『無名の開幕投手』が好評! 名古屋の極小出版社が異色のプロ野球本を出す理由

『無名の開幕投手』はじめ桜山社が出版するプロ野球本の数々

幻のプロ球団の無名のエースに光を当てた異色ノンフィクション

昨年末に出版された『無名の開幕投手 高橋ユニオンズエース・滝良彦の軌跡』がひそかに話題を集めています。著者は名古屋の中京テレビアナウンサーの佐藤啓(はじめ)さん。版元は名古屋の桜山社。2015年に設立された新興出版社です。同社はこれまでにも元・東海テレビアナウンサー吉村功さんの『アナウンサーは足で喋る』、哲学者・福吉勝男さんの『中日ドラゴンズを哲学する』といった少々変わったプロ野球本をいくつも手がけています。名古屋の極小出版社は、なぜ変わり種のプロ野球本を数々出しているのでしょうか?

さて、まずは同社の最新刊である『無名の開幕投手 高橋ユニオンズエース・滝良彦の軌跡』について紹介しましょう。

高橋ユニオンズというチーム名からして、プロ野球ファンでもピンとこない人が大半ではないでしょうか。同球団は1954(昭和29)~56(昭和31)年のわずか3年だけ存在した超短命のチーム。間の1年は文具メーカー・トンボの支援を受けてトンボ・ユニオンズと名乗ったため、公式に高橋ユニオンズだったのは2年だけでした。そしてチーム名の「高橋」はオーナーの名字。何と史上唯一の個人経営球団だったのです

このチームのエースとして活躍したのが愛知県豊橋市出身の滝良彦さん。新生球団で孤軍奮“投”し、チーム最多の16勝、3年間でもやはりチーム一の31勝を挙げます。しかし、主に活躍したのが幻の球団・ユニオンズ時代だったこともあり、プロ野球ファンの間でもほとんど知られざる存在となっていました

『無名の開幕投手 高橋ユニオンズエース・滝良彦の軌跡』(佐藤啓)。戦後間もない愛知のアマチュア野球界の歴史に始まる長大なノンフィクション。ユニオンズ結成の章から俄然面白くなる。2400円+税
『無名の開幕投手 高橋ユニオンズエース・滝良彦の軌跡』(佐藤啓)。戦後間もない愛知のアマチュア野球界の歴史に始まる長大なノンフィクション。ユニオンズ結成の章から俄然面白くなる。2400円+税

著者の佐藤啓さんは母校・南山大学が生んだ唯一のプロ野球選手である滝さんと、その晩年に交流を重ね、2017年に亡くなった後、足跡をあらためて掘り起こそうと取材を重ねます。スコアブックに目を凝らさないと分からない記録の詳細さ、スポーツアナウンサーならではのネットワークで球界のレジェンドらのコメントも多数引き出す取材力は圧巻。こうして滝さんの人柄や選手としての特徴はもとより、当時のプロ野球界の牧歌的かつ荒くれムードも漂う空気感までもが浮かび上がってくるのです。

「きっかけは母校への愛校心」 著者・佐藤啓さんインタビュー

この大労作を書き上げた佐藤さんに、出版の経緯や取材の裏話をお聞きしました。

― 母校のOBにプロ野球選手がいた。その驚きが執筆の原点だったようですね。

佐藤 「きっかけは2013年暮れの『週刊ベースボール』の記事でした。高橋ユニオンズの滝良彦という投手の名前を初めて見て、ネットで検索してみたら南山大学出身だと書かれていて『先輩なんだ!』とびっくりしたんです(正確には滝さんの在籍当時は南山外国語専門学校)。しかも、開幕投手を務めて通算44勝もしている。南山大は、愛知ではそれなりに名門として通っていながら、全国的な知名度は低い。スポーツが盛んでないこともその一因だと在学中からずっと残念に感じていたので、プロスポーツの世界に飛び込んで活躍された先輩がいたと知り、うれしくなりました」

― ほどなく滝さんの消息をつき止められたわけですが、どんな方だったのでしょう?

