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「枡で飲む」コーヒーに「石の皿」。東海発・伝統工芸の新しい挑戦

大竹敏之名古屋ネタライター
大垣量器+喫茶ニューポピーの「MASUPRESSO」と稲垣石材「INASE」の皿

石の町・岡崎から誕生した石の皿ブランド「INASE」

「モノづくり王国」と呼ばれる東海地方は歴史ある伝統工芸も盛ん。その中で愛知・岡崎の石工、岐阜・大垣の枡の老舗から、食の分野に向けた新商品が生まれ、注目を集めています。

岡崎市は日本三大石製品産地のひとつ(他は香川県庵治、茨城県真壁)。岡崎の石工品は安土桃山時代から続く伝統工芸品で、良質の御影石と高い技術力が特徴です。

その岡崎の老舗石材店から生まれた新ブランドが「INASE」。90年以上続く稲垣石材店の4代目にあたる稲垣遼太さんが、飲食店向けの皿をはじめとする器のオーダーメイドブラントとして、2020年4月に立ち上げました。

「この業界は寺社向けの灯籠や彫刻、墓石など単価の大きな仕事が中心のため、一般ユーザーに向けた提案はほとんどなかった。多くの人の目にふれて石の魅力が伝わる商品をつくって、石という素材や業界の可能性を広げたいと考えました」(稲垣さん)。

石の食器は量産品もありますが、オーダーメイドを常時手がけているところは全国的にもほとんどないとのこと。墓石なら一基数十万円~のところ皿は1枚数千円~。単価が低い上に技術と手間がかかるため、ビジネスとして目を向ける石材業者がいなかったといいます。

「バブル期のように高額の注文が次々入るような時代ではなく、石屋も新しい分野に挑戦していかなければ先細りしてしまいます。皿は食べる人の手にふれるものなので求められるレベルが高く、その分職人の技術を活かせる。使い手と作り手の間にいい循環も生み出せると考えています」(稲垣さん)

INASEを企画した稲崎石材・稲垣遼太さん(左)と「LE DESSRT」オーナーシェフの﨑田勇樹さん(右)
INASEを企画した稲崎石材・稲垣遼太さん(左)と「LE DESSRT」オーナーシェフの﨑田勇樹さん(右)

“皿”というカテゴリーに収まらない存在感と魅力があります」。こう語るのは名古屋市昭和区のレストラン「LE DESSRT」(ル デセール)のオーナーシェフ&パティシエの﨑田勇樹さん。御影石のプレートなどINASEの皿を数種類採用し、コース料理の中で使っています。

「LE DESSRT」は2020年2月にオープンしたフレンチレストラン。「石の皿は、古民家を改装したこの店の空間に絶対に合う!と思い採用を決めました」と﨑田さん
「LE DESSRT」は2020年2月にオープンしたフレンチレストラン。「石の皿は、古民家を改装したこの店の空間に絶対に合う!と思い採用を決めました」と﨑田さん

「お客様にファーストインパクトを与えられる。ほぼすべての方が“えっ”と興味を示してくれ、手に持って“重い!石だ”と驚かれます。私が石の産地・岡崎出身なのでそこからストーリーも広がる。料理人としても、この皿にはどんな料理が合うだろう、と創作意欲をかきたてられる。これからもいろいろなタイプを作ってもらい試してみたいですね」と﨑田さんは語ります。

「LE DESSRT」のコース料理の中のアミューズなど。大きな黒い皿の上に小さな石の台を並べてアミューズ(口取)を盛りつけてある。デザートのように美しい料理が存在感ある石の皿と引き立て合う
「LE DESSRT」のコース料理の中のアミューズなど。大きな黒い皿の上に小さな石の台を並べてアミューズ(口取)を盛りつけてある。デザートのように美しい料理が存在感ある石の皿と引き立て合う

