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医療大麻は本当に効くのか? 緩和ケア医が解説。

大津秀一緩和ケア医師
(写真:ロイター/アフロ)

医療大麻が話題です

KAT-TUNの元メンバーである田口淳之介被告が、大麻取締法違反で起訴されたことは読者の記憶にも新しいでしょう。

田口被告の逮捕時に、高樹沙耶さんが「世界基準に合わせて欲しいですね。大麻は産業、医療、循環型社会に貢献するものという常識に書き換えられている。日本では大麻取締法とメディアの報道が人権を侵害している。」というツイートをされ、話題になりました。

改めてこの問題に情報を提供しようと本稿を綴りました。なお、私は3700人以上のがんの患者さんを診療し、2000人以上の症状緩和に医療用麻薬を処方したことがある緩和ケア医です。

医療大麻の研究は進んでいる

大麻の中には様々な成分が含まれます。

テトラヒドロカンナビノール(THC)やカンナビジオール (CBD)等です。最近はそれらの成分ごとに研究されています。

例えば、本稿を執筆した2019年6月現在、アメリカ食品医薬品局(FDA)は、大麻由来の医薬品1種類と大麻関連の医薬品3種類を承認しています

同国では、小児期に発症する難治性のてんかんであるレノックス・ガストー症候群や乳幼児期に発症する同じく難治性てんかんのドラベ症候群に、CBDが成分のEpidiolex (エピディオレックス)が承認されています。

他に、THCの合成薬であるドロナビノールを含むMarinolとSyndros、同じくTHCの合成薬であるナビロンを含むCesametがHIV/AIDS患者の食欲不振等の治療や、がん化学療法による吐き気や嘔吐の治療、神経の痛み(神経障害性疼痛)の治療等に用いられています。

そのうちCBDは、レノックス・ガストー症候群やドラベ症候群で、科学的根拠の高い結果を出しています<Effect of Cannabidiol on Drop Seizures in the Lennox-Gastaut Syndrome.><Trial of Cannabidiol for Drug-Resistant Seizures in the Dravet Syndrome.>。それもあって承認されています。

また、アメリカやカナダでは、人間の身体のオピオイド受容体という部分に作用して薬効を示すオピオイド薬の乱用が大変な問題になっています<'They're quicker than we are': Inside the fight against the opioid crisis>。【注;日本でのオピオイド薬の状況とは全く違うため、日本に当てはめないことも重要なので、念のために付記しておきます】

CBDはオピオイド薬の依存に奏効する可能性があり<参考;Early Phase in the Development of Cannabidiol as a Treatment for Addiction: Opioid Relapse Takes Initial Center Stage>、研究の必要性が言われています。依存症の治療に使用することが考えられているようです。どうやら、大麻等が作用するカンナビノイド受容体は、オピオイド薬が作用するμ(ミュー)受容体やκ(カッパ)受容体とも関係しているようなのです。

またTHCとCBDの合剤のナビキシモールは、多発性硬化症の痙縮(けいしゅく。脳や脊髄の障害で筋肉が緊張して動きが悪くなり、痛み等も出現する)に対してランダム化比較試験において効果を示したという研究もあります<Sativex as add-on therapy vs. further optimized first-line ANTispastics (SAVANT) in resistant multiple sclerosis spasticity: a double-blind, placebo-controlled randomised clinical trial.>。

このように、少しずつ様々な事実が明らかになり、実際に効果を示すことが検証されている薬剤が出て来ているのが、医療大麻関連の分野でしょう。正確には、大麻由来の成分に、そのような物質があるということがわかって来た、と言えるでしょう。

しかしまだまだ研究途上 大麻関連薬の評価の確立はこれから

だったらどんどん医療用として解禁すれば良いか、というとまだまだ検証はそこまで進んでいません。

コクランライブラリーといって、イギリスのNHS(英国国民保健サービス)の元に発足した医療評価プロジェクト「コクラン共同計画」が提供している、科学的な検証方法を経て医学の諸問題について今わかっていることをまとめている検索サイトがあります。

コクランライブラリー

そこではかなり厳密に科学的根拠が各論文に対して調べられます。論文は数多くのものが出版されており、ある薬に対しても「効く」「効かない」と相反する結果が出ることは珍しくありません。

1つの論文をもとに、確定的な真実であるように、「この薬剤は効く」とか「あの薬剤は効かない」と断言することは正しくないのです。また、拙著『1分でも長生きする健康術』でも紹介しましたが研究の信頼度を評価する方法があり、厳密な手法に則って行われた研究の結果は「質が高い」とされ、結論も重みをもって扱われます。

