初にやり始めたテクニックと思うが、それはバンク角を探るためと思われがちだが、実はそれだけではないらしい。今やMotoGPマシンのバンク角は65度を超え、映像で見ているとまるで転んでいるかのようだ。その角度になると、実際のところ従来のハングオフのように腰を大きくイン側にずらすこともできないし、ヒザすら開けない状態になっている。だから、仕方なくヒジを当ててバンクセンサーにしていると思いきや、実はフロントがスライドしすぎて切れ込んで転びようになるところを、なんとマルケスは肘で路面を押し返してバランス補正していると言うのだ。映像を見ていると、もうすでに転んでいる状態からでも、肘だけでなく肩やヒザまで使ってバイクを立て直そうとする姿が確認できる。けっして諦めないのだ。

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つまり、マルケスはフロントタイヤのグリップ限界を超えたところで走っていることになる。コーナー進入時のブレーキングでもフルバンクに至る最後の最後までフロントのグリップを探っていけるので、あれだけの突っ込み勝負ができるわけだ。

また、マルケスはコーナリング中にハンドルを意図的にフルロックさせてスリックタイヤを滑らせることもできるそうだ。そうすることで、各コーナーのグリップ感触を得ながら肘の使い方をマスターしているのだとか。ますます人間業とは思えない。

タイヤの進化が体内時計を遅らせた

ハード面の進化ももちろんある。先日、あるタイヤメーカーを取材していてタイヤのグリップ性能の話題になったが、マシンの高性能化を追いかけるようにタイヤも日々進化しているようだ。

興味深かったのは「滑りの領域」の話で、グリップ走法しているようでも実際は常にタイヤはスリップしているということ。そのスリップ量が一定であればライダーは安心できる。逆に言えば、急にスリップ量が変わると怖いわけだ。

今のタイヤはその滑りの領域における過渡特性が穏やかになるよう作り込まれている。人間の感性に合っている、という表現もできるが、タイヤの接地圧が減って滑りそうな予感がするところから、実際に滑り始めるところまでの時間を長くとることで、ライダーにとって何かができる時間的な猶予を増やせるという発想だ。つまり、そこがコントロールできる領域である。マルケス級のライダーになると、そのコンマ数秒の時間でも彼の体内時計ではゆったりとした時を刻んでいるのかもしれない。それも200km/hオーバー、バンク角65度の世界でだ。

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常に限界まで攻めていけるタフさも強み

実際のところ、マルケスの走りを見ているとレース中にフロントが切れ込むような動きを見かけてヒヤッとすることが多い。“普通の”MotoGPライダーであればとっくに転んでしまうようなシチュエーションでもマルケスはしぶとく転ばない。フロントタイヤが切れ込んだまま長々とブラックマークを描くような摩訶不思議なシーンでも、「あ、マルケスだからね」と納得させられてしまう。常に限界まで攻めて積極的にリスクを負うタイプなので、もちろんシーズンを通じての転倒回数も多いのだが、そうなってもあまり深刻なケガを負わないのも強みだと言える。常に明るくアグレッシブで精神的にもタフという、まさにライダー向きの性格が運気を呼び寄せてくるのだろう。

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今週末はMotoGP第16戦日本グランプリがもてぎで開催される。すでに年間チャンピンを決めているが手抜きをするマルケスではない。今回はどんなアートを見せてくれるのか楽しみだ。

※原文より筆者自身が加筆修正しています。

出典:Webikeバイクニュース

モーターサイクルジャーナリスト

63年東京生まれ。早稲田大学教育学部卒業後、RECRUITグループ、販促コンサルタント会社を経て独立。趣味が高じてモータージャーナルの世界へ。編集者を経て現在はジャーナリストとして2輪専門誌やWEBメディアで活躍する傍ら、「ライディングアカデミー東京」校長を務めるなど、セーフティライディングの普及にも注力。㈱モト・マニアックス代表。「Webikeバイクニュース」編集長。日本交通心理学会員 交通心理士。MFJ認定インストラクター。

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