コロナ禍での船出も逆にチャンスに

稲垣さんはブランド設立に合わせて、ミシュランの掲載店にDMを送ったり、インスタグラムにサンプルの写真を投稿するなどして営業・PR活動を展開。その効果もあって1年足らずでおよそ20件から注文が入り、そのジャンルもフレンチ、ステーキ、すしなど多岐にわたります。

ターゲットとなる飲食業界がコロナ禍で大打撃を受けているさなかの船出となったことも、稲垣さんはむしろよかったといいます。「新規事業なのでそもそもあまりたくさんの数はこなせません。それに、ご注文をいただく飲食店は“こんな時期だからこそ器の見直しなど内部充実に取り組もう”という意欲のあるお店ばかり。いいお店を見極められる機会になったと考えています

最近では、フランスの星付きレストラン出身のシェフの新店舗から100枚単位の大口の注文が入ったそう。クオリティの高い飲食店に採用されれば、石の皿のブランド力も高まっていくことも期待できます。

「今はまだ本業の合間にやっているような位置づけですが、そう遠くない将来、会社全体の売上の1~2割はまかなえるようには育てて行きたい」という稲垣さん。さらに「アートとしてつくりたいという人が出てきてくれれば、石を使った表現の幅も広がるでしょうし、新しい人材が参入することで業界の活性化にもつながるはずです」と石材業界全体の盛り上がりにも思いをはせます。

枡で飲むコーヒー「MASUPRESSO」(マスプレッソ)。意外な誕生のきっかけ

大橋量器(岐阜県大垣市)と喫茶ニューポピー(名古屋)のコラボで誕生した「「MASUPRESSO」(マスプレッソ)。枡1個にドリップパックコーヒー3パック入りで1500円+税
大橋量器(岐阜県大垣市)と喫茶ニューポピー(名古屋)のコラボで誕生した「「MASUPRESSO」(マスプレッソ)。枡1個にドリップパックコーヒー3パック入りで1500円+税

日本酒の器のイメージが強い枡でコーヒーの分野に市場を広げているのが、岐阜県大垣市の大橋量器です。

大垣市は木枡(きます)の生産で全国の8割のシェアを誇る日本一の産地。枡づくりはもともと木曽ヒノキの集積地である名古屋での生産が盛んでしたが、明治中期に職人の1人が大垣へ戻ったのを機に、大垣の地場産業として発展しました。

枡はもともと米などを計る計量器で、現在では主におめでたい席での日本酒の器として使われます。さらに近年は海外での日本食ブームで、エキゾチック&トラディショナルな器としても注目を集めています。

そんな枡の新しい楽しみ方を提案する商品として売り出し中なのがその名も「MASUPRESSO」(マスプレッソ)。大橋量器が名古屋の喫茶店・喫茶ニューポピーとコラボして開発した枡で飲むコーヒーです。

商品開発のきっかけは何と枡とコーヒーの相性が最悪だったことだといいます。

「2018年秋に枡の楽しみ方を提案するカフェ『masu cafe』をオープンし、当然コーヒーも枡で出したかったのですが、ヒノキの香りとコーヒーの香りがケンカしてしまい、全然おいしくないんです。とりあえずカフェではにおいが移らないウレタンコーティングをした枡を使うことにしたのですが、何とか無垢の枡でもコーヒーを出せないかと思っていました」と大橋量器の伊東大地さん。そこで、相談を持ちかけたのがかねてより交流のあった喫茶ニューポピーでした。

「試しに飲んでみたら本当においしくない(笑)。コーヒーがおいしくなくなるなんて!と驚きました」とまさに苦笑いするのは喫茶ニューポピーの岸田大道さん。焙煎士でもある岸田さんは、焙煎やブレンドを工夫することでこの相性の悪さを解消できるのでは?と考え、枡専用ブレンドの開発に取り組みます。様々な品種や焙煎度合い、ブレンドを試行錯誤し、ナチュラル精製のコーヒー豆数種を使ったブレンドを考案。野性味のあるコーヒーの香りがヒノキの香りとマッチし、カフェで提供できることになりました。

