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パイクスピークでの悲劇を経てPPIHCが家族支援ファンドを設立

佐川健太郎モーターサイクルジャーナリスト
パイクスピークを疾走する在りし日のカーリン・ダン選手

新記録樹立を目前にして

2019パイクスピーク・インターナショナル・ヒルクライムで悲劇的な事故が発生した。Spider Grips Ducatiチームからドゥカティ・ストリートファイターV4プロトタイプで参戦していたカーリン・ダン選手(米)が6月30日の決勝レース中にフィニッシュライン直前の最終コーナーでコース外に転落する事故があり、帰らぬ人となった。

ダン選手はこれまでに4度パイクスピークを制した実績を持つトップライダーで、今大会の予選でもポールポジションを獲得するなど優勝候補の筆頭として期待されていた。決勝レースでも前半3つのセクションで圧倒的な速さを見せるなど、新記録樹立を目前にしてのアクシデントだった。

プロ中のプロだった

ダン選手はバイク修理店を営む元マン島TTレーサーだった父の下で9才からレースを始め、オンロードからオフロード、カートまであらゆるモータースポーツを経験し、出場したほぼすべてのレースでタイトルを獲得してきたというプロ中のプロだ。

パイクスピーク以外でも「スコアBaja 500」や「スコアBaja 1000」などのデザートレースやボンネビルのスピードレースでも活躍。自転車のフリーライドマウンテンバイクのパイオニアでもあり、テレビや映画のスタントライダーとしても名を知られていた。

190cmを超える長身と長い手足を生かした豪快かつ華麗なライディングで、オン・オフを問わず多くのファンを魅了したライダーだった。

PPIHCが家族支援ファンドを設立

レース主催者による公式発表では、ダン選手の誠実で温かい人柄に触れ、パイクスピークを愛してやまなかった一人のライダーの突然の死に対する深い哀悼の意を表している。

また、事故を受けて、ドゥカティ北アメリカとパイクスピークインターナショナル(PPIHC)はダン選手の母親を支援するためのGoFundMeオンライン募金口座を開設した。

画像出典:GoFundMeより
画像出典:GoFundMeより

以下、GoFundMeからの要約。

カーリンはパイクスピークでこれまでも4度のチャンピオンに輝いた。参戦初年の2011年にはルーキーオブザイヤーを獲得し、翌年には2輪部門として初めて10分の壁を破り、5年間にわたってコースレコードを樹立。

その後もドゥカティSquadra Alpinaチームの一員として2つのレースシーズンでボランティアとして参加し、スマートプログラムを通じて初参加の新人ライダーの指導を行うなどレース運営にも貢献した。

彼は生前に親交のあったすべての人々から愛され、尊敬され、賞賛されていた。 男であり競技者であったカーリンの本当の姿を土曜日に撮影されたビデオでご覧ください。

■Final Day - Carlin Dunne at Pikes Peak

GoFundMeアカウントを介して調達された収益はすべて、カーリンの母親に直接支払われる。パイクスピークインターナショナルの取締役会は、彼がフィニッシュラインを越えていれば達成していただろう9分32秒という驚くべきタイムに敬意を表し932ドルを寄付した。

これは2輪の新たなコースレコードで、現在の記録を12秒上回っていたはずだった。このキャンペーンでは最終的な目標金額を10932ドルに設定している。

>>GoFundMe Fundraising Campaign Created to Support Carlin Dunne

愛してやまなかったバイクとともに36年の生涯を駆け抜けたカーリン・ダン選手。

“キング・オブ・マウンテン”の称号とともに、その勇姿はいつまでも人々の記憶に残るだろう。心より冥福を祈りたい。

出典:Webikeバイクニュース

モーターサイクルジャーナリスト

63年東京生まれ。早稲田大学教育学部卒業後、RECRUITグループ、販促コンサルタント会社を経て独立。趣味が高じてモータージャーナルの世界へ。編集者を経て現在はジャーナリストとして2輪専門誌やWEBメディアで活躍する傍ら、「ライディングアカデミー東京」校長を務めるなど、セーフティライディングの普及にも注力。㈱モト・マニアックス代表。「Webikeバイクニュース」編集長。日本交通心理学会員 交通心理士。MFJ認定インストラクター。

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