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児童虐待 本当は増えていない――「親から叩かれた」の割合が減少へ

内田良名古屋大学大学院教育発達科学研究科・教授
内閣府「非行原因に関する総合的研究調査」

「児童虐待防止推進月間」も起き続けた虐待事件

「児童虐待防止推進月間」の11月が過ぎ去った。

今年の11月もまた「虐待防止」の願いむなしく、残酷な虐待事案の報道が続いた。20日には新潟県燕市で、長女を橋から川に落として殺害したとして母親が逮捕され、27日には高槻市で生後間もない長男に暴行をくわえ意識不明(回復の見込みなし)にしたとして父親が逮捕された。

他にも深刻な事案が複数起きた。気持ちは暗くなるばかりである。しかしだからこそ、前向きな話題を提供し、今日からの新たな一年に向けての糧としたい。

本当は増えていない児童虐待

じつは今回、子ども関連の各種調査を丹念に調べるなかで、児童虐待が減少傾向にあることが確かなかたちで見えてきた。

虐待防止の専門家は、長らく何のエビデンス(科学的根拠)もないままに「虐待は増えている」と、口をそろえて主張してきた。詳細は後述するとして、まずは虐待減少のエビデンスを提示しよう。

内閣府による「非行原因に関する総合的研究調査
内閣府による「非行原因に関する総合的研究調査

ここに示したグラフは、内閣府による「非行原因に関する総合的研究調査」の結果の一部である。調査は全国の子どもを対象にして、おおよそ10年おきに実施されている。1998年の調査からは、「小さい時に親から暴力をふるわれた」という質問項目が追加された。回答は「ときどきあった/ほとんどなかった」の2択であり、グラフは「ときどきあった」と回答した者の割合を示している。

グラフからわかるように、1998年から2009年にかけて中学生、高校生、大学生では数値が大きく減少している。学校段階があがるほど、その減少幅は大きくなる。ただし小学生では、わずかではあるが数値が増加している点は、今後慎重に見ていく必要がある。

千葉県我孫子市「『子育て』『子育ち』環境等に関する総合調査」
千葉県我孫子市「『子育て』『子育ち』環境等に関する総合調査」

地域限定の調査ではあるものの、千葉県我孫子市の「『子育て』『子育ち』環境等に関する総合調査」からも同様の結果が得られる。この調査は3年おきに実施されており、子ども調査では2006年から、「親にたたかれた」ことがあるかどうかが質問されている。回答は「ある/ない」の2択であり、グラフは「ある」と回答した者の割合である。

グラフからは、小学生、中学生、高校生いずれにおいても、2006年から2012年にかけて「ある」の割合が徐々に減少していることがわかる。

以上、内閣府と我孫子市の子ども調査からみえてきたように、親から暴力を振るわれたり叩かれたと回答する子どもの割合は、総じて減少傾向にあることがわかる【注記】。

虐待の相談件数の読み方

さて、児童虐待件数の推移を示すデータとして、決まって参照されるのは、全国の児童相談所に寄せられた虐待相談の対応件数(以下、相談件数)である。2013年度の件数は7万件を超えたとして、今年の8月にマスコミが一斉に報じたことを記憶している人も多いだろう。

児童相談所における児童虐待相談の対応件数
児童相談所における児童虐待相談の対応件数

虐待防止の実務に携わる者も、また大学の研究者も、この件数の推移をそのまま真に受けて「虐待が増えた」と主張する人はいない。統計がとられ始めた1990年代は、そういう声もいくつかあった。だが、今日においては、相談体制の強化や人びとの意識の変化を含めて、「日本社会の関心の高まりが、相談件数の増加をもたらしている」というのが、厚生労働省や専門家の共通理解となっている。

でも…さりげなく「本当に増えている」

相談件数の増加は、社会的関心の高まりによってもたらされたものである。この点はそれでよい。だが注意したいのは、その続きである。「それと同時に」と、専門家は付け加える――「虐待そのものの増加も起きている」と。