佐藤 「控えめなおとなしいタイプで、プロ野球選手だったことを自慢することもない。周囲にもほとんど話していなかったようで、だから地元でも知られることなく埋もれていたのでしょう。でも、お話はとても面白くて、初対面の時に引き込まれて知らず知らずのうちにメモを取っていました。引退後はトヨタ系の販売店で勤め上げて要職にも就いていた方なので、南山大同窓会のイベントで一緒にトークショーをやった時も堂々としたものでした。でも、すごいことをしたのにアピールせずにあまり知られずにいるというところに、名古屋人気質、南山大気質のようなものを感じました(苦笑)」

佐藤啓さんは現役の中京テレビアナウンサー。野球中継のレポーターや『ズームイン!!朝!』の東海地区キャスターも長年勤めるなど、同局きっての名物アナでもある
佐藤啓さんは現役の中京テレビアナウンサー。野球中継のレポーターや『ズームイン!!朝!』の東海地区キャスターも長年勤めるなど、同局きっての名物アナでもある

― その足跡を本にまとめようと考えたのはご本人がお亡くなりになってから?(滝さんは2017年3月に87歳で逝去)

佐藤 「お元気なうちにもっと知ってもらいたい、と思っていたのですが、私はアナウンサーですから、生前は一緒にトークイベントをやるくらいが自分にできることだと思っていました。しかし、お通夜の時にご遺族からアルバムや野球雑誌などの資料を見せてもらったんです。プロ野球選手だったと吹聴することはなかった人ですが、自分が載った選手時代のたくさんの雑誌を大切に保管されていた。それを見て、やらなきゃいけない!と使命感のようなものがわいてきました」

― 滝さんや試合に関する記録の詳細さには圧倒されました。例えば中西太さんはじめ個々の打者との対戦成績、滝さんの打者としての通算成績などは、検索して出てくるものではなく、出場した試合のすべての投球、打席をチェックして独自にまとめていかなければ明らかにならないデータです。

佐藤 「日本プロ野球機構(NPB)に過去の全試合のスコアブックが保管されているので、滝さんの所属チーム・在籍年の試合のスコアを調べる必要がありました。ただしスコアのコピーは有料で、時間もお金もかかる大変な作業でした。普段はほとんど倉庫の奥に眠っている昭和30年代のパ・リーグの記録ばかりリクエストするので、そのうち記録担当の間でも“この佐藤という人物は何者なんだ?”と噂になっていたそうです(笑)。そんな折、公式記録員の方がナゴヤドームの試合の際に私を探して声をかけてくれたんです。そこで資料請求の目的を明かしたところ、趣旨に賛同してくださり、専門的なアドバイスもいただけたのでありがたかったです」

― 記録の詳細さばかりでなく、生の証言の質・量もスゴい。滝さんが対戦した中西太さん、野村克也さんなど球界の錚々たるレジェンドから直接取ったコメントが満載で、これはスポーツアナウンサーである佐藤さんでなければできないネットワークのフル活用の賜物だと驚嘆しました。

佐藤 「当時の関係者で存命の方にはすべてお話を聞こうと思って取り組みました。ノムさんは、山﨑武司さん(中日、楽天で両リーグ本塁打王)とナゴヤドームで会った時に取次ぎをお願いして、その場で携帯で電話をかけてもらってお話できました。基本的には人づてですが、わずかなヒントを元に現地まで行って探し出す“地当たり”取材もやりました。電話では振り込め詐欺と間違われることもありましたが(苦笑)、事情を説明すると大体親切にお話を聞かせてくれることが多かった。皆さん優しかったですね」

― 当事者の証言が満載なので、プロ野球黎明期の様子もリアルに伝わってきます。ユニオンズ結成時の各球団の利己主義による混乱は、2004年の楽天の参入時をほうふつさせます。

佐藤 「本には書けなかったエピソードもいっぱいありました! しかし、スポーツアナとしてNPB発行のプレスパスを持つ私は、末端ではありますがプロ野球を取材する立場。プロ野球のイメージを汚すようなことがあってはならないと肝に銘じていました」

― 選手時代の滝さんの映像は残っていなかったのでしょうか?

佐藤 「パ・リーグの弱小球団の選手だったので、チームの映像すらほとんどないんです。各方面にあたりましたが、滝さんが投げている映像は残念ながら見つかりませんでした」

― 出版元の桜山社へは自ら企画を持ち込んだのでしょうか?

