なぜ、1月1日はこの冬の寒い日になったのか?

新年あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。

さて、1月1日といえば、年の最初の日。その年一年の計画を立てたり、ことしは習い事を始めようとか、家族を大事にしようとか、気持ちを新たにする日でもあります。

この季節特有のヒンヤリした空気や、シンとした夜の静けさが気持ちを引き締めるので、一年のはじめにはふさわしい気候かもしれません。しかし、それは、北半球の一部の地域のこと。南半球は夏の気候ですし、夜の長さも当然違います。

そもそも、1月1日は、他の日に比べて、太陽の高さが特別に高かったり低かったり、昼の長さが特別に長かったり短かったりする日ではありません。月の満ち欠けも毎年異なります。農耕を始める時期でもなければ、狩りを始めるシーズンというわけでもありません。

暦とは本来、緻密な天体観測の結果、太陽の運行の正確な周期を割り出し、それによって季節を確定し、農作業や祭事に役立てるものです。それであれば,夏至や冬至のような、わかりやすく誰にとっても観測可能な日を1年の最初にしてもよかったはずです。

なぜ、この時期が1月1日に定められたのでしょうか?

1月1日は暦によって異なる

現代の日本では「グレゴリオ暦」という太陽暦が採用されています。日本での採用は明治6年(1873年)ですが、それ以前は天保暦が使われていました。これは太陰太陽暦というもので、基本は月の満ち欠けに合わせるのですが、それだと季節がずれるので、閏月をいれて調整するというものです。

現在も中国はこの太陰太陽暦(授時歴、時憲歴)でお正月を祝います。

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それ以外にも、色々な暦が有り、それぞれに開始日が異なります。私達の1月1日は、他の人にとっては、ただの冬の一日、なのです。ヒンドゥー歴、ユダヤ暦といった名前からわかるように宗教上の必然性によって、暦が定められています。

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2019年1月1日を、祝日としている国もあれば、そうでない国もあります。ざっと上げても上記のとおりです。キリスト教国だけではなく、日本や中国、韓国なども祝日としていますし、トルコや、アラブ首長国連邦のようにイスラム教の国も祝日としています。

一方で、独自の暦をもつ国では、2019年1月1日は必ずしも祝日ではありません。

グレゴリオ暦はなぜ冬がスタートになったのか?

ここからは、現在私達が使っているグレゴリオ暦について話をすすめます。まず、グレゴリオ暦はある日突然できたのではなく、1581年に、それまで使われていたユリウス暦を元にして作られました。ユリウス暦はその前のヌマ暦を元にしており、ヌマ暦は、ロムルス歴を元にしています。

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現在使われている暦の起源となったロムルス歴では、1年はいつから始まっていたのでしょうか?

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ロムルスとは、ローマの建国者です。彼の定めた暦は現在の3月に相当する月から始まっていました。これは、暖かくなる3月が農耕開始の時期であり、そのタイミングで、ちょうどよいと思った日に王がその年の最初を宣言する、ということだったようです。そして、 December(10番目の月、という意味)で終わりで、あとは日付がない日々が続きました。農耕がないので日付も必要なかったのでしょう。実に牧歌的な時代でした。

一方で、一年の最初は軍神マルス(Mars)にちなんだ名前をつけられていることから分かる通り、暖かくなると、それは戦が始まるシーズンということも意味していました。

冬の間日付がないのは不便すぎる、というので、ローマ国王の「ヌマ」が続く月を定めました。それがヌマ歴です。

ヌマというのは賢者として名高く、彼の治世の間、一度も戦争をしなかったばかりか、彼の子どもたちはいずれも名門一族の創始者となっています。ヌマの業績の一つが「ヤヌスの神殿」を作ったことで、そのことから、月の名前にもJanuarius(ヤヌスの月)とつけています。