大橋量器の伊東大地さん(左)と喫茶ニューポピーの岸田大道さん(右)。MASUPRESSOはmasu cafeで飲むことができ、1杯800円+税。枡は持ち帰りできる
大橋量器の伊東大地さん(左)と喫茶ニューポピーの岸田大道さん(右)。MASUPRESSOはmasu cafeで飲むことができ、1杯800円+税。枡は持ち帰りできる

masu cafeと喫茶ニューポピーで、枡で飲む「MASUPRESSO」をメニュー化したのが2019年11月。当初の目的はここで達成されましたが、ここからさらにギフト商品化しようと話が膨らみます。「大橋量器のヒット商品に、枡に海塩とハーブを詰めた『Math Salt』(マスソルト)というのがあるんです。キャッチーなネーミングでギフトにすれば、枡の魅力をさらに多くの人に伝えられるのではないかと考えました」と岸田さん。ドリップパックのパッケージには枡の四方の組み目を意識したデザインを採用し、包装にはコーヒー豆の麻袋を活用。枡らしさとコーヒー感を意識しながらギフトにふさわしい商品を作り込んでいきました。

こうしてドリップパックコーヒー+枡のセットのMASUPRESSOを2020年4月に商品化。現在は大橋量器のECサイトとmasu cafe、喫茶ニューポピーおよびそのECサイトで販売しています。

ドリップパックはダーク、ミディアム、マイルドの3種類。主張し合う香りが不思議なマッチングをみせる。枡は小ぶりの一合枡。口当たりをよくするように内側の角を面取りしてある
ドリップパックはダーク、ミディアム、マイルドの3種類。主張し合う香りが不思議なマッチングをみせる。枡は小ぶりの一合枡。口当たりをよくするように内側の角を面取りしてある

MASUPRESSOは様々な可能性が広がる商品だと、両社は期待を膨らせます。「枡=日本酒のイメージが強く、お酒が飲めない人には縁がないと思われがちでしたが、コーヒーなら間口が広がる。木の香りはアウトドアにも合うしキャンプ好きの人にもお勧めできる。より幅広い人に枡に親しんでもらえるチャンスが広がります」(大橋量器・伊東さん)。「ヒノキの甘い香りが漂いコーヒーを飲めなかった人でも飲みやすい。岐阜の工芸品+名古屋の喫茶文化のコラボでご当地ギフトとしての訴求力もあると思っています」(喫茶ニューポピー・岸田さん)。

岡崎の石工、大垣の枡。いずれも地域の伝統産業が若い世代のアイデアによって、食の分野で可能性と市場を広げようとしています。名古屋をはじめ東海地方には、他にも陶磁器や家具、染め物など数々の伝統工芸品があり、新しい感覚の製品が台頭しているジャンルも少なくありません。コロナ禍でピンチをチャンスに変えようという気運も高まる中、伝統と新しさを兼ね備えたユニークな商品が今後も生まれてくるに違いありません。

(写真撮影/すべて筆者)

名古屋ネタライター

名古屋在住のフリーライター。名古屋メシと中日ドラゴンズをこよなく愛する。最新刊は『間違いだらけの名古屋めし』。2017年発行の『なごやじまん』は、当サイトに寄稿した「なぜ週刊ポスト『名古屋ぎらい』特集は組まれたのか?」をきっかけに書籍化したもの。著書は他に『サンデージャーナルのデータで解析!名古屋・愛知』『名古屋の酒場』『名古屋の喫茶店 完全版』『名古屋めし』『名古屋メン』『名古屋の商店街』『東海の和菓子名店』等がある。コンクリート造型師、浅野祥雲の研究をライフワークとし、“日本唯一の浅野祥雲研究家”を自称。作品の修復活動も主宰する。『コンクリート魂 浅野祥雲大全』はその研究の集大成的1冊。

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