「社会的関心の高まりだけでなく、虐待そのものの増加も起きていて、それが相談件数の増加につながっている」――児童虐待の件数に関する記事や本を読むと、まるで判を押したかのように同じ主張が並んでいる。もちそん、そこには何のエビデンスもない。相談件数の増加に乗じて、じつにさりげなく「本当に増えている」という見解が差し込まれ、その考えが厚生労働省や専門家の間で共有されているのである。

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8月に相談件数がマスコミで報道された際に、私は「『児童虐待7万件超 過去最悪』のウソ」と題して、虐待死や無理心中による死亡の件数が減少傾向にあることを根拠に、虐待は減少しているのではないかとの見解を表明した。

この見解を受け入れてくれた人びとも多かったが、他方で、「死亡は減っていても、軽度のものは増えている」とか「実感として増えている」という意見ももらった。毎度のように、そこにエビデンスは不在である。

まるで信仰であるかのように、専門家たちは「本当に増えている」と繰り返し主張する。だから今回、さらに新たなエビデンスによって、その正否を確かめたわけである。

減っていても減らしたい

これまで虐待防止の運動は、「増えているから減らしましょう」というロジックに安易に乗っかってきた。

「子どもの命を守るためには、多少のウソをついてもいい」と考える人もいるかもしれない。でも、それを言い出したら、世の中は政治家の意のままである。

2013年度の1年で、虐待によって54人の子どもが命を落としている。これだけで十分に大きい数字であろう。虐待はけっして1回限りではなく、何回も繰り返されている。子どもにとっては地獄の日々である。このような事態は、いま実態を示す数字が減っているとしても、それでもなお減らすべきであろう。

複数のデータからみえてくるのは、まだまだ虐待は多く起きているけれども、それでも世の中はいま、少しずつ明るい方に向かって進んでいるということである。保護者は、子どもの人権と心身の安全をこれまで以上に尊重している。

保護者の劣化言説、子育て環境の劣化言説ばかりではシンドイ。まずは、この前向きなデータを受け止めて、明日への糧としようではないか。

注記)

これら2つのデータは、国や自治体における子ども関連の膨大な調査のなかから、過去と現在の状況が比較可能なものを、なんとか見つけ出したものである。比較を可能とするためには、以下に示す厳しい要件がある。

第一に、過去と現在において、調査対象者のサンプリング方法が同一である。

第二に、過去と現在において、質問が同一である。

第三に、調査結果(数値)が正確に比較可能なかたちで、公表されている。

第四に、質問は、客観的な行動レベルを問うものである。

この第四の点については、さらに説明が必要である。「子どもを叩いた」「子どもに暴力を振るった」という項目は、行動レベルで確かに把握できる内容である。叩かれたかどうかは被害側(子ども)において、客観的に測定可能である。

それがたとえば、「虐待を受けたことがある」となると、客観性の保証は失われてしまう。「叩く」という行為は同じであっても、それを「虐待」や「体罰」と呼ぶかは、その人の主観に左右される。養育者がよく使う「叩いたけど、虐待だとは思っていない」という言い訳は、まさに「虐待」という言葉の難しさを示している。

なお同じ理由で、ネグレクトや心理的な暴力も、それを客観的に測定することは容易ではない。

以上、このような厳しい要件をクリアしたものが、今回紹介した2つの調査である。

名古屋大学大学院教育発達科学研究科・教授

学校リスク(校則、スポーツ傷害、組み体操事故、体罰、自殺、2分の1成人式、教員の部活動負担・長時間労働など)の事例やデータを収集し、隠れた実態を明らかにすべく、研究をおこなっています。また啓発活動として、教員研修等の場において直接に情報を提供しています。専門は教育社会学。博士(教育学)。ヤフーオーサーアワード2015受賞。消費者庁消費者安全調査委員会専門委員。著書に『ブラック部活動』(東洋館出版社)、『教育という病』(光文社新書)、『学校ハラスメント』(朝日新聞出版)など。■依頼等のご連絡はこちら:dada(at)dadala.net

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