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この頃はまだ、いまの3月が1年の開始の時期で、Januarius、Februariusは、一年の終わりのほうに位置づけられていました。また、彼は偶数が嫌いだったとのことで、1ヶ月は29日か31日と定めていました。また、閏月も設定しています。

1月1日が今の時期になったのは「戦争のため」

3月始まりだったヌマ歴ですが、紀元前153年に大幅な改造を行っています。その結果、次のようになりました。

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このタイミングで元々1年の終わりに来ていたJanuariusが1年の最初、と定められます。

この時、現在のスペインに相当する属州のヒスパニア地方で大反乱がありました。

後にヌマンティア戦争と呼ばれるその反乱は、現在のマドリードから北東に200キロメートルほど離れたところが本拠地となっていました。

当時の移動手段は船と徒歩ですから、ヌマンティアに行くためには1ヶ月以上かかります。

そのため、執政官の就任を2ヶ月ほど早める必要が有りました。執政官の就任は1年のはじめ、と決められていましたから、早く赴任させるために、153年は1年の最初をJanuariusとしたのです。

このヌマンティア戦争、なかなかに大変な戦いで、最終的に平定するのに20年ほどかかってしまいました。その間、ずっとJanuariusを1年の最初としたので、いつしかそれが定着してしまいました。

これが、この冬の日が1年の最初になっている理由です。

カエサルが作った「超正確な暦」

このヌマ歴(改)ですが、トータルとしては月の運行に基づいて作られていたので1年間は355日でした。太陽の運行が約365日なので、1年で10日、3年で約1ヶ月もズレていきます。そのためにズレてきたら閏月をいれて調整するのですが、その調整が時の権力者によって恣意的に決められていました。

最終的に実際の季節と月が2ヶ月もズレてしまい、Januariusが秋になる、ということになってしまっていたそうです。そこで、カエサルが、一気に調整を噛ませた上、太陽暦に移行しました。

それが「ユリウス暦」です。

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ヌマのときに31日と29日に定められたのが、現在と同じ日数になっているのがわかります。7月と8月は31日になり、1年を365日として、閏月は廃止し、代わりにうるう年は4年に1回、1日を入れるだけとなりました。

その結果、1年の長さは、 365.25日になりました。実際の地球の公転周期は約365.24219日で、ユリウス暦との違いは、なんと、128年で1日という極めて小さな誤差に収まることになりました。

その結果、ユリウス暦は1,600年以上使われるのですが、さすがに1,600年も使うと、季節とのズレも10日以上になってきました。それを修正したのが、現在使われているグレゴリオ暦になります。

暦の歴史は、人間の歴史

人間がいてもいなくても、地球は周り、季節は巡ります。ある特定の日を年のはじめと決めるのは人間の都合にすぎません。それも「夏至」や「冬至」のように自然現象ではっきりと定義できる日にするのではなく、戦争や政治上の都合でそうなったに過ぎないものだったりします。

住む場所や信じる神が変われば、正月も変わります。この日を年の最初として、気持ちを新たにしているのは私達がグレゴリオ暦に基づいて生活しているからに過ぎません。私達が、今日、新鮮な気持ちでいるのと同様、ユダヤ教を信じている人にとっては彼らなりの正月が有り、イスラム教を信じている人にとっては、彼らの正月はとても神聖なものです。

暦はそれぞれの都合で決めているものに他なりません。だからこそ、互いの違いを知り、互いのことを尊重することの大切さを身近に教えてくれるものでもあります。いまの日本の1月1日が古代の戦争のせいでこうなったからこそ、私はそう思います。折しも今年は元号の変わる年。私達は月日と曜日こそグレゴリオ暦に従っていますが、年だけは独自の文化を貫いていますよね。

今年一年がより平和な年でありますように。

※ 図表は国立天文台のページなどを参考に筆者が作成しました。また、暦の起源には諸説あります。また、祝日や日数の計算など一部説明を省略している部分があります。気になる方はご自身で勉強してみてください。