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教員も子供も追い詰められる 長時間労働、校則、いじめ… 2022年の教育問題 #日本のモヤモヤ

内田良名古屋大学大学院教育発達科学研究科・教授
(写真:イメージマート)

2022年も、多くの教育問題が語られた。ただここ数年のそれは、従来と大きく異なる点がある。これまで教員は、子供が直面する問題の責任主体とみなされ、しばしば強い非難が向けられてきた。ところがその責任主体たる教員が、過酷な働き方に追いやられているという。個別の暴力・ハラスメント等の事案を免罪してはならないが、学校教育が全体として危機に陥っているとの認識が重要だ。長時間労働、校則、いじめなどの最新動向を解説しながら、子供と教員の双方が安全・安心に学校生活を送られるよう、2023年を展望したい。

■教員の長時間労働――学校部活動はどこに向かうのか

学校から部活動がなくなる?

今年、教員の長時間労働に関連してとりわけよく耳にした言葉が、「部活動の地域移行」だ。部活動指導が教員の長時間労働の大きな要因になっているとして、公立中学校の休日の部活動指導を、当該地域のさまざまな団体等にゆだねる動きである。

文部科学省は、2023年度から2025年度を「改革集中期間」として、地域移行に重点的に取り組むとしてきた。2022年度はそのための準備期間であり、12月27日にはスポーツ庁と文化庁から「学校部活動及び新たな地域クラブ活動の在り方等に関する総合的なガイドライン」が示されたばかりである。

だが、地域移行のハードルは、とてつもなく高い。これまで教員の善意に依存して、ほとんどただ働きのような状況で、部活動が運営されてきた。肥大化した部活動を地域移行したくとも、指導者もいなければ財源もない。移行は容易ではなく、12月23日に文部科学省が発表した予算案では、「改革集中期間」は「改革推進期間」に改められ、長期的な展望で移行に取り組むことが明らかにされている(教育新聞、2022年12月23日付)。

教員の8割が地域移行を望む

私は2021年に共同研究にて、「学校の業務に関する調査」と題するウェブ調査を実施した 。公立中学校の教員に地域移行についてたずねたところ、80.8%が賛成の意を示した。性別や年齢別、配偶者の有無別では、賛否に対する統計的な差は得られず、属性に関係なく大多数が賛意を示した。

唯一、統計的な差が確認されたのが、教員自身に小学校6年生以下の子供がいるか否かであった。子供がいない場合でも77.7%が賛成しているが、子供が2人以上いる場合には97.8%とほぼ全員が地域移行を望んでいる。教員も一人の人間であり、自分の子供とともに過ごしたいのだ。

教員自身の子供の数と部活動の地域移行への賛否との関係 ※筆者自身が実施したアンケート調査の分析結果より作図
教員自身の子供の数と部活動の地域移行への賛否との関係 ※筆者自身が実施したアンケート調査の分析結果より作図

文部科学省は2022年、公立の小中学校を対象に「教員勤務実態調査」を実施した。2006年度と2016年度に実施されており、今回は6年ぶりの実施だ。2023年春には速報値が公表される。

2016年度調査では、教諭における平日一日あたりの勤務時間(平均)は、小学校が11時間15分、中学校が11時間32分に達した。中学校や高校の部活動は、困難をきわめながらも改革が着実に進められている。一方で、小学校は部活動がなくとも、長時間労働である。部活動のようなわかりやすい一手が打てぬまま、現場からは「何も変わっていない」という声が多く聞こえてくる。

■校則改革――変わるべきはだれなのか

シャツの腕まくり解禁に5年

2022年の潮流として、教員側について働き方改革をあげるならば、生徒側については校則改革をあげることができよう。

昨今の校則問題は、2017年10月に大阪府立高校の女子生徒が、生まれつきの茶色い髪を黒色に染めるよう強要されて精神的苦痛を受けたとして、大阪府に賠償を求める訴訟を起こしたことが火付け役となった。その後、ツーブロック禁止や下着の色チェックなど、いくつかの理不尽な校則が大きく報道されてきた。

