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「卵子提供で産んだ」と正直に言えず自己嫌悪 芸人の女性が自助グループをつくるまで

大塚玲子ライター
卵子提供を検討する人、受けた人の自助会を作った、なかさとみさん(写真は本人提供)

 筆者に連絡をくれたのは、なかさとみさん(49)という女性でした。なかさんのことは以前見かけたことがあり、覚えていました。昨年、筆者が足を運んだある勉強会で、「卵子提供(受ける側)の自助グループを立ち上げた」と自己紹介し、子どもの出自を知る権利について熱っぽく語っていたため、印象に残っていたのです。

 なかさんは第三者による卵子提供で2人の子どもを産み、子育て中です。自分で立ち上げた自助グループを運営するほか、卵子提供を検討中の人たちからの相談にも乗っています。

 このテーマについては、賛否両論あるかもしれません。不妊治療、特に第三者がかかわる精子・卵子提供や代理母出産などは、それぞれどういう条件のもとで肯定され得るのか、この国ではまだはっきりと見解が出されていません。子どもがほしいのであれば、養子や里子を迎えればいい、という考えもあります。

 よく指摘されるように、不妊治療は「血縁の子どもをもつべき」とするこの社会における圧力や、不妊治療ビジネスの構造から導かれる部分も少なからずあるように感じます。でも、「それだけ」というわけでもないでしょう。「自分やパートナーの遺伝子を分けた子どもがほしい」もしくは「自分で産んでみたい」という気持ちは、筆者も理解できます。

 なお、筆者は「いろんな形の家族」を肯定する考えですが、唯一「これだけははずせない」と考えるのは、親が生まれてくる子どもを対等の人間と考えていること、つまり「子どもがつらくない家族であること」ですが、その点はなかさんも同じなようです。

 彼女はなぜ卵子提供を選び、なぜ自助グループを始めたのか。お話を聞かせてもらえるよう、お願いしました。

*体外受精×4回、医師から告げられたのは

 なかさんが夫と出会ったのは、約10年前です。音楽活動を行い、芸人さんとしても活動をする彼女は一見華やかな印象ですが、父親に虐げられながら育ったこともあり、若いときは結婚など考えられなかったといいます。それが39歳のときに出会った夫に一目惚れされて、初めてのデートでプロポーズを受け、なぜかこのときは彼女も「この人は」と思い、そのまま結婚に至ったということです。

 子どもをもつことも、当初はまったく考えていませんでした。しかし、結婚して3年経った頃、子宮頸がんになって手術を受け、翌年再発したのを機に、考えがガラリと変わったそう。万一病気が悪くなれば子宮を取る可能性だってあるし、もしかしたら死ぬ可能性だってある。そう気づき、「本当に子どもを持たない人生でいいのか?」と改めて考えたところ、急に「なんとしても子どもがほしい」と感じるようになったのです。

 すぐ不妊治療について調べ始めましたが、当時すでに43歳です。妊娠率が1%程度とわかりショックを受けましたが、不妊治療の専門クリニックへ行くと体外受精(採取した卵子に精子を入れて受精させ、胚を子宮に戻す方法)を勧められ、さっそくトライすることに。かなり高額な治療法ですが、幸い夫の同意も得られました。

 しかし4回試みてうまく行かず、医師から「あなたの場合は卵子の老化が原因だから、妊娠の可能性は低い」と告げられ、卵子提供か養子縁組を勧められます。彼女自身、途中から「着床がゴール」のようになっていたことに気付いており、体外受精はあきらめることにしました。

 その後まず、養子縁組を検討しましたが、調べてみると条件が厳しく、自分たちには無理だと判断せざるを得ませんでした。彼女と夫は自営業を営んでおり、専業主婦にはなれませんでしたし(養母になるには専業主婦であることが求められることが事実上多い)、また年齢的にも難しそうでした。

 そこで彼女は、あるエージェントを通して卵子提供を受け、2人の子どもを出産します。詳細は控えますが、このとき彼女が最重視した条件は、「提供者(ドナー)が非匿名であること」でした。子どもが出自を知る権利を守れるようにしておきたかったからです。

*「卵子提供」と言えずに自己嫌悪

 実際に子どもが生まれて戸惑ったのが、子どもの顔が自分とまったく似ていないことでした。卵子提供なので当然ですが、周囲から「なんで似ていないの?」と聞かれると答えに詰まり、「卵子提供で産んだ」と正直に言えないことで、自己嫌悪に陥ったといいます。