佐藤 「はい。滝さんの功績を伝えるためには自費出版ではいけないという思いがありました。どこか興味を示してくれる出版社はないかと探したところ、桜山社は名古屋のアナウンサーの本を何冊も出していて、特に『プロ野球ニュース』で活躍された吉村功アナの本も出している。ここならひょっとして、と思い、いきなり電話をかけて出版の相談に乗ってもらいました。本なんて書いたこともない私に的確にアドバイスをくださり、なおかつ書きたいだけ書かせてくれたので本当に感謝しています」

― 最晩年の滝さんと佐藤さんの交流は心温まるものがあり、特に長い物語をしめくくる滝さんの言葉は感動的でした。

佐藤 「あれは、初めてご自宅を訪問した際、ひと通りお話をお聞きしてそろそろ失礼しようという玄関先で、“最後にこれは伝えておきたい”という感じで話してくれたものなんです。レコーダーも手帳もしまった後ですから耳で聞いただけなんですが、一字一句滝さんの言葉の通りだと自信があります。戦後間もない混乱した時代にプロ野球の世界に飛び込み、短い時期ながらも輝きを放ち、サラリーマンになってからもずっとそれを誇りとして胸の奥にしまっていた。滝さんの人生のすべてが込められ、なおかつ野球界への思いや選手時代の仲間たちのプライドも代弁された言葉だったので、本を書く時には最後はこれにしよう!と最初から決めていました

桜山社・江草社長をプロ野球ファンにした伝説の名実況

こんな熱量いっぱいの佐藤啓さんの処女作を出版したのが桜山社。代表の江草三四朗さんが編集から営業まですべての業務をまかなう創立6年の“ひとり出版社”です。これまでに21冊を刊行し、うち3冊がプロ野球に関する書籍。その第1弾は『プロ野球ニュース』でも名をはせた元・東海テレビアナウンサー吉村功さんの『アナウンサーは足で喋る』でした。

桜山社・代表の江草三四朗さん。出版物のおよそ半分は名古屋の書店で販売。HPからの通販の他、全国の書店で取り寄せもできる
桜山社・代表の江草三四朗さん。出版物のおよそ半分は名古屋の書店で販売。HPからの通販の他、全国の書店で取り寄せもできる

江草 「吉村さんの本は桜山社設立第2作として2017年5月に出版しました。私がプロ野球ファンになったきっかけは、1988年のドラゴンズ優勝決定の試合。当時小学生で、学校の宿題をやっていたところ、父に『勉強なんかやめてこれを見ておけ!』とテレビの前へ連れて行かれたんです。抑えのエース・郭源治が投げていて、ドキドキして釘づけになったのを覚えています。その時に『郭はもう泣いています!』の後々まで語り継がれる名実況をしていたのが吉村さんでした。さらに高校の数学の先生が吉村さんのお兄さんだったという縁もあって、いつかご本人に会えないかと思っていました。出版社を立ち上げて、是非、実況の歴史をまとめてもらいたいと考え、兄の吉村先生に取り次いでもらって執筆を依頼しました」

名古屋ゆかりの人物やテーマを大切にした野球本を

― これまでに3冊のプロ野球関連本を出しているのは、自身がプロ野球ファンだから?

江草 「それはあります(笑)。世にプロ野球本はたくさんあって、ドラゴンズ本を書ける人もたくさんいると思うのですが、基本的に私自身が魅力を感じる書き手と本をつくりたい。まだ本を書いたことがない人、思い入れのある人と一緒に名古屋の出版社から出す意味のあるものをつくりたいと思っています」

― 今後はどんな本を出していきたいと考えていますか?

江草 「名古屋ゆかりの人物やテーマの本を今後もつくっていきたいです。野球の本ももちろんまた出したいと思っています。著名な元選手や監督よりも、裏方さんとかこれまでスポットが当たっていなかった人の話を聞きたい。本の流通は、書店から注文があって出荷される注文出荷制度を採用しており、たくさん刷って一気に売るのではなく、初版分を3年、5年とかけて1冊1冊届けていければと考えています」

今回紹介した書籍は、名古屋の小さな出版社だからこそ世に出せたものばかり。母校OBの隠れたヒーローに光を当てたい!という佐藤さんの『無名の開幕投手~』をはじめ、その内容には、地元・名古屋に対する思いや、名古屋だからこその地域性が色濃く反映されています。そんなローカル色を核にしながら、多くの野球ファンを魅了する物語が生まれるところに、日本における野球文化のすそ野の広さを感じます。

プロ野球開幕まであとわずか。異色の野球本を読んで球春到来の期待感を高めてみてはいかがでしょうか。

(写真撮影/すべて筆者)