写真:西村尚己/アフロ

2022年は、それらの動きがもはや報道にならないレベルで、多くの学校に改革の輪が広がっていったように感じられる。2022年12月に、12年ぶりに改訂されたばかりの文部科学省の「生徒指導提要(改訂版)」(児童・生徒指導に関する手引書で、2010年に策定)においても、「校則の見直し」に関する記述が厚くなっている。私自身、この一年は多くの学校の生徒や教員と、改革に向けた意見交換を非公式におこなったものだ。

ところで、校則改革の取り組みのほとんどは、「生徒自身による見直し」「生徒会が主体的に取り組んだ成果」として語られている。生徒が自分たちのルールを自分たちで取り決める。とても意義深い活動だ。しかしながら時折、それでよいのだろうかと疑念が生じることがある。

生徒からの提案が実ったのはよいことだ。だが、それらの活動には半年から一年ほどを要している。生徒会が、生徒や教員、保護者らにはたらきかけ、ようやく靴下や髪ゴムの色が数色増えたとか、教室内でひざ掛けの使用が認められるようになったとか、労力のわりにきわめて限定的な見直しにとどまっている。「シャツの腕まくりを認めてもらうのに、代々の生徒会で5年かかった」と嘆く高校生もいた。

生徒の活躍と同時に、教員の絶大な権力を感じ取ってしまうのは、私だけだろうか。結局のところ、教員側の意向次第で、校則はいかようにでもなる。生徒による校則改革が花開くためにも、まずは教員が先に変わらなければならない。

校則がなくなると「生徒指導」の時間は増えるのか

先の「学校の業務に関する調査」では、校則についても質問した。「生徒は制服を着用すべきだと思う」という意見は、公立中学校教員の約7割(69.2%、317名)が支持を示した。ただ、ここで注目したいのは、生徒の制服着用を支持する教員とそうではない教員との間で、見える世界がずいぶんと異なっている点だ。

「生徒は制服を着用すべき」という意見に対する賛否別に、「生徒の服装や頭髪などの規定をなくすと、生徒指導に要する時間が増えると思う」の回答傾向を調べた。結果は、制服着用を支持する教員の67.8%が、服装や頭髪規定をなくすと指導の時間は「増える」と考え、逆に制服着用を支持しない教員では「増えない」が68.8%にのぼった。

図 制服の着用義務と生徒指導に要する時間の関係 ※内田良「教師の目線、生徒の目線」内田良・山本宏樹『だれが校則を決めるのか』(2022年、岩波書店)より引用(一部改変)
図 制服の着用義務と生徒指導に要する時間の関係 ※内田良「教師の目線、生徒の目線」内田良・山本宏樹『だれが校則を決めるのか』(2022年、岩波書店)より引用(一部改変)

制服を着用すべきとする側の教員は、服装・頭髪規定をなくせば、きっと学校や学級の秩序が乱れてしまうと危惧する。それゆえ生徒指導の時間は増えてしまうと考える。

一方で、制服着用の必要性を感じない教員は、生徒が自由になったところで指導に要する時間は増えないと答えている。これは、自由にしたところで風紀が乱れることはないとの見解であると考えられる。

そもそもルールがなければ、違反も生じない。何色の服だろうが、どのような髪型だろうが自由であれば、指導することがなくなってしまうのだ。私自身、大学教員として日常的に多くの学生と接していて、いまだ1分たりとも学生の服装・頭髪を指導したことはない。

教員が生徒の服装や頭髪が乱れぬようにと気を配ってくれることは、秩序の安定をもたらすのかもしれないが、それは同時に教員の業務を増やすことにもつながっている。教員が生徒への気遣いをやめたとき、そこに生徒の自由と、教員の負担軽減が見えてくる。校則改革は、教員の働き方改革にも通じる取り組みと言える。