だからこそ、より質の高い論文の結果を集めて検討する必要があります。そのような作業を経たものが公開されているのが、コクランライブラリーです。

今回医療大麻について検索し、書かれていることをまとめました(2019年6月現在)。<>内は薬剤名、【】内は発表年です。

  • 線維筋痛症…………………質の高い科学的根拠を欠く<ナビロン>【2016年】
  • てんかん……………………信頼できる結論はない【2014年】
  • トゥレット症候群…………十分な証拠はない【2009年】
  • 認知症………………………行動や症状を改善する証拠はない【2009年】
  • 抗がん剤治療の吐き気……奏効しうる。しかし新しい制吐薬はこれらの結論を変える可能性がある(※筆者注;制吐療法は以前よりかなり進歩して他に良い薬剤もあるため)【2015年】
  • HIV/AIDS…………………有効性と安全性の証拠は欠けている【2013年】
  • 統合失調症…………………抗精神病作用の証明は不十分<カンナビジオール>【2014年】
  • 慢性関節リウマチ…………痛みを減らす弱い証拠はあるが副作用の弊害が利益を上回るように見える<テトラヒドロカンナビノールとカンナビジオールの口腔スプレー>【2012年】
  • 慢性の神経障害性疼痛……潜在的な利益よりも害が上回る可能性【2018年】
  • 潰瘍性大腸炎………………はっきりしない<大麻、カンナビジオール>【2018年】
  • Crohn病……………………はっきりしない<大麻、カンナビジオール>【2018年】

全般的に、まだまだ確たる効果の証明はこれからということがわかります。今後は、成分ごとに様々な研究や発見が為されてくると考えます。そうすれば上述のコクランライブラリーの記載が変わってくることもあるでしょう。

また先述のように、オピオイド薬と相互作用を示す可能性が示唆されているため、相互作用を活かした治療が行われてくる可能性もあります。

今後の新しい発見に期待したいところです。

さらに、先ほどのEpidiolexにおいても、嗜好で薬剤を用いている群(依存発生のハイリスク群)における研究でも、治療量ならば依存のリスクは低かったと報告されていますが<Abuse potential assessment of cannabidiol (CBD) in recreational polydrug users: A randomized, double-blind, controlled trial.>、新しい薬剤に関しては短期の副作用だけではなく依存や長期使用の観点からも十分評価されて、使用可能となれば良いと考えます。

ただ、日本の日常診療の場において依存性もある鎮痛薬が、厳密で慎重な医学的評価が不足しているにもかかわらず処方されているケースもあります。また以前の向精神薬リタリンのように不適切な処方がされるケースもあるため、不正に入手しようとすることを予防する策は重要となるでしょう。

なお、日本においては、正高佑志医師らが「GREEN ZONE JAPAN」を設立して、医療大麻の科学的情報をインターネット等で積極的に発信しています。必要な病気に必要な薬剤が使用されることは大切であり、そのための意義のある活動だと考えています。

現段階の医療大麻でわかっていることのまとめ

これまで見て来たように、大麻そのものもともかく、大麻の成分から作った薬剤は有望なものが出て来ています。

したがって、大麻由来の医療薬は、科学的な検証を経た上で、効果が証明されたものは今後日本に登場してくる可能性があるでしょう。

一方で、気になることもあります。

前述の正高佑志さんにもメールでお伝えしたことがあるのですが、一部の医療大麻の推進者の中に、オピオイド薬などの医療用麻薬を過度に貶めて、対比して医療大麻を持ち上げる向きがあったことです。

実のところ、緩和ケアは以前よりだいぶ進歩してきており、症状に対して使える手は増えています。私も緩和ケアの情報をまとめて提供していますが、医療大麻の手を借りずとも十分な症状緩和が可能な場合は多くあります。ここに新たに大麻の派生薬が加わった時に、あるいは組み合わされた時に、さらなる効果を得られるかというところが大切であり、「がん領域において、既存の薬は総じていまいちなので、それらを押しのけて医療大麻が最大の解決になる」というわけでも現状はないのです。

ただ神経疾患を皮切りに、今後の展開は期待されるでしょう。

研究が進み、有望な薬剤が上市され、管理のもとに正しく使用されて中毒や依存にもならず、病気で悩んでいる方たちがその苦痛から解放されることを願ってやみません。

緩和ケア医師

岐阜大学医学部卒業。緩和医療専門医。日本初の早期緩和ケア外来専業クリニック院長。早期からの緩和ケア全国相談『どこでも緩和』運営。2003年緩和ケアを開始し、2005年日本最年少の緩和ケア医となる。緩和ケアの普及を目指し2006年から執筆活動開始、著書累計65万部(『死ぬときに後悔すること25』他)。同年笹川医学医療研究財団ホスピス緩和ケアドクター養成コース修了。ホスピス医、在宅医を経て2010年から東邦大学大森病院緩和ケアセンターに所属し緩和ケアセンター長を務め、2018年より現職。内科専門医、老年病専門医、消化器病専門医。YouTubeでも情報発信を行い、正しい医療情報の普及に努めている。

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