 彼女はもともと、子どもに卵子提供で生まれたことを告知する前提で提供者を選んでいます。それなのに「いざ、そういう場面に立ったら怖気づいてしまった」のは、「不妊治療への理解がない世間でそれを公表すれば、変な目で見られるという恐怖心」があったからでした。

 その場しのぎでごまかすことを繰り返すなかで、「卵子提供であることを、周囲にオープンにしたい」という気持ちが募っていきましたが、それはやはりとても勇気がいることでした。批判にさらされる可能性だってあります。

 そんなとき彼女は、アメリカ人と結婚した親友の義姉が、卵子提供で双子を産んでいることを知りました。話を聞くと、アメリカでは卵子提供をオープンにする人はそう珍しくなく、周囲から特別視されることもないといいます。彼女はこの話に勇気を得て、日本も同じような状況にしていきたいと考えるようになったといいます。

 そこで彼女は、日本で卵子提供を考えている人たちとつながろうと考え、2019年の元旦からブログを始めます。最初は反応がありませんでしたが、4か月ほど経った頃から問い合わせが来るようになり、9月に初めてお茶会を開いたときは、全国から11人もの仲間が集まり、6時間ノンストップで語り尽くしたということです。

*どんな子も偏見にさらされないように

 昨年ブログを立ち上げてからこれまでに、なかさんの元には、約100件もの相談が寄せられています。すべて、卵子提供を考えている女性からの相談だそうです。

 当初、彼女は「告知のケア」をしたいと考えていました。生まれてきた子どもに、卵子提供で生まれた事実を告げることの大切さや、告知の際の注意点などを、広く知ってほしかったからです。しかし、彼女のもとに寄せられる問い合わせは「どこのエージェントがいいか?」というものばかりで、告知のことを話しても、なかなか響かないようでした。

 そこで彼女は方針を変え、まずは相談者の話を徹底的に聞いて、相手が知りたいと思う疑問に答えることに。そうやってかかわっていくうちに、最初は告知のことなどまったく考えていなかった人が、少しずつ考えを変えるような場面も見てきたといいます。

 彼女自身、自分の子どもには2歳から告知をしているということです。卵子提供で生まれたことを子どもに伝えるための絵本(『ずっとこれからも』)を誕生日ごとに読み聞かせているそう。告知のスタイルは、子どもの年齢や理解力に応じて、さまざまでいいと彼女は考えています。

 卵子提供は、代理母出産とも違いますし、精子提供ともまた違います。どこまでを肯定するかは人によって考えが異なり、「代理母出産はNGだけれど、精子提供はまあいい」という人もいれば、「全部OK」「全部不可」という人もいます。

 卵子提供についても、人によって考え方は異なるかもしれません。精子提供と比べれば、提供者の身体に負担がかかるのは事実ですが、提供者との間に経済格差がない場合など、条件によっては問題ないようにも考えられます(代理母出産も同様)。

 なかさんとしては、「精子提供はいいけれど、卵子提供はダメ」という考えは、受け入れがたいと話します。

 現状、日本ではこういった第三者がかかわる生殖補助医療について法の整備はなく、個人間で精子提供が行われるような状況も生まれています。そのことになかさんは危機感を抱いており、日本でも法整備を進め、精子提供も卵子提供も、医療機関のみを通して行われるようにすることが急務ではないかと考えています。

 彼女がこれからやっていこうと考えるのは、卵子提供などで生まれた子どもたちが偏見にさらされない社会にしていくことです。最初は自分の子どもや、卵子提供の子どもたちのことだけを考えていたそうですが、だんだんと、「あらゆる形の家族の子どもたちが受け入れられる社会にしたい」と思うようになったといいます。

 筆者が6年前に「定形外かぞく」という活動を始めたのも、同様の理由です。「父・母・血縁の子ども」という、いわゆる「ふつうの家族」とは違う形態で暮らす、すべての人(おひとりさまや施設で暮らす人も含む)が、肩身の狭い思いをせず、堂々と生きられるような世の中にしていきたいと思ったのです。

 

 生殖補助医療に対する考え方は人によって異なるかもしれませんが、生まれてきた子どもたちに「あなたはこうして生まれてきた」と肯定的に伝えられる社会にしていくことは、間違いなく我々大人の責務ではないかと感じます。

ライター

主なテーマは「保護者と学校の関係(PTA等)」と「いろんな形の家族」。著書は『さよなら、理不尽PTA!』『ルポ 定形外家族』『PTAをけっこうラクにたのしくする本』『オトナ婚です、わたしたち』ほか。共著は『子どもの人権をまもるために』など。ひとり親。定形外かぞく(家族のダイバーシティ)代表。ohj@ニフティドットコム

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