■「らしさ」を問う

学校では背負いきれない

私の目には、学校はとっくに限界にきているように見えてならない。2019年1月に文部科学省の中央教育審議会がとりまとめた「新しい時代の教育に向けた持続可能な学校指導・運営体制の構築のための学校における働き方改革に関する総合的な方策について(答申)」では、登下校の安全確保、部活動、支援が必要な子供への対応など、計14の業務についてその外部化や負担軽減が提起された。

生徒のいじめや暴力行為について、国立教育政策研究所のリーフレット「学校と警察等との連携」(2013年)には、「警察の介入を求めることを『教育の放棄』と受け止める考え方が根強い(略)そのため、学校だけではもはや対処できない事態に陥りながら抱え込みを続け、更に悪化させてしまう」との指摘がある。大阪府寝屋川市では、「いじめの加害者も被害者も同じ『教育・指導すべき児童・生徒』となる」ため、学校教育の対応には限界があるとして、教育委員会ではなく市長(の直轄の部署)からのアプローチが必要だと強調する(寝屋川市危機管理部監察課「CLOSE UP 先進・ユニーク条例『寝屋川市子どもたちをいじめから守るための条例』」、2020年)。

いじめ対応をはじめ、聖職者たる教員がすべてを受け止めるのではなく、外部の専門家や機関にゆだねていく。ハードルが高いことばかりかもしれないが、部活動と同じように手放すことを模索していかねばならない。

写真:アフロ

絶望か、展望か

「お金や時間に関係なく子供のために尽くす」という「先生らしさ」。服装・頭髪の「中学生らしさ」「高校生らしさ」。かつては、そうした「らしさ」の追求が功を奏したことも多々あったことだろう。だがそれがいまや、子供や教員から、安全・安心な学校生活を奪っているように見える。

年末の12月25日、「ジャージー登校定着したけど…制服再開の動き」(岐阜新聞)の記事が、ヤフーニュースのトピックスにあがった。コロナ禍で洗いやすさを重視してジャージー着用が日常化した学校で、制服着用に戻す動きが出ているという。

2023年を「展望」したいところだが、上記のような記事を年末に読んでしまうと、正直なところまだまだ「絶望」の感が強い。

学校教育の未来は、けっして明るくはない。それでも絶望を声に出せているだけ、大きな前進だ。明日からもそして来年もまた、絶望を語っていこう。

【この記事は、Yahoo!ニュース個人編集部とオーサーが内容に関して共同で企画し、オーサーが執筆したものです】

=注記=

「学校の業務に関する調査」の概要

方法:ウェブ調査。株式会社マクロミルのウェブモニターを利用。

実施期間:2021年11月20日(土)~28日(日)。

対象:①公立小学校の教員、②公立中学校の教員。いずれも、フルタイム(正規採用ならびに常勤講師)で年齢が20代~50代の教諭・指導教諭・主幹教諭に限定。

サンプルサイズ:①466名、②458名(合計で924名)。

なお本調査は、科学研究費補助金(基盤研究(B))「『教員の働き方』の現在:危機の実態把握にもとづく啓発活動の迅速な展開」(研究代表者:内田良、課題番号:21H00833)による調査研究の一環である。

名古屋大学大学院教育発達科学研究科・教授

学校リスク(校則、スポーツ傷害、組み体操事故、体罰、自殺、2分の1成人式、教員の部活動負担・長時間労働など)の事例やデータを収集し、隠れた実態を明らかにすべく、研究をおこなっています。また啓発活動として、教員研修等の場において直接に情報を提供しています。専門は教育社会学。博士(教育学)。ヤフーオーサーアワード2015受賞。消費者庁消費者安全調査委員会専門委員。著書に『ブラック部活動』(東洋館出版社)、『教育という病』(光文社新書)、『学校ハラスメント』(朝日新聞出版)など。■依頼等のご連絡はこちら:dada(at)dadala.net

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