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なぜ、「マネジメントの父」ドラッカーは日本企業と水墨画に惹かれたのだろうか

西田亮介社会学者/日本大学危機管理学部教授、東京工業大学特任教授

「マネジメントの父」ピーター・ドラッカーは、日本でもよく知られている。それどころか、経営者を含め、日本では世界でもなかなか類を見ないレベルで受容されているのではないか。筆者も、博士研究で、NPOなどを扱ったため、それなりに著作を手にとった。自宅や研究室の書棚にあるドラッカーの書籍は両手両足で数えられる数ではないだろう。それでも多作なドラッカーの、生涯にわたる膨大な仕事のなかではほんの一部をかすめたにすぎない。

経営学者の友人に言わせれば、ドラッカーは少々眉をひそめる対象でもあるらしい。確かに反証可能性に開かれているかといわれると疑問に思える点も少なくない。その点、ドラッカー本人も、「社会生態学者」などと自己規定している。いずれにせよ、経営学者でもなく、ましてや経営者でもない、筆者などからすれば、おもしろい記述なら、それはそれでよいともいえる。自己啓発書でさえないから(それどころか、個人的には随分ダウナーに読める!)、多くのコンサルティングの実務経験に裏打ちされた経験知を、含蓄ある経験的(そして文化社会的)記述として読む分にはなかなか示唆もある。

話がそれた。現在、千葉市美術館で、「ドラッカー・コレクション 珠玉の水墨画「マネジメントの父」が愛した日本の美」という企画展をやっている。

http://www.ccma-net.jp/exhibition_end/2015/0519/0519.html

ドラッカーが日本通で、日本企業やそのマネジメントを高く評価していたことは知られているが、日本のアートにも関心を持っていたことを知っている人は、よほどドラッカーを読み込んでいる人に限られるのではないか。ましてや、自身で、室町時代の水墨画のコレクションを持っていたことを知っている人はどれだけいるだろう。少なくとも、筆者は知らなかった。

職場で上記のポスターを見かけて興味を持ち、千葉市での仕事のあとに、プライベートで足を運んでみることにしたのだった。以前、ブログでも書いたことがあるように、あまり千葉市美術館に良い印象をもっていなかったので、あまり期待せずに。

チケットを買って展示の中に入ると、ドラッカーの蔵書一覧が目に入る。以後、展示されるのは、多くの水墨画である。雪舟や狩野派に惹かれていたようだ。著名なものから、無名の書き手のものまで結構な分量である。とくに室町時代の水墨画を好んだらしいのだが、ドラッカーは「日本のルネッサンス」と評している。

展示は時代区分ごとに並べられており、ドラッカーの問題意識と絡めた比較的詳細な説明もある。だが、なにより、コレクションされている水墨画における、筆の運び、線のあり方、筆致等々、何となく共通点があるような、ないような気もしてくる。過剰ともいえる精確さ、あるいは、対称的に少ない筆の運びで、いきいきとした表現が立ち上がってくるような作品が多いようにも見えてくる気がした。

「ドラッカーは、なぜ日本と日本企業に惹かれたのか」という問いを念頭に置きながらコレクションを眺めていくと、絵画のなかから「なぜ、ドラッカーは日本企業と水墨画に惹かれたのだろうか」という問いの答えが立ち上がってくるかのように思えた。普段、絵画を楽しむ習慣を持たないので、邪道な楽しみ方だろうが、随分、興味深い企画だった。

会期は、2015年5月19日(火)~ 6月28日(日)。ドラッカーやビジネスに興味を持つ人は一度足を運んでみてもよいのではないか。

社会学者/日本大学危機管理学部教授、東京工業大学特任教授

博士(政策・メディア)。専門は社会学。慶應義塾大学総合政策学部卒業。同大学院政策・メディア研究科修士課程修了。同後期博士課程単位取得退学。慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科助教(有期・研究奨励Ⅱ)、独立行政法人中小企業基盤整備機構経営支援情報センターリサーチャー、立命館大学大学院特別招聘准教授、東京工業大学准教授等を経て2024年日本大学に着任。『メディアと自民党』『情報武装する政治』『コロナ危機の社会学』『ネット選挙』『無業社会』(工藤啓氏と共著)など著書多数。省庁、地方自治体、業界団体等で広報関係の有識者会議等を構成。偽情報対策や放送政策も詳しい。10年以上各種コメンテーターを務める。

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